2026年2月18日水曜日

山岳遭難救助は有料化するべきなのかそうでないのか

 

「遭難救助は税金のムダ」なんかじゃないと思うのだが

「山岳遭難救助に公金が使われるのはアンフェアなことではない」ということを主張した記事。

7年近くも前に書いた記事なのだけど、コメント数では当ブログ中屈指で、今でも定期的にコメントが付きます。

かなり鼻息荒めに書いており、今読むと雑だなと感じる部分もあります。その一方で、山岳遭難救助のあり方については、この記事を書いたとき以上に社会問題化しているというか、ホットなイシューになっているように思われるので、ここであらためて考えをまとめておきたいと考えました。



山岳遭難救助は有料化するべきかそうでないのか

遭難救助に関する問題はいろいろな側面が取り沙汰されているのですが、さしあたりここでは「救助の有料化」というテーマに絞って考えてみます。

7年前に記事を書いたときと比べると、「山岳遭難救助を有料化せよ」という声がかなり大きくなってきていると感じています。富士山周辺では、地元首長が有料化を主張するようにもなりました。SNSやネットニュースでそういう話を見聞きしたことのある人も多いことと思われます。

私自身の考えを言えば、有料化について反対ではありません。そのほうがいろいろすっきりすると思っています。

ただし、単純に有料化すればいいというものではない。そこにはクリアすべき課題や条件がいくつかある。そこをすっとばした議論は社会にとってむしろ有害である。という思いは7年前から変わっておりません。

それはどういうことなのか。以下、論点を整理してみたいと思います。



なぜ登山だけを有料にするのか

ひとつめの論点はこれです。

災害や火事などはもちろん、交通事故や海難事故なども含めて、人命が危機にさらされるような事故の救助活動は、消防などの公的な組織が行なっています。公的サービスなので無料で誰もが公平にその恩恵を受けられることになっています。

スキー場でスキーパトロールが救助に出動するなどしたときに費用が請求されることはありますが、それはあくまで民間の話。警察や消防の出動に費用が発生することはありません。

海難事故でも同様です。毎年、海のレジャーで1000人近くが遭難し、200人以上が死亡したり行方不明になっているそうですが、その救助には海上保安庁が出動します。そこに費用は発生しません(民間の漁船などに協力を仰いだ場合は有償となることもありますが)。

こうしたなかで、登山だけを有料化することは、公平性という観点からバランスを欠くことにならないか。たとえば、ドライブでの事故と登山での事故に本質的な違いはないはずですが、そこに差を付けるとすると、その理由は何か。

この問いは、有料化を検討するうえで核心となる論点です。というのは、救助の有料化は、言ってみれば「命に差を付ける」行為だからです。この判断は軽々にできるものではなくて、ものすごく慎重に考えなければいけないことのはず。実際、長野県や埼玉県で有料化が検討されたとき、このことは真っ先に議論となり、結局、ここを乗り越える理屈は立てられないまま終わっています。

山岳遭難の救助は一般に難易度が高いので、法律上の特例として有料化する――ということはあってもいいのではないかと個人的には考えていますが、それはあくまで私のふわっとした印象論。社会制度として実装していくためには、この論点について議論を重ね、明確な答えを出しておくことは必須と考えます。



どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか

論点ふたつめ。これは意外と厄介な問題です。

警察庁の山岳遭難統計によれば、2024年1年間に3357人が遭難していますが、その内訳を見ると、明らかに登山といえるものは2676人。

残りの681人(全体の約2割)は、山菜・キノコ採り/観光/作業(林業などの山仕事とかでしょうか)/渓流釣り/山岳信仰、などとなっています。とりわけ山菜・キノコ採りは多く、毎年300人前後が遭難しています。

果たしてこれらは山岳遭難といえるのでしょうか?



もう少し具体的に考えてみましょう。

たとえば、自宅の裏山に散歩に出かけたところ、30分ほど歩いたところでケガして歩けなくなり、救助を頼むことになってしまった。これは山岳遭難?

あるいは、上高地などの山岳観光地に出かけた観光客が、遊歩道を歩いていたときに転倒して脚を骨折してしまった。こういう場合はどうする?

一方で、送電線の管理業務などでは、登山者でも行かないような山深い場所に入り込んで作業する人もいます。そこで事故が起こった場合は、普通の登山より難しい救助が要求されることも考えられます。これも山岳遭難と見なして費用を請求すべきでしょうか?

こういう判断に迷うグレーゾーンの事例はほかにも無数に存在します。それらはどう考えたらいいのでしょうか?



つまり、「山岳遭難を有料化する」には、「山岳遭難とは何か」ということを定義しないといけないのです。

これはきわめて難しいお題で、定義は不可能なんじゃないかと私は考えています。

唯一、可能性のある考え方としては、エリアを指定して、その内側で起こった事故はすべて山岳遭難とする、というやり方です。富士山など、ひとつの山限定で有料化を行なうのであれば、この手法は現実性が高いでしょう。2018年に埼玉県がヘリコプター救助を有料化しましたが、対象となる範囲はやはりエリアで指定しています

しかし全国など広い地域でこれを行なうとなると、すべての地域で指定エリアの細かな検討を重ねなければなりませんし、山はいつか開発されて山ではなくなってしまうこともあるので定期的な見直しも欠かせません。それだけの労力をかけるに値する話なのか? という疑問は拭えないところです。


*余談ですが、「山とは何か」を定義することはできないとされています。周囲と比べて相対的に高くなっているところを山と呼んでいるだけで、高さや傾斜などの絶対的な基準で決められるものではないからです。国土地理院でも「定義はしていません」としています。



本質的な話は以上です

山岳遭難救助有料化にあたって最も重要な論点は以上のふたつだと考えます。

ほかにも、法律的な整合性の問題とか(埼玉県がヘリコプター救助を有料化したときは、航空法がネックになって当初の案よりだいぶ縮小した条例にせざるを得なかったといいます)、クライミングと低山ハイキングを同条件で扱っていいのかとか、徴収の方法やそのコストはどうするとか、そもそも料金はどれくらいが妥当なのかとか、考えるべきポイントはいくつもありますが、それらは言ってみれば枝葉の問題。

「なぜ登山だけを有料にするのか」「どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか」、このふたつが出発点であり、ここについて明確な答えを出してはじめて、議論は前に進めると思うのです。

この2条件をクリアにしないまま有料化の議論を進めると、話は登山以外にも無制限に波及していく可能性があります。「海水浴の救助は有料」「釣りの事故での救助は有料」「僻地での救助は全部有料」などなど……。

「なぜ登山だけを有料にするのか」ということに明確に答えられなければ、「なぜ海水浴は有料じゃないのか」ということにも答えられないはず。今は海難事故は山岳遭難ほど問題になっていないので問われないだけで、何かあれば「海の救助も有料化せよ」という意見が出てきてもまったくおかしくありません。それは海だけでなく、他の救助についても同様です。

そんなカオスが果たして社会にとって幸せなことなのだろうか――というのが、「そこをすっとばした議論は社会にとってむしろ有害」と冒頭に記した意図であります。

「なぜ登山だけを有料にするのか」
「どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか」

簡単に答えを出せるものではないけれど、この2点は避けて通れない重要な問いだと考えています。



海外ではどうしているのか

さて、以下に書くことは本質論ではないのですが、最近よく耳にする論点なのでふれておきます。「国際標準に合わせよ」という話で、おそらくは、登山家の野口健さんの主張が発端になっているのだと思われます。

たとえばこういう意見。

ネパール(ヒマラヤ)では山岳救助に警察なり軍のヘリが飛ぶというのは基本なし。全て民間ヘリなので原則自己負担。故に山岳保険に必ず入ってからヒマラヤ入り。手配をしてくれる現地のエージェントも入山許可書の手続きの際に必ずと言っていい程、山岳保険に入っているかどうか確認が入ります。 
<中略> 
富士山に限っては国際的なルールに基づいて管理すべき。国も山梨、静岡両県に押し付けるのではなく、国が中心になって両県と連携しながら迅速に新ルールを作成して頂きたい。


