2021年7月12日月曜日

6月の北アルプスで使える道具

 

6月の北アルプスは危ない


この記事を書いたあとに思ったのだけど、6月の北アルプスみたいな中途半端なコンディションのときって、どんな靴を履いていくべきか迷いますよね。本格的な雪山用ブーツは重すぎるし、かといってトレッキングブーツだと雪の斜面が出てきたときに心許ないし。


私もずっと正解がわからなくて、結果、リーボックのローカットシューズなんて履いていってしまいました。


考えてみれば、「6月の北アルプスに向いている道具」なんて解説される機会はほとんどありませんでした。ここに情報のエアポケットが生じていることに気づいたので、どんな道具がいいのか以下解説してみます。




1)ある程度ソールが硬い

2)かといって雪山用ブーツよりは硬くない

3)ある程度軽い(600~800gくらい)


こんなところが条件かなと思います。「ある程度」とか基準がわからない条件ばかりですみませんが、まあざっくりと、「雪山用ブーツ以下、トレッキングブーツ以上」と考えてもらえれば。


1)は、雪の上を歩くときに重要な要素。靴に剛性がないと雪面にがっちり蹴り込めず、歩行が不安定になってしまうのです。ふにゃふにゃにやわらかいリーボックでヤバい思いをした私がいい例です。もうひとつ、ソールが硬くあるべき理由は、アイゼンを付けたときに安定しやすいこと。ソールがやわらかい靴では歩行中にアイゼンが外れてしまったりするからです。


↑こんなふうに雪にしっかり食い込ませられる靴でありたいわけです



2)は、とはいえガチガチに硬いと、通常の登山道が歩きにくくなってしまうから。北アルプスといえど6月ならば、雪の上を歩く区間は全行程の1割程度(コースにもよりますが)。鉄板のように硬い靴では、普通の登山道が歩きにくいですからね。


3)は2)と同じような理由。歩きの軽快感もそこそこ重視したい。この時期は雪はあるけど気温はそれほど低くありません。なので冬用ブーツのような保温性は不要。むしろ足が暑くなってしまうので、アッパーは比較的軽量に作られているもののほうが具合がよいです。


ひとことで言ってみれば、「ゴツめのトレッキングブーツ」という感じの靴。代表的なモデルをあげるとすれば、以下のようなところ。



スカルパ・リベレHD



ローバー・チェベダーレ EVO GT



ザンバラン・バルトロGT



スポルティバ・トランゴ アルプ エボ GTX




価格的には4万円台のものが多く、どうしても高めにはなってしまいますね。ただし、厳冬期の雪山と真夏、そして低山をのぞけばけっこう活躍範囲は広いし、作りがしっかりしているので長持ちするし、1足持っておいて損はないんじゃないかと思います。


ちなみに私は、アゾロのエルブルースGVという靴を履いています。がっしりしているのに一般登山道の歩行感も悪くなく、気に入っております。






アイゼン

チェーンスパイクで対応できる場合もあるけれど、原則的には10本爪以上のアイゼンが必要です(4本爪とか6本爪の軽アイゼンはこの時期に使うには力不足)。


靴に装着さえできれば、冬に使っている12本爪フルスペックのアイゼンでもかまいません。耐久性や雪上での制動力はそれがいちばん高いので、重さが問題でなければ冬用アイゼンを使うのがベスト。


ただし上にも書いたように、6月となれば、雪上を歩くのは全行程の1割程度しかありません。そのときのために1kgくらいあるフルスペックアイゼンを持ち歩くのは面倒だ。そういう人は、軽いアルミ製とか、作りを少し簡易的にしているタイプがいいかと思います。


私が残雪期専用機として使っているのはこれ。グリベルのエアーテックライトというアルミ製のものです。



岩の上を歩くと一撃ですり減るし、制動力もスチール製に比べるとイマイチですが、スチール製の3分の2ほどの軽さは捨てがたく、もっぱらこれを使っています。


一方、作りを簡易的にしているタイプというのは、主に10本爪タイプなど。12本爪フルスペックアイゼンとアルミ製アイゼンの中間くらいの重さです。爪はスチールなので強度・耐久性ともにしっかりあるのが魅力。製品としてはあまり選択肢が多くありませんが、たとえばこのへん。


