2018年8月2日木曜日

【登山靴レビュー】モンベル・アルパインクルーザー2000



読者還元レビュー第二弾(意味はこの記事冒頭に)。


メーカーから提供された登山用具について、忖度ぬきで正直な感想をレポートします。今回は、モンベルの新作トレッキングブーツ、アルパインクルーザー2000


提供を受けた際は、正直、まったく期待していませんでした。というのも、モンベルの靴というのは、完成度が総じて低くて、いい印象を抱いたことがほとんどなかったからです。ウエアやギアについては、あんなにスキのない製品を作れるのに、靴はどうしてこのレベルなんだろう? と疑問に思っていたくらいです。


が、このブーツは、従来のモンベル靴の印象を一変する意欲作だと感じました。モンベルの靴は明らかに変わった。開発陣の明確な意識変化が伝わってくるようです。見た目はやけに地味なのですが、中身は、今シーズンの目玉ブーツのひとつといってもいいほどの出来です。これはレポートする価値があるだろうと思い、ペンをとった(キーボードを叩く)次第です。




フィット感のよい足型の採用


従来のモンベル靴の最大の欠点は、広すぎる足型にあったと個人的には思っています。そして単に幅広なだけでなく、箱のような形というか、メリハリに欠ける足型でした。人間の足は、複雑な3D形状をしているので、それに忠実に添った足型をしている靴が「フィット感がよい」といわれるわけですが、それに対してモンベルの靴は、長靴的な雑さがありました。


幅の広さは、「幅広が多い」といわれている日本人の足に合わせた結果だとは思うのですが、それにしても広すぎた。幅広の靴は、店頭で履いたときは当たるところがなくてラクに感じるけれど、山を歩くと、足が靴の中でズレて歩きにくい。私は幅広のほうだけど、それでもモンベルの靴は広すぎると感じていました。これがぴったりくる人って、どれだけ足が広いんだろうかと。


が、アルパインクルーザー2000は足型が一変。なにより変わったのは、土踏まずからカカトにかけて。幅を絞り、左右からカカトをしっかり固定。拇指球まわりのワイズは私でも問題ない適度なゆとりを残しつつ、つま先もやや絞って指先の力を引き出す形に。要するに、スポルティバやアゾロに代表される、グラマラスで現代的なイタリアンフィットに変わったのです。


この変化は、じつは昨年から感じておりました。昨年発売されたアプローチシューズ、クラッグホッパーがこの足型でした。「あれ、モンベルにしてはやけにフィット感がいいぞ」と驚いた覚えがあります。この靴、隠れた名作でして、ガイドやクライマーなど、実際に履いた人には総じて評価が高く、私自身も際どい場所での勝負シューズとして愛用しております。モンベル靴の足型変更は、この靴あたりから始まっていたと思われます。


もっさりした鈍重なフィットから、歩行安定感の高い洗練された足型に。これが、まず指摘したいアルパインクルーザー2000の評価ポイントです。





史上最高レベルのフリクション


これがこの靴の最大評価ポイント。おそらく私は、この靴より滑りにくいソールを備えたトレッキングブーツを履いたことはありません。というくらい、この靴のソール、滑らないです。


体感的には、ファイブテンのステルスソールより滑りにくいです。ステルスソールというのは、フリクション性能に定評のあるクライミングシューズ界No.1のソール。それより滑りにくいと感じさせるのだからすごいです。


たとえば、こういう濡れた岩の上。普通のトレッキングブーツなら、ズベッと滑ってしまうところですが、アルパインクルーザーはぐぐっと粘って踏ん張ってくれるのです。実際、ここでは滑りませんでした。



ほかにも、岩やら木の根やら、登山道ではいくつもの滑りポイントに遭遇しますが、明らかに滑りにくい。もちろん限界はありますが、その限界が高いという感じ。






これがその滑らないソール、トレールグリッパー。もう何年も前からモンベルの靴に採用されているので、とくに新機能というわけではなく、知る人は知っていたのでしょうが、自分的には新鮮な驚きでした。この性能はもっと知られるべきなんじゃないの?