野口さんは「国際的なルール」と言っていますが、実は救助費用自己負担は国際的ルールではありません。全体的に見ると有償・無償は半々くらいのイメージです。さらにそのなかでネパールはかなり特殊な例といえます。というのは、ネパールの山岳救助はヒマラヤ登山をする人たちが前提だから。

もっと一般的な普通の登山者を対象とした遭難救助は、スイスやイタリア、オーストリア、ドイツなど、ヨーロッパアルプス周辺の国々は有償となることが多く、逆に、アメリカやカナダ、イギリスやフランス、ニュージーランドなどは無償が原則です。アジアでは韓国や台湾でも無償です。

このあたりの事情は国によってかなり条件が異なり、ひと口に「世界ではこうだ」ということは言えません。国によって自然環境や登山事情が異なるので、単純に海外の制度を真似すればいいというものでもないでしょう。

ところで近年、救助が無償の国でも山岳救助を有料化すべしという声が出てきているようです。私が見聞きしたところでは、フランス、アメリカ、台湾でそういう議論がなされていました。その理由は日本とほぼ同じで、遭難救助が人的・費用的に地元の負担になっているからというもの。これが一時的な声なのか、それとも今後、制度として定着していく動きなのかはまだわかりませんが、動向は注目しておく価値がありそうです。



以下は私見

救助有料化に私は反対ではないと書きましたが、これは私だけではなく、90年代以前から登山をやっていた人は同意する人が少なくないとも思っています。

というのは、昔の山岳救助は実質有料だったから。警察や消防の公的な救助体制が今ほど整っておらず、地元の民間救助隊やヘリ会社が出動するケースが多かったためです。

救助を頼んだら高額出費になるという意識は現在より強くあり、「遭難すると家を売らないといけなくなる」なんてことも話半分ながら言われていました。そのため山岳保険に必ず入っていたし、多少の事故ならば可能なかぎり自力で下山するという意識が当たり前でした。そもそも、携帯電話がなかったため、救助を呼ぶこと自体がかなり困難だったのです。

当時を知っている身からすれば、現在の遭難救助環境は便利で恵まれすぎている……という意識もあります。それが有料化されたところで、昔に戻るだけと思えるので、有料化しても別にいいんじゃないかと考えられるわけです。


とはいえ、そんな時代を知らない登山者にとっては、救助の有料化はかなり抵抗を感じる話でしょう。「なんで登山だけ」と思ってしまうのも無理ないなと思うのです。

一方で、難易度の高い山岳救助を無料で利用し放題という現状が、このままでいいのかという意見も理解できます。

ひとつの案としては、国立公園・国定公園内に限定して救助を有料化し、山岳保険で費用をカバーする方式が、登山をする人も登山をしない人も、双方もっとも納得しやすい落とし所ではないかなと思いますが、いきなりやると問題が噴出するでしょうね。まず認知に時間をかけないと混乱を生むでしょうし、「こういう場合はどうする」みたいな細かな議論にも時間はかかることと思われます。

迂遠に思えますが、それはしかたがないことと考えます。なにしろ人命救助に関わる問題ですから。拙速に進めると危うい社会制度を作ってしまうことになりかねません。それほど簡単な問題ではないと思うので、時間をかけて解決していく必要があると私は考えます。





【2026.6.12改稿】

当初は「以下は私見」部分で、スイスのREGAというレスキュー体制が理想と書いていましたが、その仕組みを誤解していましたので、その部分は削除し、新たに書き換えました。


39 件のコメント:

  1. 初めまして、乗鞍高原在住、スプリングバンクと申します。救助費用有料化の話、とても有意義に読ませて頂きました。1つだけ意見ですが・・・。「山岳救助費用有料化」の論点のもう一つとして、「*有料化する事で、簡単に遭難する人が行くのを防止する(特に外国人)。」というのがあるかと思います。例えば極端に例を書くと、看板に「遭難したら一律500万円だぞ!、それでも行くのか?」と大きく出せば、簡単に行く人は一定数減るのではないか?という話です。(これは極端ですが・・・) その罰金(罰則的な有料化)は、どう思われますでしょうか??

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    1. コメントありがとうございます。有料化が事故抑止につながるという意見はよく聞きますし、海外でも同じような議論がなされているようです。その件も記事中でふれようかなと思ったのですが、論点を広げすぎると収拾が付かなくなりそうになって省略しました。すみません。
      ちなみに、実際に効果があるのかどうかはよくわからなくて、実証レポートやデータも見たことがないです。埼玉県ではヘリコプター有料化後のデータを一部公開していましたが、ちょうどコロナ期にあたっていたこともあって、有料化が事故減少につながったといえるかどうか微妙な結果でした。もう少し時間がたたないと判断できない感じです。

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    2. むしろ逆で有料化は賛成だがそういう罰金みたいなやり方は反対
      それじゃ救助を呼びたがらなくなってかえって遭難が悪化するだろ
      それで諦めて呼んだらお互いに苦労するだけ
      入山料を法的に義務化してそれを保険料的に運用するのがいいと思う

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    3. その仕組みでは、バリエーションルートや沢登りにロッククライミング、冬季アイゼン登攀など、リスクの高い行動ほど入山料の徴収機会がありませんね。
      そういう人々でも「救助をよびたがらなくならない」仕組みは、リスクの高い登山をせず遭難もしないのに入山料だけを支払う正直者が馬鹿を見る仕組みになってしまいそうです。

      また、遭難事案では、軽微なものでも救助部隊が十数人動きます。すぐ解決できた場合でも、救助の人々は数時間拘束されます。見つからない場合は、数日から1週間以上捜索が続く場合もありますし、冬季など捜索困難な時期の遭難では雪解け後に再度捜索がかかる場合もあります。人力救助の費用感は、1回当たり
      30万あたりになるはずです。
      さらに、ヘリコプターが飛ぶ遭難事案も全体の20〜25%程度あります。埼玉県は燃料費程度しか請求していないようですが、10億〜30億ぐらいする機体の購入費と運用維持のための損料、ライセンス保有パイロットの人件費、機体の保管庫やヘリポートの固定資産保有費用、救助装備費や訓練にかかる費用などを考えていけば、本来原価でも1フライト200万程度かかっているはずです。さらにこれも人力同様、解決するまで複数回飛ぶ場合もあるのが現状です。

      人力とヘリをざっくり平均していけば、遭難救助は1回当たり80〜100万あたりの費用感になります。
      赤字を生じさせないために100万側で考えたとき、R7に全国で発生した遭難の総件数は3,122件だったので、救助費用を入山料で、という場合には原価で31億くらい集めなければならないことになりますね。
      1回1,000円、のような入山料をとれる山の数、窓口のある山の数は限られると思いますが、そこで延べ310万回の徴収機会を準備する必要があるようです。この徴収体制の維持にもまた人件費が全国の各山でかかってきますから、救助原価の確保だけでは全然足りていないんですけどね。
      料金のとりようがない、閉山期や低山藪山なんかでも遭難は多発してますけど、その人達が「救助を呼びたがらなくならない」仕組みの維持のために、です。

      有料化の議論の難しさはこういう部分ですよね。

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  2. 色々と詳しい事は分かりませんがかかった経費は明確化するべきだと思います。と現状に対応する事と今後に必要な事は明確にした方が良いと考えます。

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    1. 山岳救助にかかる経費が全体でいくらくらいなのかは私も知りたいと思っているのですが、そういう資料は私も見たことがありません。長野県が防災ヘリの経費を公表したことはありますが、空中消火や救急搬送も含む総経費で、山岳救助だけの費用は公開されておりませんでした。警察や消防では、機材も人員も山岳救助専門というわけではないので、経費的な仕分けはなされていないんじゃないでしょうか。