カンプ・アッセントユニバーサル 



クライミングテクノロジー・ネビス フレックス 





ここで注目したいのはセンターバー(リンキングバー)。上にあげたふたつも、私のエアーテックライトも、ここがガチガチではなく、しなるようになっています。



これはどういう意味があるかというと、こういうこと。




ソールが曲がる靴にガチガチセンターバーのアイゼンを付けると、歩行中に外れやすくなるのです。以前、ガチガチセンターバーのアルミアイゼンをやわらかいトレッキングブーツに無理やり付けて登っていた私の知人が、突然バチンとアイゼンが外れて、目の前で滑落していったこともありました。


あまり注目されることがないパーツですが、ソールが曲がらない本格的な雪山用ブーツに取り付けるとき以外は、ここけっこう重要ポイントです。


ちなみにグリベルやペツルは、しなるセンターバーを別売りパーツとして販売しています。手持ちのアイゼンを手軽にカスタムできるので、これは親切な対応かと思います。




ピッケル

アイゼン同様、重ささえ気にならなければ、冬の雪山登山で使っているものを使ってもかまいません。大は小を兼ねる。


ただしこれもアイゼンと同じく、行程の一部分でしか使わないのに重くかさばるものを持ち歩くのは少々ストレス。そういう人は、残雪期専用として以下のようなピッケルを使うといいかと思います。


1)軽い(350g以下くらいが目安)

2)短め(50cm前後)


多くのメーカーが、軽さを重視したこういうモデルを出しています。ポイント的に使うなら、こういう軽量モデルでも十分使えます。ただし、ヘッドがアルミ製で極端に軽量化したものは避けたほうがよいかも。これはエクストリーマーとかバックカントリースキーヤーなど「わかってる人が割り切って使う物」で、強度的に少々不十分だからです。


ということでおすすめはこのへん。


ブラックダイヤモンド・レイブンプロ



ペツル・グレイシャーライトライド 




グリベル・ゴーストEVO



ブルーアイス・アキラアッズ




ちょっと高いけど、ブルーアイスとか個人的にシブい選択かなと思います。持ってる人少なくてレアだし、仕様的にアルパイン系にもかなり使えそうです。



ちなみに私が使っているのはこれ。


左が、ブラックダイヤモンド・レイブンの軽量バージョン「レイブンウルトラ」(今は売っていない)。右がペツル・ライド。これはスチールヘッドなのに240gと振り切った軽量性を誇ります。ただしピックが短めで全体に軽すぎるので、急斜面ではちょっと不安です。使わないかもしれないけど念のためとか、ワンポイント的に使うときだけライドを持っていきます。




靴・アイゼン・ピッケル以外は、6月の北アルプスで特筆すべきことはありません。サングラスと日焼け止め忘れずに、くらいかな。気温はもうけっこう高いので、ウエア類は夏山に準ずるようなもので大丈夫です。冬用のハードシェルは少々大げさ。レインウエアのほうがなにかと便利かなって感じです。以上。



2021年7月10日土曜日

6月の北アルプスは危ない

 

穂高で滑落して九死に一生を得た人の動画をYouTubeで見た。やっぱり6月の穂高は危ないなとあらためて思ったのだが、ほぼ同じ時期、ほぼ同じ場所で、自分も過去にかなりヤバい体験をしたことを思い出した。


動画の人は、穂高岳山荘まではなんとかたどり着いたのだが、山荘からの下りで滑落してヘリ救助になっている。まさにそこ! ほぼ同じ時期! まるでデジャビュかと思うほど条件は似通っている。


そのときの顛末を過去にPEAKSに書いたことがある。6月の穂高がどんな感じなのか知るにはそれなりにわかりやすい文章だと思うので、PEAKS編集部の許可を得ずに以下に掲載します。



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6月25日


僕はひとりで涸沢まで登ってきた。あいにく天気はよくなく、断続的に雨が降っている。平日ということもあり、涸沢カールにはだれもいない。テントのひと張りもない。


灰色の空をバックにした穂高の稜線にはガスがからみつき、威圧的な姿を見せている。いつも夏に見ていた華やかな印象とはまったく違う。岩と雪のモノトーンの世界。だれにも頼ることができない圧倒的な大自然が醸し出す妖気に、僕は気圧されていた。