ソールパターンに特徴はありませんが、さわってみると、普通のビブラムソールなどよりやわらかい感じがします。粘りがあるというか。このゴム質が、滑りにくさの秘訣であることは間違いないでしょう。


しかし、やわらかいということは、減りが早いと予想されます。クライミングシューズでも、フリクションと耐久性がトレードオフということは常識。履き続けたときにどうなるかはやや疑問でもあります。が、昨年から履いている、同じトレールグリッパーソールを備えたクラッグホッパーが、まだまだ十分ということを考えれば、許容範囲の耐久性は備えていると思われます。


まあともあれ、この爆発的なフリクション性能は一度体感してみる価値はあると思います。この性能があれば、多少耐久性が劣ったとしても、個人的にはOKです。





全体のバランスはイマイチ?

いいことばかり書きましたが、もちろん完璧な靴ではありません。履いていて気になったのは、少しやわらかすぎるように感じられるところ。これはゴムのやわらかさのことではなくて、靴全体の剛性の話。





たとえば、こういう段差で、もう少しカチッと踏ん張ってほしいのですが、実際にはグニャッとヨレてしまうんですよね。とくに問題を感じるのが下りのときで、靴がやわらかすぎて足が疲れるような感覚があります。


これは、硬ければよいのかというと、そう単純な話ではありません。たとえば、私が持っているサロモンのミッドカットブーツは、アルパインクルーザーよりやわらかいですが、同じような登山道を歩いても、「やわらかすぎる」みたいな違和感を覚えることはありません。逆に、アゾロのブーツでもっと硬いものも持っていますが、これもやはり違和感はありません。


たぶん、アルパインクルーザーは、アッパーとソールの剛性バランスがよくないのだと思われます。アッパーは革製で比較的しっかりしているのに対して、シャンクを含めたソール全体が少しやわらかすぎるのでしょう。


このへんは微妙かつ感覚的な話で、私が言っていることが合っているかどうかはわかりません。しかし違和感を覚えたことは事実なので、指摘しておきました。





思うに、靴作りって、感覚的なすりあわせが重要な職人的な世界なのではないでしょうか。大資本メーカーがお金をかけて開発しても、伝統ブランドの靴の完成度になかなかおよばないのは、そこに理由があるんじゃないかと。


余談ですが、7〜8年前だったか、長年スポルティバでクライミングシューズ開発に中心的に携わっていた人がスカルパに移籍した途端、スカルパのクオリティが急上昇し、いまやファイブテン・スポルティバの2強に肩を並べるほどに成長したという事実があります。


このハイテク時代、靴作りって、まだまだこういう職人的・感覚的な部分がものをいう分野のようが気がします。モンベルも、靴メーカーとしては後発の部類。微妙な完成度を磨き上げる部分においては、まだ他メーカーにかなわないんじゃないでしょうか。ザンバランとかローバーの靴って、特別なことはなにも感じないけど、問題もなにも感じないもんね。


まあしかし、問題はあれ、トレールグリッパーソールのフリクション性能は圧倒的な魅力です。滑りにくい登山靴が欲しい人には、自信をもっておすすめできます。一度お試しあれ。




【余談】


私のアルパインクルーザーは、革の質感がちょっと違って見えるかもしれません。これは、ワックスを塗っているからです。裏出し革のブーツ(アルパインクルーザーはヌバック)にワックスを塗るべきかどうかは諸説ありますが、私は塗る派です。撥水性が高まることと、耐久性アップにも役立つような気がしています。


ただし、ワックスを塗ると見た目の印象が大きく変わって重厚な感じになるので、裏出し革の軽快な印象が好きな人は要注意です。



2018年8月1日水曜日

登山用カメラ(E-M1)のフード改造


7月26日~28日に剱岳に行っていました。登ったのは、剱沢~長次郎谷~八ツ峰Ⅵ峰Cフェース剣稜会ルート~八ツ峰~北方稜線~剱岳本峰~剱沢というラウンドコース。疲れた~。