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  3. 死にやすい死ぬ確率が高い登山を行ってる人間とドライブや海水浴の娯楽に行く人間は、残念な事に命を落とす確率に差が産まれています。しかしそれはあくまで登山者が自発的に行った事なのでその差がついた事の責任や議論を救助隊にやらせるのはあまりにも無責任、自己中な発想と言えるでしょう

    あと、娯楽の登山と業務上の登山は違います。業務なら労災やその他救助活動が必要なのは当然であり労働者の権利ですが、自己の娯楽の場合は自己責任。その娯楽が命を落とす危険性が高いのならば、命を落とす確率の低い娯楽での事故と比較して命に差が出るのは当然と言えます

    俗に言う山登りならばまだしもプロのやる登山は命を落とす可能性が高い愚かな行為というのが現代の価値観の主流です。戦争賛成が反対に変わるように価値観は変容していくものですが、登山は愚かな行為であるという価値観の変化を止める事は難しく、愚かな行為は自己責任で全て自分の金でやっていくべし。この価値観に順応していくしかないのが結論です

    山登り程度ならばまだ命を落としに行ってるとは言いにくいけども、その延長線上にある登山活動は死にやすく愚かな行為であるという自戒を込めて有料化というのは必要でしょうな

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    1. 「山登り」と「登山」と言葉を使い分けておられますが、それぞれどのようなものをイメージされているのでしょうか? そこがちょっとわかりませんでした。もし「登山」が岩壁登攀や厳冬期縦走のようなハードなものだけを指しているのだとすれば、おっしゃることは理解できるのですが。

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    2. そうですね。この厳格な差を見極めるのは難しいです
      あと私の日本語ミスですが、最後の方は私は山登りすらも有料化すべしと言うニュアンスで書いています。山登りと登山の境界はわからずとも、山登りにハマってそこから登山。という流れは変わらないからです

      山登り行為自体は安全だと仮定しても、その延長に登山があるのは事実。だからこそ山登りも登山も「両方を」救助は有料化しないといけないというニュアンスで書いています。おっしゃるように山登りと登山の境界が曖昧なのも理由の一つですね

      無名で天才的な登山家も著名で凡夫な登山家も、常に死がつきまとう

      登山は自己責任の世界とよく言われますが、自分だけが死んだら責任を負えるというのはやはり大きな間違いで、後世の人間に強く登山は危険な愚かな行為という印象を植え付けてしまいましたね

      PS
      私の主張は山登りと登山を区別は難しいからあえて区別しない。でしたが、もし真面目に区別をするなら、やはり遭難時のエリアでしょうか
      現在存在する区分を流用するなら、登山届の必要な場所か否かの区切りでもいいのではないでしょうか

      登山届も不要な山に山菜を取りに行った・・・程度なら私は無償の救助でもいいかなとは思ったりもします
      黒部ダムのような危険地帯の仕事の方ならば業務を理由とした安全保証があってもいいとは思います
      しかし登山届を出すならばもう死の可能性が存在する事は強い前提であり、それを避ける為に努力をするのがもう登山家にも共通する世間一般論かと

      だからこそ遭難等もある程度厳しい規制が必要でしょうな

      削除
    3. 2点、誤解があると思います。

      ・「山登り」は「登山」を口語的にやわらかく表現しただけの言葉で、両者に特段の意味的な差はありません。

      ・登山届の提出が定められている場所は、富士山や長野県の一部山岳だけで、その他ほとんどの山では特に決まりはありません。
      少し古い記事ですが、このあたりのことを書いたことがあります。ご参考までに。
      https://number.bunshun.jp/articles/-/839193

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    4. そうですね。私も登山と山登りに大きな意味の差をつけていません。あくまでもニュアンスのための表現です

      記事も拝見しました
      登山届に関してもまだまだ課題は多いですが、やはり新制度や新区分を制定するよりは既にある登山届の義務化された地域を増やす方がだいぶ楽なコストで実践可能かなと。今ならインターネットもあるので登る人の少ない危険な地域や過疎地域にも対応可能ですしね

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  4. スイスでは無償救助はかなり限定的で、REGAが出動した場合は未加入者は自己負担での高額請求だそうですけど。Googleさんによれば。
    つまり保険加入が事実上前提になるネパールとの間にそんなに差はない気がします。加入者と山の難易度の差で、入山者の実負担額は大差でしょうけどね。

    野口健さん紹介のネパールはかなり特殊な例、として例外扱いし、JRO紹介のスイスは理想的だ、すぐにも入りたい、と持ち上げた理由は、どういうことですか?
    本質は行政サービスつまり市民全体からの税負担なのか、受益者を限定する選択負担なのか、であり、選択負担の額が小さいスイスと大きいネパール、という違いだけのように思います。
    選択負担は日本でもJRO連携のココヘリや登山保険として既に広く商品化されてぃますから、加入したければ出来ますよね。日本は行政出動がスイスより大幅に回数と密度が高いというだけでは?
    論点がブレブレで、ひょっとしたら巧妙な登山保険のステマ?のようにすら思える記事でした。


    以下Google検索AIの回答

    検索ワード
    スイス 遭難救助 rega未加入の場合



    +4
    スイスでREGA(スイス航空救助隊)の会員(パトロン)に未加入の状態で遭難・救助された場合、ヘリコプターの運航・医療費は全額自己負担となり、非常に高額な費用(数十万〜数百万円単位)を請求される可能性が高いです。
    具体的には以下の点に注意してください。
    1. REGA未加入の場合の費用負担
    高額なヘリ救助費用: REGAなどのヘリコプター救助は、民間事業としての側面が強く、会員でない場合は救助フライト代、スタッフ技術料、医療機器使用料などの実費が請求されます。
    費用目安: スイスの救急ヘリ搬送は、状況・処置内容によって数千〜数万フラン(日本円で数十万〜数百万円)程度かかる場合があります。
    支払いの原則: 救助活動は遭難者本人の同意(または必要性)のもと行われ、後日、実費が請求されます。
    www.otoa.com
    www.otoa.com
    +2
    2. 注意点と対策
    旅行保険の確認: 海外旅行保険が山岳遭難に対応しているか必ず確認してください。保険に入っていない、または免責事項になっている場合は全て自腹です。
    REGAの仕組み: REGAはNPO法人で、後援者(会員)の寄付金で運営されています。寄付をしている会員は、スイス国内で救助が必要になった際に、救助費用の免除または減額を受けられます。
    入会も選択肢: 登山やスキーを行う予定がある場合、旅行前にREGAのパトロン(後援者)になることを検討することも一つのリスク管理です。
    山口県山岳・スポーツクライミング連盟
    山口県山岳・スポーツクライミング連盟
    +1
    3. 公的機関の救助
    警察や消防の山岳救助隊が無料で行う場合もありますが、高地や危険な場所への迅速な搬送はヘリコプター(REGA)に依存するケースがほとんどです。
    スイスでのハイキング、スキーは安全なイメージがありますが、救助にかかるコストは非常に高いため、適切な山岳保険への加入が必須です。
    山での遭難……「遭難救助費用」の請求が発生するケースとは?
    2023/04/20 — 捜索において警察や消防だけでは人数が不足している場合は、民間の救助組織が出動することもあり、日当などの費用が発生します。 このような費用は、基本的に遭難者本人が同意の上で負担をする...

    山と溪谷オンライン

    スイスで成功しているNPOの救助団体「Rega」をモデルに「新しい ...
    レスキュー隊員のクルー編成も大が かり。 自らのダウンウオッシュで2次被害懸 念。 多数の病院などで屋上ヘリポートの 重量制限で着陸不可。 小型でも充分活躍できるヘリ=Rega...