「もう6月末なんだから、軽い装備でライト&ファストにいこう」と、しゃらくさい考えでいた僕の足下はリーボックのローカットシューズ。ピッケルもアイゼンも持っていない。さすがに不安になって、涸沢ヒュッテで軽アイゼンを借りた。


穂高岳山荘に向かって登りだす。遠目にはゆるく見えた雪の斜面は、取り付いてみると意外に傾斜が強い。残雪というと、太陽光でゆるんだグサグサの雪しか知らなかった僕は、雪が意外に硬いことにも面食らった。


やわらかいリーボックの靴はソールにエッジがなく、クロックスのように丸まっている。いくら雪面に蹴り込んでも安定せず、いまにも滑り出しそうだ。小さな4本歯の軽アイゼンはこの傾斜ではほぼ無力。これはたまらん。トラバースして、もう雪が消えていたザイテングラートに逃げた。ああ、ひと安心。


天気はいっこうに回復せず、雨脚は強まってきた。あの広い涸沢カールに僕ひとり。威圧的だった穂高はさらに大きく、高圧的なまでに僕にプレッシャーをかけてくる。時間はもう4時だ。


穂高岳山荘がほぼ同高度に見えてきた。逃げ切れたか。そう思ってちょっとしたふくらみを乗り越えたら、山荘と僕の間は幅100mくらいの急な雪の斜面になっていた。さっきよりずっと傾斜が強い。ここをトラバースしていけというのか。そんなわけないだろう。


ほかに道があるはずだとあたりを見回してみるが、さらに傾斜がきつい雪の壁か岩場があるのみ。どう見てもここしかない。


斜面の下を覗き込む。はるか下に涸沢ヒュッテが1cmくらいの大きさで見えている。1000mくらいはあるのか。スリップしたらあそこまで止まらないだろう。幸い、フォールラインに岩は見当たらないが、1000mも滑っていく間、生きていられるのかはわからない。


周囲には人影はゼロ。トラバースの一歩を踏み出すかどうかは、すべて自分の判断だ。家族の顔が頭をよぎる。ミスしたらすまない。覚悟を決めてトラバース開始。ふにゃっとヨレる靴の足裏に、全身の神経を張り巡らせる。3分の2くらいまで渡ってきたところで、集中力が切れてきた。まずいぞ。最後まで集中しろ。


穂高岳山荘が建つ石段の片隅にようやく足が掛かった。倒れ込むようにゴールテープを切った。もう動けない。極度の放心状態。山荘に入っても言葉がうまく出てこず、山荘スタッフが心配している。でもいいのだ。おれは生き残ったぞ!


下りはどうしたって? 来た道を下るなんてことはもちろんできない。大キレット方面に向かい、南岳から下山した。しかしそっちはまるで記憶にない。ザイテングラートよりはるかに難しいはずの道なのだが、天気は回復したし、稜線上には雪が全然なかったのだ。リーボックは超快調であった。まったく、一筋縄ではいかないぜ、残雪期。

(PEAKS 2014年5月号より)


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思うんですが、6月の穂高や剱岳って、一年でいちばん危ない時期なんじゃないでしょうか。6月って、すでに街は夏みたいで半袖短パンで過ごしているし、同じ3000m級の山でも南アルプスや八ヶ岳は、もうほぼ夏と同条件で登れてしまいます。


しかし北アルプスは違います。まだ雪が豊富に残っていて、つまり、「早めの夏山」ではなく、「遅めの雪山」なわけです。そこに夏山気分の軽装で行ってしまい、進退窮まるわけです。当時の私がまさにそうでしたし、今回滑落した方も、装備を見るかぎりそんな感じでした。


6月って、梅雨ということもあって登山者の数が少なく、この時期の北アルプスの危険性が指摘されることはあまりなかったように思います。であるからこそ情報が少なく、登山者の意識と現場のコンディションのギャップが大きくなりやすい。そこに、事故が多発する原因があるように感じます。





上に転載した文章は、PEAKSの記事では後半部分。前半では、めちゃくちゃ快適に登れた5月の体験を書いています。残雪期は、装備とコンディション次第で登山の困難度がものすごく変わる難しい季節なのだ……ということを伝えるのが狙いの記事です。