ここのところ、山に行くときはもっぱらオリンパスのE-M1というカメラを使っています。ミラーレスカメラというやつですが、一眼レフに比べて小さく軽く、そのくせ防塵防滴性能はニコン並みに強力といわれ、山カメラとしてはかなりいい感じです。剱もこれで行きました。


メインで使っているキヤノンEOS6Dに比べると、画質面ではやはり劣りますが、重さが半分近くになるのだから文句はいえません。それに劣るといっても、スマホやコンデジよりははるかによく、印刷用途にも使えます。実際、このカメラを現場で使っているプロカメラマンもいます。




合わせるレンズはこれ一択。



ちょっと重く、高いレンズですが、写りがめちゃくちゃによく、もう手放せません。すばらしいレンズです。


が、問題がひとつ。フードの出来がよくないのです。外れやすいとか壊れやすいとか、とかく評判がよくありません。Amazonのレビューも散々です。






個人的にはもっと大きな問題を感じていて、それは、フードが浅すぎること。山で持ち歩いていると、レンズ面を岩とかにヒットさせてしまいそうで安心できない。


私は山でカメラを持ち歩くとき、下の写真のようにたすき掛けにしているのですが、傾斜の強い岩場などを登っていると、けっこう岩にカメラが当たるんですよね。以前、それでレンズ面にキズをつけてしまったこともありました。





なんとかしたいなと思っていたところ、よさそうなものを見つけました。



同じオリンパスの別のレンズ用のフード。レンズ口径が同じなので、自分のレンズにも使えるだろうと買ってみたら、見事ジャストフィット。十分に深くてレンズの保護力も問題なさそうだし、固定方法も改良されていて、これならば外れやすいとかの問題もほぼ起こらなさそう。






こうして見ると深さの違いは歴然。



が、問題はあります。このフードは17mmレンズ用なので、広角端12mmのマイズームレンズに付けると、四隅がケラレるのです。ノー加工でも使えるかな~と淡い期待で買ってみましたが、やっぱりダメでした。


で、少々手を加えました。


画角に干渉する部分をこうやってルーターで削ります。けっこう硬質なプラスチックで、非力なミニルーターだと時間がかかりましたが、ケラレ具合を確認しながら、しこしこ削りました。


ケラレがなくなったところで削りをストップ。これくらいになりました。けっこうギリで止めているので、もう少し削ったほうが安心かもしれませんが、まあ大丈夫でしょう(今のところ問題なし)。





ちょっと手間はかかりましたが、今のところ使用感・安心感ともに申し分なく、使い勝手は大きく向上しました。




剱岳もこのフード装着で行ったのですが、岩にぶつけまくってフードはこのとおり。


旧フードだったら、レンズ面にもキズがつくこともあったかもしれませんが、今回はもちろん無傷。荒っぽく使っても気にならない道具はやはりいいですね。ひと手間かかりますが、12-40mmズーム使っている方にはオススメです。


2018年7月7日土曜日

森山編集所は存在しません

ここのところ、このブログのアクセスが増え(ありがとうございます)、先日は、ついに自宅町内会の人からも「読んでますよ」と言われてしまいました(しかも2人)。


うちひとりからは、「森山編集所の所長さんでしたか!」と言われました。いや、それはただのブログのタイトルであって、会社とかじゃないし、屋号でもないし、実態は単なる個人事業主なんです。所長も所員も存在しないんですよ。


そもそも、このブログタイトルは、室井登喜男製作所にインスパイアされてつけました。室井登喜男というのは、日本にボルダリングブームをもたらしたクライマー。彼が、自分のビデオとか書籍などを制作するときに使っていた名義が、この「室井登喜男製作所」だったのです。


最先端のクライマーが、それこそ「田中五郎商店」みたいな名前を使っているのが逆にカッコいいなあと印象に残っていて、自分も「森山編集所」という古くさいタイトルをあえてつけたというわけです。