    山口県山岳・スポーツクライミング連盟

    ジュネーブ(スイス):海外旅行 都市別安全情報|OTOA [ 一般社団法人 ...
    英語: 可 費用: 出動状況・処置内容によって異なるが、4,000~25,000フラン程度。 ※ヘリコプターを利用したレスキュー隊。

    www.otoa.com
    REGA(スイス航空救助隊)の患者搬送に同行して
    REGAの活動は、第一義的なものとして山岳地帯における救助活動があげられる。これには、山岳遭難者の救助、スキー事故、捜索活動、予防活動、除去作業が含まれる。さらに ...

    UMIN PLAZAサービス
    スイスの航空救助隊「Rega」取材報告 | jRO 日本山岳救助機構合同会社
    あ このようなRegaの活動資金の大半はRega会員(パトロン)の寄付(=会費)で賄われている。

    sangakujro.com

    山で遭難したときの捜索費用や救助費用はいくら?遭難防止策まで ...
    2024/03/22 — 山での遭難救助では、警察の山岳警備隊や消防の山岳救助隊などが捜索・救助を行います。 警察や消防といった公的機関の救助隊が捜索・救助にあたった場合は費用がかかりません。

    トヨクモ防災タイムズ

    【緊急提言】“捜索救助は無償”ではない! バックカントリーで遭難 ...
    2026/02/10 — 金額はスキー場によって異なるが、たとえばあるスキー場は基本料金20万円(2時間以内)、それ以降は1時間につき捜索隊員1名2万円、スノーモービル1台1万円、雪上車1台5万円などと定め...

    山と溪谷オンライン

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    1. おっしゃるとおり、スイスの山岳救助は原則有償です。ですがREGAが非常に充実しているため、登山者の多くはそれに加入して万一に備えているそうです。

      一方で、野口健さんが言うネパールの山岳救助は、本文で書いたとおり、ヒマラヤ登山をする人対象のもので、標高でいうと5000m前後の高所で行なわれるものです。それを国際標準として語るのはかなり無理があると思います。

      スイスもネパールも、どちらも料金を払った人のみが救助サービスを受けられるという点では確かに同じですが、その内容は大きく異なります。日本の山岳救助を考えるうえでは、スイスのほうがずっと参考になりませんか?

      削除
    2. 論点をズラさないでもらえますかね?

      野口氏の「ネパールが世界標準」という論は、日本の実情に合わない参考外、としましょうか。
      それでも、「有償は世界標準ではない、むしろ無償が標準」とした論の結論として、ほぼ有償前提のネパールと同じく「標準外」であるはずのスイスを、標準外とは示さずに理想像とする、という矛盾は解決しません。
      また、日本にも選択負担の有償救助サービスが既に複数あることには、今回の返信でも言及がありません。
      つまり、「日本に近い、世界標準の範疇だけど、有償サービス主体でうまくまわっているスイスという例がある」という誤読誘導では、というのが私の指摘です。この回答でもその論調を崩したくないように見えます。

      ついでに言えば、REGAはヘリを飛ばす用事として、家畜の救助なんかも引き受けるくらい幅広くやっていて、だからこそ国民に対する加入率が極めて高い、原資をしっかり集められるサービスだそうですね。
      これは逆に言えば、それだけ行政単独のサービス範囲が狭い、だから税負担も軽い、小さな政府スイスだからこそ需給が賄われ成立しているサービス、に見えます。
      それはスイスよりはるかに行政サービスを充実させ税負担の大きい、国民に国債買わせてでもサービスを拡大させてきた借金まみれの大きな政府日本が参考に出来るモデル、でしょうかね?

      しかも、スイスとは内容や程度が違うにせよ同様の民間が担う有償の選択負担サービスが既にあるのが日本です。
      その民間サービスのステマっぽい記事だよな、と私が感じた件も、明確な否定なり反論なりが無いなら、やっぱりそうかな、という疑念は大きくなりますけど。

      下記、またGoogle検索AIですが、御参考まで。

      スイスと日本の税負担比較

      +7
      スイスは日本と比較して所得税や消費税(VAT)が低く、特に富裕層や法人にとって税負担が軽い傾向があります。スイスの国民負担率はOECD平均より低い約27〜40%(2020-2023年データ) である一方、日本は47.9%(2020年) と高く、スイスは税制面で有利な「低税率国」と言えます。


      スイスと日本の政府の大きさ比較

      +11
      スイスと日本は、ともに高い技術力と安定した政治を持つ先進国ですが、政府の大きさ(財政規模、債務水準、行政の役割)には大きな違いがあります。
      総合的に見ると、スイスは「小さな政府」、日本は(債務水準において)「非常に大きな政府」と言えます。
      1. 財政規律と政府債務(GDP比)
      最も大きな違いは政府の借金(債務)です。
      スイス: 非常に健全です。2003年導入の「債務ブレーキ」ルール(好況期に歳出を抑え、不況期の赤字を許容する)により、政府債務対GDP比は約20-30%台と、主要国の中で極めて低い水準を維持しています。
      日本: 突出して高いです。政府債務対GDP比は240%を超えており、主要国の中で最悪レベルです。
      2. 政府支出の規模(GDP比)
      政府が経済全体の中でどれくらいお金を使っているか(政府支出/GDP)を比較します。
      スイス: サービス産業が中心であり、政府の役割は制限的です。歳出(対GDP比)は、2024年時点で約10%台~20%台(一般政府ベース)で推移しています。
      日本: 高齢化に伴う社会保障費の増大により、政府支出の対GDP比は40%弱(2005-2024年平均)程度で推移し、コロナ禍には47%を超えました。
      公務労協
      公務労協
      +4
      3. 政府の構造と役割
      スイス(地方分権): 連邦制であり、26の州(カントン)が強い権限を持っています。住民が直接投票で増税や大きな支出を否決できる「直接民主制」が機能しており、政府が大きくなりすぎない仕組みがあります。
      日本(中央集権): 中央政府(国)の権限が比較的大きく、社会保障や公共事業などを通じて、政府が経済の幅広い部分に関与しています。
      国税庁
      国税庁
      +3
      4. 共通点と異なる点
      面積と人口: スイスの国土面積は日本の約30分の1(九州と同程度)、人口は日本の約15分の1程度です。
      社会保障: 両国とも高齢化が進んでいますが、スイスは民間保険の活用や個人の負担を重視する一方、日本は公的年金・医療保険が中心です。
      公益財団法人 愛知県国際交流協会
      公益財団法人 愛知県国際交流協会
      結論
      スイスは財政規律が厳しく、小回りの効く「小さな政府」を実現しており、日本は借金に依存しながらも高い公共サービスを維持する「大きな政府」という対比になります。
      注:本情報は2025-2026年の検索結果に基づいています。

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    3. 有償の山岳救助は世界の標準ではないと主張

      にもかかわらず、有償のスイスを理想としている

      これは矛盾した論理ではないか、というご指摘でしょうか。


      前段の部分。
      私は「無償が世界標準だから日本もそれに従うべき」と主張しているわけではありません。「有償が世界標準」という野口健さんの主張に沿って議論を進めるとおかしなことになってしまうので、そこに釘を刺したいというのが狙いです。ちゃんと事実に基づいて議論しようよ、というのがここを書いた趣旨です。

      後段の部分。
      私は救助有料化には反対ではなく、有料でも無料でもどちらでもいいから、きちんと議論して問題を解決したいという立場です。スイスのREGAを理想としたのは、有償・無償は関係なく、世界各国の救助体制のなかで、このやり方がいちばんよいと個人的には思えるからです。

      以上が該当部分を書いた背景です。自分としては特に矛盾しているとは思っておりませんが、話の順序的に誤解される可能性はあったかもしれません。


      日本の有償サービスについては、おっしゃるとおり、ココヘリ、民間救助会社など(+山岳保険)いくつかありますが、それぞれは小さな会社で、役割も異なります。事故を起こしたら、警察や消防でカバーできない部分をココヘリや民間救助会社に依頼し、かかった経費を山岳保険でまかなう、という流れになろうかと思います。

      一方でREGAは、会員数がココヘリの約20倍という巨大NPOで、救命救急の専門家やレスキューのプロなどを自前で抱えており、すべてREGAのみで救助を完結できる力を持っています。「選択負担」という意味では日本の有償サービスと同じかもしれませんが、その内容は大きく異なります。

      日本でREGAのような組織が実現するかどうかは正直難しいと思いますが、それが山岳救助の理想に近いのではないかとは考えています。


      なお、この記事はステマではありませんよ。私の考えを記したのみで、他に利害関係は一切ありません。

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    4. > スイスのREGAを理想としたのは、有償・無償は関係なく、世界各国の救助体制のなかで、このやり方がいちばんよいと個人的には思えるからです。

      それが山岳救助の理想に近いのではないかとは考えています。

      そうですか。個人の感想ですか。
      私は発作が起きても救助が呼べないなら困るから加入せざるを得ない、なのに自分でリスクをとる登山者と負担が同じ、という不公平は結局解消されない手法と思いますし、現にREGAは2026年から不公平是正のために登山者やスキーヤーの自己責任は厳しく問う方針のようですが。

      > 話の順序的に誤解される可能性はあったかもしれません。

      誤解させるのは順序ではなく、先に書かれた標準論からの転換記載が無いからです。

      > 事故を起こしたら、警察や消防でカバーできない部分をココヘリや民間救助会社に依頼し、かかった経費を山岳保険でまかなう、という流れになろうかと思います。

      その日本型サービス形態とスイス形態の比較なく、サービス構造全全般の比較なきままに、スイスのことはREGA以外何も説明しないままにいきなりの理想、という論理飛躍にご自身お気づきになりませんか?

      > 一方でREGAは、会員数がココヘリの約20倍という巨大NPOで、救命救急の専門家やレスキューのプロなどを自前で抱えており、すべてREGAのみで救助を完結できる力を持っています。「選択負担」という意味では日本の有償サービスと同じかもしれませんが、その内容は大きく異なります。

      そりゃそうですよね、日本の警察消防が無いんだから。警察消防+選択負担型の日本の、選択負担のみと「20倍」と比較する無意味さに気付きませんか?

      > それが山岳救助の理想に近いのではないかとは考えています。

      REGAの業務に占める山岳救助の割合がどの程度か調べて回答していますか?
      REGAは山岳救助のためだけの組織ではありません。日本の警察消防がそうであるように。

      > この記事はステマではありませんよ。

      それは安心しました。

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    5. 書き直されるのであれば、こちらのコメントへの対応もご検討下さい。REGAの認識だけ改めればいとは、私は思っていません。
      特に、スイスの社会制度を「細かい説明」扱いし、日本の手厚い日常安全保障を失わなければ成立しないシステムだ、ということの説明を放棄したまま、山岳救助だけ考え「理想」とするのは、強引すぎて暴論に近いとすら思いました。

      ついでですが、海水浴事故は、登山と同様に有料化議論、とはなりません。1979年締結のSAR条約により、締結国は海難の無償救助義務を負っており、海水浴も厳密にはその範疇で、命の重さは同じ論以前に、制度として有料化することが出来ません。
      細かいようですが、法的な部分にまで踏み込まれた記事ですから、これも訂正を要するポイントです。

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    6. SAR協定というものがあることは知りませんでした。ありがとうございます。

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  5. 森山さんはご自身で訂正される気は無いようなので、昨日までREGAのことはあまり知らなかった私がGeminiに聞いて知ったことを、読者のかたのために貼っておきますね。

    https://gemini.google.com/share/94b137de391c

    スイスのREGAが担う有償救助システムは、登山者のみならず一般の救急公助も対象です。
    つまり、登山を年間有償で安全にするシステムではなく、日々の救難救助を得ることから国民の選択負担を前提にするシステムです。
    しかも、REGAもまた2026年からは山岳遭難の善意免除範囲を狭め、道迷いとか明らかに登山者の不手際なものは実額請求するようです。

    事実誤認のまま、遭難救助有料化の議論が進められるのは有害なので、コメント欄まで注意深く読まれるかただけでも正しい背景で考えられるよう、訂正しておきますね。

    森山さんの論理矛盾と、日本の選択負担サービスをスルーした問題は未解決ですけと

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    1. 「事実誤認」とはどの部分のことですか?

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  6. まず、REGAパトロンの費用弁済を「会費を払えば無料でレスキューを受けられる体制」としていましたが、REGAの規約上、これはあくまでREGAの裁量による「善意での費用の肩代わり(免除)」です。保険分は保険会社へ請求され、残額をREGAが判断し免除される場合がある、というだけ。REGAに入っていても保険に入っていないなら支払が生じますし、「原則有償」があくまで前提なので「無償体制」と呼ぶのは実態を歪曲しています。
    ​また、2026年よりREGAは「重大な過失(不適切な装備、警告無視等)」や「緊急性の低い要請(疲労、単純な道迷い等)」に対し、会員であっても免除を行わず実費請求する方針を明確化しています。「会員なら安心」は日本の遭難事例と必ずしも一致しなくなっています。
    ​さらに、スイスには日本のような「警察・消防による無償の救助出動」が事実上存在しません。それに触れず、つまり日本が税負担で賄う全般をREGAが代替するものです。日本のような無償公助体制が無いからこそ、多くの国民が加入し原資を得て成り立っているシステムであり、その食い違いを説明しないままでは、読者に事実誤認が生じます。

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    1. 「REGAの規約上、これはあくまでREGAの裁量による「善意での費用の肩代わり(免除)」です。保険分は保険会社へ請求され、残額をREGAが判断し免除される場合がある、というだけ。REGAに入っていても保険に入っていないなら支払が生じます」

      これは知りませんでした。REGAのホームページでは規約が見つけられなかったのですが、どこかで見られますか?(記事本文中でリンクしたjROのレポートでは無料と記されていました)



      「2026年よりREGAは「重大な過失(不適切な装備、警告無視等)」や「緊急性の低い要請(疲労、単純な道迷い等)」に対し、会員であっても免除を行わず実費請求する方針を明確化しています」

      この事実も知りませんでした。情報ソースをお教えください。



      「スイスには日本のような「警察・消防による無償の救助出動」が事実上存在しません。それに触れず、つまり日本が税負担で賄う全般をREGAが代替するものです。日本のような無償公助体制が無いからこそ、多くの国民が加入し原資を得て成り立っているシステムであり、その食い違いを説明しないままでは、読者に事実誤認が生じます」

      これはそのとおりです。ここは私の個人的な思いを書いている箇所なので、細かな説明はあえて避けました。

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  7. ​1. REGA規約上の「裁量(善意)」と「保険優先」について

    規約(Conditions of Patronage)は、公式サイトに明記されています。
    ​根拠: REGA公式サイト "Conditions of Patronage"(パトロン規約)
    ​"Legally speaking, the patronage contribution is a donation, and Rega waives the cost without any legal obligation. That is why the conditions of patronage use the 'can' formulation."
    (法的に言えば、パトロン会費は寄付であり、REGAは法的義務なく費用を免除する。そのため規約では「〜する場合がある(can)」という表現を用いている。)
    ​実態として、まず救助対象者の医療保険・労災保険・旅行保険が優先され、それでもカバーしきれない残額がある場合にのみ、REGAが「裁量」で免除が判断されるそうです。つまり、保険未加入者がREGA会費だけで全てを賄えることが補償された仕組み(無償体制)ではありません。ここは私もGoogleの受け売り2次情報ですが。