が、3年ほどこのタイトルでやっていながら、自分的にあんまりしっくりきていないのも事実。そのうちブログタイトルは変更してしまうかもしれません。

2018年6月11日月曜日

Youtuberとフリーソロイスト

栗城史多さん関連で、ブログのコメント欄に「彼は、ビルパフォーマンスで落ちて死んだYoutuberみたいなものだった」という意味のコメントを多く目にしました。


そんなYoutuberがいるのか。私は知らなかったので、検索して発見。見てみました(かなり衝撃映像なのでリンクは張りません)。なんというか、こんなみじめな死に方ってあるのか、というのが見てすぐの感想でした。


が、その後、ちょっと考えてしまいました。このYoutuberと、クライミングのフリーソロで死んだ人の違いを、私は言葉にできなかったのです。いや、全然違うだろ、と心では直感するのですが、じゃあ、その違いを説明しろと言われたら、すぐにはうまい説明ができない。


ジョン・バーカーがYoutuberと同じ? そんなわけないだろ。しかし、その違いを、普通の人にもわかる理屈で説明しろと言われたら、けっこう難しいと思う。


ましてやダン・オスマンとなったら。この人なんて、ノリ的にYoutuberにかなり近いものもある。これもある意味衝撃映像かな。





おそらく両者の違いは、「目的とするもの」なのだろうが、自分の中で未整理で、まだシンプルな言葉にならない。ここらへんをきちんと考えて、わかりやすい言葉で提示するというのも、自分の仕事なのだろう。




ところで、先日、史上最強のフリーソロイスト、アレックス・オノルドの取材をしました。彼は、フリーソロをする前に、徹底的に準備をするそうです。


たとえば、件のビルパフォーマンスをオノルドがすることになった場合、少なくとも以下くらいは絶対やるでしょう。

・ビル屋上の手で持つ部分のフリクションを徹底的に確かめる
・チョークなど、効果的な滑り止めがあるなら使う
・この体勢で50回懸垂しても全然問題ないくらい懸垂を鍛えまくる
・万一のときに使える足置き場を探しておく
・可能なかぎりフリクション性能の高い靴を履く
・突風の有無など、自然現象の研究


こういうことを、Youtuberがやっていたかどうかは疑問です。だって、やっていたら、あんなに簡単に落ちないと思うんですよね。このへんにも違いはありそうな気がします。そこらへんもまだうまく言葉にできないんですが。





オノルドの記事は以下に。興味のある方はぜひ。なんと表紙撮影私です。



2018年5月28日月曜日

「賛否両論」の裏側にあったもの

5月21日、栗城史多さんがエベレストで亡くなりました。当初は、死因や遺体発見の場所など、情報が錯綜していましたが、標高7400mのキャンプ地からの下降途中、滑落しての死亡ということで確定したようです。夜中に下降していたことについて疑問もありますが、状況によってそういうこともあるのかもしれない。そこは私にはわかりません。


事故の第一報以降、私が過去に書いたブログ記事(「栗城史多という不思議」「栗城史多という不思議2」)もアクセスが爆発。なんと1日で90万PVに達しました。あらためて、栗城史多という登山家の知名度の高さ、注目度の高さを知った気分です。


栗城さんについては、昨年の2回の記事で言うべきことは書き尽くしたし、事故のことについてはまだ詳細がわからなかったので、とくに何かを書くつもりはありませんでした。が、1本だけ記事を書きました。


“賛否両論の登山家”栗城史多さんとは何者だったのか(文春オンライン)


書いた理由は、竹田直弘さんという編集者からの依頼だったからです。記事中で、昨年、栗城さんに会ったときのことを書いていますが、このとき、この竹田さんも横にいました。竹田さんは、昨年、私のブログを読んで連絡をくれ、栗城さんと会うセッティングをしてくれたのです。事前に栗城さんに記事化を断られていたので、竹田さんにはもはや仕事上のメリットは何もなかったのですが、面倒な日程調整をしてくれたうえに、同席までしてくれました(そういえば、その日は、渦中にあったタレントの松居一代が文藝春秋本社に突撃した日で、目の前で見てびっくりした覚えがあります)。