    ​2. 2026年の運用厳格化(実費請求)について

    ​これは、REGAが公表している運営方針およびスイス国内の保険制度(KVG/UVG)の適正化に伴う動向だそうです。これもGoogleですが。
    ​近年、不適切な装備や安易な救助要請が増加したことを受け、REGAは「Patronage benefits(パトロン特典)」の適用条件を厳格化しているそうです。「重大な過失(Gross negligence)」や「緊急性のない要請」は、そもそもスイスの基本保険(KVG)の支払い対象外となるケースが増えており、保険が下りない案件に対してREGAが裁量で肩代わりするリスクを抑制する方針が2025年後半から2026年にかけて明確化された、と先に示したGemini回答のとおりです。

    ​3. 「あえて説明を避けた」ことの責任

    「スイスには無料の救急車がない(日常生活が既に受益者負担である)」という大前提を伏せて、山岳救助システムだけを「理想」として語るのは、プロのライターとして「都合の悪い情報の隠蔽」にあたるとは考えませんでしたか?個人の感想、で済ませていい問題ではないように思いますが。
    ​読者の事実誤認に対する責任をお考え下さい。山写追求のときとあまりに差があると感じました。

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    1. 私はGeminiと話をしているんでしょうか?

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    2. 先の回答ではGeminiの検索結果やフレーズは借りていますが、あくまで自分で伝えたいことへの編集はしていますよ。
      受け売り、なんてわざわざGeminiは書きませんからね。2次情報であることは公開しないとフェアではないかと書き加えてぃます。
      原典を当たる面倒は回避していますが、それは信頼のおけふ機関のweb発信情報を拾うだけなら、人間がやらなくてもAIで十分だろう、という私の判断です。それを森山さん個人がどういう感想で受け止められるかは、ご自由に。

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    3. 私もREGAについて誤認していた部分がありそうなので、あとは自分で調べて、信頼に足る情報と判断すれば、ブログの記述を改訂します。

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  8. 登山は全くしないですが、救助は無料でいいと思います。経済的な面で登山を躊躇してしまう世の中なんて嫌です。次世代の若い人達が気楽に登山できるほうがいいでしょう。救助にお金がかかると言っても、その人がその後、日本に生み出す価値のほうが大きいんじゃないですかねぇ。トータルではプラスとして考えましょう。

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    1. コメントありがとうございます。そういうご意見を聞くといち登山者としてはホッとします。個人的には、有料でも無料でもどちらでもかまわないと思っています。感情論ではなく、フェアな議論をしたいなと思っています。

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  9. 災害や火事は、その人の生活基盤そのものです。好き好んで行う登山と同一視は出来ません。
    自動車であれば、運転するためには長期の自動車学校訓練を受け、運転技能試験に合格し、そのために多額の費用を払っています。さらに保有自動車には自賠責保険の加入か義務づけられ、自動車そのものも保安基準に合格したものを定期的車検を受け安全運用可能であることを確認する義務を負うています。
    これらの制度が何もなく、技術基準も体力基準も装備の基準も何もなく、本人意思で空身でも取り組みうる登山とは、同一視することは出来ません。
    これらに比べれば海難は登山と構造が似通っていますが、それでも多くの人が集まる場は海水浴場として公的管理が行われ入場料が徴収され、ライフセーバーが配置される場も多くなっています。
    なにより、自動車事故も海難事故も、かつては多発を非難された時期があり、その後の業界努力や安全啓発活動によって、発生件数が減少してきています。

    レジャーのなかで、登山、山岳遭難ぐらいのものです、近20年一貫して右肩上がりに発生が増え続け、それに対する業界側の率先した活動が見られないのは。
    救助が無料か有料か、などということよりも、もっと真剣に「登山から遭難、危険行動を減らすためには何をしなければならないのか」を考え、動く必要があると思います。
    登山者個人のみならず、登山界隈として、登山が他のレジャーと比較し、救助へのフリーライド性が高く見られている、という認識を改める必要があります。命の平等性以前に、制度や行動の部分で、登山は平等ではない、という見かたがされているのだろう、ということです。

    また、どこから登山か、という境界は、あいまいであってもまずはラインを決め、運用のなかで見直しを繰り返していく、法規制というのはそういうものです。
    例えば、自転車の法制は従来ながらく曖昧だったものが、近年次々と見直させれ、徐々に明確にされてきていますよね。ルールはそうやって見直され運用されるもので、いま境界が曖昧だから法制化出来ない、といったものではありません。

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    1. コメントありがとうございます。

      海では事故が減っていたり、海水浴場が有料化しているなどの現実があるのでしょうか? 海のことは詳しくないので、ちょっと調べただけでは正確なことがわかりませんでした。

      登山業界の安全啓発活動が足りていないというご指摘はもっともかもしれません。登山界の内部的視点では、ここ20年ほど、安全対策はずいぶん進んできたという認識なのですが、その一方で山岳遭難は増え続けているので、対策や工夫が足りていないのは確かなのだろうと思います。

      登山道の整備が進んだり、GPSデバイスや雪崩ビーコンなどのセーフティツールが普及したり、民間の救助会社や山岳保険が充実してきたりなど、実は個々にはそれぞれ努力や工夫が重ねられてきてはいます。ただしそれを大きな動きとしてひとつにまとめていくのは登山界が苦手とするところで、大きな成果につながっていないのかもしれません。登山をしない一般の人たちへの情報発信も効果的なものができているとはいえず、そこは私自身もなんとかしたいと思うところであります。

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    2. 返信ありがとうございます。

      水難(約半数~6割が海難)と山岳遭難の比較は、発生推移をグラフで並べてみれば、一目瞭然ですよね。
      水難
      https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r06_suinan_gaikyou.pdf

      山岳遭難
      https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r06_sangakusounan_gaikyou.pdf

      森山さんが登山を始めたのは昭和の終わり、バブル期でしたよね。
      そのころの状況はこうなっていました。

      平成元年警察白書 第8章 災害、事故と警察活動
      https://www.npa.go.jp/hakusyo/h01/h01index08.html
      https://www.npa.go.jp/hakusyo/h01/h010800.html

      昭和63年で比較すると、こうなります。
      水難 2,603件発生 死者・行方不明者1,569人
      山岳遭難 618件発生 死者・行方不明者171人 

      それが、令和6年はこうです。
      水難 1,535件発生 死者・行方不明者816人
       ※件数は約59%に減少、死者は52%に減少
      山岳遭難 2,946件発生 死者・行方不明者300人
       ※件数は4.77倍に増加、死者・行方不明者は1.75倍に増加

      森山さんの仰る、「GPSデバイスや雪崩ビーコンなどのセーフティツールが普及したり、民間の救助会社や山岳保険が充実してきたり」というのは、死者の増加を食い止める、といった部分で進化が続いていることは示されています。
      しかし、発生件数の増加がそれどころではない、つまり危険行動が増加しすぎているために、死者数も抑制できていない、というのが現実だと私は考えています。
      リスクホメオタシス理論が示すとおり、人は安全性が高まると、人は無意識のうちに生まれた「余裕」をリスクの高い行動で埋め合わせようとします。安全装備やシステムの改善は危険行動とその先の遭難を減らせません。

      では、登山メディアは、危険行動の抑止に真剣に取り組んでいるのか、となると、そんな人は羽根田治さんくらいではないですか?
      「挑戦」を美徳として煽るわりに、それが「無謀」を生じさせないようにする歯止めが不十分、それがほとんどの登山メディアなのでは、と思っています。
      2010年代以降は、ヤマレコ、続いてYAMAP、といった登山SNSが普及したことで、知識経験が不十分な登山者の「武勇伝」が流通しやすくなった状況が、さらに無謀登山の量産を加速させているのでは、と。

      そのYAMAP自身が公表している遭難ZEROと銘打つ連載の記事がコレです。

      遭難ZERO 〜登山遭難事故 救助事例・体験談〜
      長野・常念岳 遭難事故の記録|命を救ったスマホ
      https://yamap.com/magazine/66578
      ※記事からリンクされた遭難者自身の活動日記
      https://yamap.com/activities/39382127/article

      この記録は、雪山に挑む覚悟や知識経験、という面であきらかに欠けた部分が多々ある遭難者が起こすべくして起こしてしまった、と私は率直に感じました。
      しかし、記事ではその「欠けた部分」は本人の反省に留め、本質的な反省やこの失敗を繰り返さなかった教訓の提示、というのが不十分、有効なものがほとんど無い、とすら私は感じます。スマホを落とさなかったから助かった、と考え、落ちたまま真っ逆さまだったら死んでいた、という現実に向き合えていなように見えますから。
      逆に記事で強調されるのは、本人の「リベンジ」意思と、自社保険の有用性です。

      何より防ぐべきは危険行動、という意識が、登山界隈全体で不足していると思いますね。
      登ってもらわないと困る(商売が成り立たない)、だから迂闊な人向けに、多少危険な行動をしても救える仕組み(商売)を充実させよう、ということでは、遭難は増え続ける。
      このYAMAP MAGAZINE記事はその象徴的事例に見えますね。

      業界側から危険行動抑止の具体的動きがみられないことに対し、報道であったり世間が求め始めている強制的な抑止力の導入案のひとつ、それが救助有料化の議論だと思います。
      入山料、登山届義務化、こうしたものと併せて検討されているところだろうな、と思っています。
      全国の河川や海岸に「危ない!!入らないで!」の看板がはられていったのと同じように、の方向ですね。

      登山界隈も同じ目線、危険行動を減らすことを最優先に、で取り組んでいかないと、業界全体がジリ貧で埋没していくだけなのにな、と私個人は思っています。

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    3. 登山メディアは危険行動の抑止に真剣に取り組んでいないというのは、メディアに関わるひとりとして耳が痛いご指摘ですね。。。
      もちろん意図的にそうしていたわけではないのですが、振り返って見ると、そういう部分は確かにあったといえそうです。


      個人的には、ここ30年ほどの山岳遭難の増加は、以下の3つが主な要因なのではないかと考えています。

      ①携帯電話の普及……昔は通報手段がなかったために自力でなんとかする以外方法がなかったのですが、現在は救助要請が容易になったため、通報件数が増えた。

      ②高齢登山者の増加……単純に体力がないと遭難しやすくなります。これは私自身が高齢になってきて痛感していることでもあります。

      ③山岳会・山岳部の衰退……昔は山岳会で安全教育をしたり、事故の際の共助体制を作ったりしていたのですが、現代の登山者は個人単位が主流です。かつて山岳会が担っていたこうした役割が失われていることも事故増加の一因かとは思います。


      もちろん他にも考えられることはあるのですが、影響の大きい順に3つあげればこうなるかと思います。

      これまでの登山界は、こういう細かい要因分析をあまりせず、わりと大ざっぱに「安全登山」とだけ謳ってきたきらいがあるので、今後は、こうした要因ごとにそれぞれ対策を考え、積み重ねていく必要がありそうです。

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    4. 再度の返信、ありがとうございます。
      ただ、携帯電話の普及で通報が増えた、ということであれば、それに加えて先の返信で森山さんご自身が書かれた「登山道の整備が進んだり、GPSデバイスや雪崩ビーコンなどのセーフティツールが普及したり、民間の救助会社や山岳保険が充実してきたりなど」にも関わらず、死者行方不明者のオーダーが昭和末期の2倍あたりまで増加している、ということになりますよね。
      容易に救助要請が出来るようになった、つまりリスク事態があっても助かりやすくなったのであれば、危険行動の母数が変わらなければ死者数は有意減少を示すはずです。救助率が高まるので。しかし、現実はそうなっていない、どころか増えている。
      他の安全技術向上も同様で、危険行動が増えない限り、死者数増加にはならない、有効な対策になっていないんです。

      高齢化の問題はおっしゃるとおりで、「まだまだ若いもんには負けない自分でありたい」という高齢者心理に対し、SNSは悪影響を及ぼしてはいないか、と私も考えています。逆もありそうですね、ジジイには負けられない、のような。Z世代はそうでもないのかな?とも思いますが。

      山岳会の衰退については、今回提示した数字にはほとんど関係していないと私は思っています。日本山岳協会や労山、     JACの会員数は、平成元年時点でも数万人クラスであり、もともと誰もが教育を受けているような状態にはなかったはずです。かつ、現在はこうした団体の会員は一般登山者よりも有意に登山事故の経験率が高いことが、団体の年次報告で示されています。最新の2024データでは、年間で実に会員の54人に1人が事故に遭遇しています。2%弱ですよ?
      https://www.jma-sangaku.or.jp/wp-content/uploads/2025/10/22th_AccidentReport_20251001.pdf

      森山さんの書かれた以外では、インバウンドの増加に伴う外国人登山者による事故もかなり有意に増加しているはずです。遭難事例を一覧公開しているいくつかの都道府県警情報を見ると、多いところは遭難全体の2〜4割を外国人が占めているところもあるほどです。
      これもまた、登山界隈の危険行動抑止の取組が不足していることのひとつのあらわれでしょうね。
      今年の冬富士問題が典型でしょうが、標高だけでいえば、日本の山岳は海外の高峰のような難関とは考えられにくい面があります。山岳としての実態を知らない外国人が安易に登る事故があとを立ちません。
      外国在住者に対する日常での登山教育、というのは、日本の機関やメディアではほとんど不可能に近いところなので、予防には水際での対策、つまり登山し始める段での対策を強化するほかないところです。
      つまり、安易な行政側では立入禁止の看板を増やしておく?となってしまうのでは、と私は思いますね。

      そして、それを不快に感じた登山者は無視して登ってはSNSで「行政の横暴!」といった趣旨の情報をアップし、水際対策を無効化しようとする。事態はそこまで進んでいます。
      でも、それに対して登山界隈はダンマリですよね。ロッククライミングや沢登りなど、もともと社会的に逸脱とみなされる恐れすらある危険行動を是としているから、という部分を感じます。
      冒険の価値は否定しませんが、それと無謀の線を厳しく引いて、無謀の抑止抑制に真摯に入念に取り組まなくてはならない。それが、これからの登山界隈が果たすべき役割であり、登山というレジャーが産業として生き残る術かと考えます。

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    5. バックカントリーや冬の富士山の遭難がよく報道されるので、過激な登山や外国人の遭難が増えているとよくイメージされがちなのですが、実数としてはそれほど多くありません。

      外国人の遭難は、直近の全国統計では全体の4%です。もちろん、今後は増えていくことが予想されるので、それに備えた対策は必要だとは思うのですが。

      一方、遭難の原因を見ると、ハードな登山よりごく一般的な登山でのもののほうがずっと多いのが現実です。

      【ハード型遭難】=滑落、転落、落石、雪崩、悪天候など
      【一般型遭難】=道迷い、転倒、疲労、病気など

      遭難をこのように分けると、その割合は【ハード型】が25%、【一般型】が75%になります。そしてこの20年間の増え幅は【一般型】のほうがずっと大きいです。

      つまり、今の山岳遭難は、特に過激でもない普通の人が起こしているというのが現実なんです。

      ところで【一般型】の内容を見ると、転倒、疲労、病気など、高齢者に多い要因が目立ちます。疲労などは、この20年で4倍弱にもなっています。

      先のコメントで、山岳遭難件数増加は高齢登山者の事故増加が主因と書いたのは、こんなところが理由になっています。なので、山岳遭難を減らすという観点に立てば、今、最も力を入れて取り組むべきは高齢者対策というのが私の見立てです。

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    6. 再々度の返信、ありがとうございます。
      外国人の遭難者については、R6の実数は135人で、総数3,357人の4%、というのは仰るとおりですね。

      森山さんが統計実数からどこで「ハード型」と「一般型」を分けられたのかが、一部「など」記載なので不明瞭ですが、総数3,357人が25%:75%に分かれる、という記述から逆算すると、

      ハード型25%≒839人
      一般型75%≒2517人

      といったあたりになります。
      ハード型の839人は、先に示した昭和63年の遭難者総数、756人を上回る高水準、という見方もできます。

      また、そのデータの出処である平成元年警察白書には、こんな記述があります。

      --
       近年は、登山の大衆化に伴い、幼児から90歳を超える高齢者に至る幅広い年齢層の人々により、本格的な登山から山菜採り、山草観賞等を目的とした軽装のハイキングに至るまでの様々な形の登山が行われるようになった。また、登山人口が増えるに従い、登山の知識や経験に乏しい登山者も増加してきている。

       63年は、年少者や60歳以上の高年齢者の遭難が多発したほか、技術の未熟による転落、滑落事故や事前の準備不足による道迷い、行方不明事案等、登山に対する基本的な心構えを欠いたことによる遭難が目立った。

       また、63年に遭難した618パーティーについて、山岳会への加入状況と登山計画書の提出状況をみると、山岳会に加入していないパーティーの数は524(84.8%)、登山計画書を提出していないパーティーの数は511(82.7%)に上っている。
      --

      当時の正確な態様別比率は私には追えないのですが、「登山に対する基本的な心構えを欠いたことによる遭難」という状況は大きく変わっていないのではないでしょうか。
      森山さんのお言葉を借りれば、「今の山岳遭難は、特に過激でもない普通の人が起こしているというのが現実なんです。」というのはそのとおりです。が、それは今も35年前も、変わっていません。しかもその総数が今は爆発的に増えている、ということですね。

      つまり、より正しくは「普通の人が、その人にとっての無謀な行動をとった」というべきところではないですかね。準備の不足、装備の不足、読図力など知識経験の不足、体力不相応なコース設定などは、全てその人にとっての無謀な危険行動、というみかたです。
      その危険行動の総数が激しく底上げされていることで、一般型のみならずハード型遭難をも頻発させて、死者が昭和末期比で2倍近くという厳しい現実を生じさせ、世間もその実情に触れる機会が増えている。だから、救助有料化などの強制抑止力も求め始めている、ということではないでしょうか。

      高齢者については、R6警察庁統計の遭難者数を、年齢不明の17人を除いて59歳以下と60歳以上で分けると、
      59歳以下:1,663人(49.8%)
      60歳以上:1,677人(50.2%)
      となっています。
      過半数が高齢者、は確かな事実であり、高齢者対策が重要なのは間違いないでしょうが、「今、最も力を入れて取り組むべきは高齢者対策」とまで偏ってしまうと、現役世代以下の人々に対し、自分は対象外、遭難は他人事、といった意識を強めないか、という危惧を感じます。

      森山さんご自身、丹沢大倉尾根での道迷い経験をXで投稿されていましたよね?
      責めるわけではありません。むしろ、貴重な経験を共有いただき、素晴らしい姿勢と感じました。
      ちょっとした油断、丹沢くらいなら、のような意識、それがその日の森山さんにとっては無謀を踏み越えていた、ということかと思います。私にもそういう経験はあります。

      そうしたヒヤリハット事例の共有や集積、といった姿勢も、登山メディアから感じられないことのひとつです。
      先にあげたYAMAPの記事が典型ですが、極端な遭難事例、目を引きPVを上げることにばかり腐心したか、または宣伝に都合の良い事例を拾ったか、のような記事が多いですが。身近なひとつひとつの基本行動の徹底をしないと、そこが抜けた先にこそ重大事態が待ち構えている、という意識を登山者が持ち得る情報発信が継続されていけば、それは確実に遭難抑止に役立つと思います。
      教条的、お説教にならず、「オレもやらかしちゃった経験だらけなんだよ」をしっかり共有しては、といったアイディアですね。
      SNSは、そこをスポイルします。自己発信の限界として、非難を避けたい人が多く発信そのものが少ない、「皆さんのためと恥を忍んで投稿します」のような同情クレクレノイズの多い投稿も目立つ、さらに圧倒的多数の成功体験、映え写真が貴重な反省投稿を埋める。これでは機能しません。
      機能できるのは、責任をもって出す情報を選べるメディアだけだと思いますね。

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    7. 「死者が昭和末期比で2倍近くという厳しい現実を生じさせ、世間もその実情に触れる機会が増えている。だから、救助有料化などの強制抑止力も求め始めている、ということではないでしょうか」

      これはおっしゃるとおりかと私も思います。

      昭和末期は少なかったのですが、それより前の昭和40年代は死亡などの重大事故が現在に匹敵するくらい多く、それを受けて剱岳と谷川岳で登山を規制する条例ができました(当時は若者による岩登りや雪山での遭難がほとんどでしたが)。

      それを考えると現在は2回目のヤマを迎えているともいえて、現代の事情に合ったなんらかの規制や条例があるべきなのかもしれません。

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    8. 度々の返信、ありがとうございます。

      昭和の遭難者数のピークは昭和47年で、その実数は265人でした。
      また、その前10年間の平均年間死者数は209.7人でした。

      昭和48年警察白書 第8章 災害事故防止と救助活動
      https://www.npa.go.jp/hakusyo/s48/s48index08.html
      https://www.npa.go.jp/hakusyo/s48/s480800.html

      いっぽうで、近年の遭難最多は平成29年(2017年)の354人でした。
      直近10年間(2015~2024)の死者数は317.2人となっています。

      令和6年における山岳遭難の概況等
      https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/r06_sangakusounan_gaikyou.pdf

      期間の最大値で1.34倍、10年平均値として1.51倍に増加していることになります。

      これは2回目のヤマ、という生易しいものではなく、過去最大のヤマ、と考えるべきでしょうね。

      「現代の事情に合ったなんらかの規制や条例があるべき」というのはそれはそれとして。
      その状況で、森山さんはどういった役割を果たしていかれるおつもりでしょうか?

      かつて、谷川岳などの規制がうまくいったのは、言ってしまえば「遭難の現場が集中的で、危険行動の種類も固定化していたから、そこを規制すれば収まった」ということでしょう。
      現代の事情、「普通の人が、その人にとっての無謀な行動をとる」このと対する規制、というのは、広く全国の山で、普通の登山者に平準的な網掛けをする規制、特に高齢者を主体とした一般登山者向けの規制強化になると思います。

      つまり、登山界隈にとっては「最大の太客の敷居を上げる」施策になります。
      黙っていれば、やはり登山業界の将来はジリ貧、という結末になりかねません。

      そこで、登山の魅力を提示しつつ、危険行動の抑止をきちんと意識した言論活動、というのを、森山さんはどうとっていかれるおつもりでしょうか?

      上記のブログ記事本文でも、論評的な考証に留まり、ご自身がどう貢献していくのか、といった部分は書かれていないため、伺いたかった次第です。

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    9. 私がどういう役割を果たしていくつもりかというと、今考えているのは高齢登山者への安全対策・情報発信ですね。考えてみると、これまでの登山メディアは高齢者にフォーカスした情報発信はあまりしてこなかったように感じます。

      高齢登山者は若者にはない特有の問題があります。以前は私自身、それをわかっておりませんでしたが、自分が高齢になってきて、実感的にわかるようになってきました。それによって新たな視点も得られるようになったので、それに基づいた情報発信をしていきたいと思っています。

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    10. ありがとうございます。積極的な情報発信を期待しています。

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