竹田さんとは以前、Number編集部時代に一度仕事をしたことがあり、そのときの誠実な仕事ぶりに好印象をもっていたし、栗城さんの件で骨を折ってくれた恩もあります。編集者としても、人間としても、信頼できる人という思いがあったので、その竹田さんからの話なら変な記事にはならないだろう。ということで、思い切って記事を書いたというわけです(同様の依頼はほかにもいくつかありましたが、いちばん最初に連絡が来たハフポストの電話取材以外は全部断りました。こんなデリケートな仕事、知らない人相手にできません)。


この記事もずいぶん読まれているようで、ネット上に感想の声があふれています。さらに、栗城さん本人を知る人から直接・間接に話を聞くこともありました。この一週間、それらを見聞きするなかで、私の中での栗城さんのとらえ方に微妙に変化が生まれています。登山家としての評価はなにも変わりません。変わったのは人物についてで、それはどちらかというと同情的・共感的な方向にです。


具体的にどういうことかというのはさておき、そんなことを考えているうちに、ひとつ思うことが浮かんできました。とても重要なことです。以下は、そのことについて書いてみます。


昨年のブログで、私は野球になぞらえて、栗城さんの挑戦の無謀ぶりを説明しました。しかし今では、格闘技にたとえたほうが、より適切だったと感じています。「ボクシングの4回戦ボーイがマイク・タイソンに挑戦するようなものだった」という意味のネットの書き込みを目にしました。まさに言い得て妙。命の危険があるという点で、登山は野球より格闘技に近いものがあるからです。


高額なリングサイドチケットを持っている人は、試合内容にはあまり関心がなく、「ここにいるオレ」を買っているにすぎないという構造も、ボクシングに似ていると感じます。事故後、栗城さんの支援者や知人がSNSで追悼を表明していました。すべてではありませんが、その一部に、私は控えめに言って吐き気を催しました。なんてグロテスクな光景なんだろう。


……つい熱くなってしまった。話を戻そう。


当然のことながら、栗城さんはタイソンに滅多打ちにされて、最後はリング上で命まで落としてしまう結果になったわけですが、これが本当のボクシングだったら、こんなことはあり得なかったはずです。そんなマッチメイク、成立するわけがなく、成立するとしたらテレビのお遊び企画以外にないということが、だれの目にも明らかだからです。


しかし、エベレストではこれが成立してしまった。そこには、不可能を可能に見せる、栗城さんの天才的なショーアップ能力の存在が大きかったと思うのですが、それだけではない。世の人々が、マイク・タイソン(=エベレスト北壁や南西壁の無酸素単独登頂)が何者かを知らず、栗城さんの実力レベル(4回戦なのか日本チャンピオンなのか世界ランカーなのか)もよくわかっていなかった。天才的なショーアップ×観客の無知。このかけ算によって、悲劇的な興行が成立してしまったと思われるのです。


そう、これは悲劇です。命の危険がある無謀な挑戦からおりられなくなったボクサーと、無謀ぶりを理解せずに無邪気に応援している観客という構造。ボクシングと決定的に違ったのは、登山に対する世間の理解度です。間違ってもこれを、「果敢な挑戦の末に夢破れた」という美談にしてはいけない。


亡くなった故人やご遺族には酷な言い方になってしまいますが、事実としてそのようにしか見えないし、栗城さんと近しかった人に聞いた話を総合すると、これがことの真相であるとしか思えないのです。「好きな山で死ぬことができて本望だったのでは」という陳腐な言葉で片付けても絶対にいけない。


ご遺族や友人など、近しい人にとっては、余計なことは考えず、まずもって故人を偲ぶべき時期でありますが、私を含めて世間一般がやるべきこと考えるべきことは、違うことであるはず。「何が問題だったのか」ということを考え、二度とこういう悲劇が起こらないようにすることが第一であると思うのです。


同時に思うのは、この明らかな悲劇を見て見ぬ振りをしてきた登山界の責任についてです。世間の人々がタイソンの強さも栗城さんのレベルもわからなかったのは、登山界やメディアが伝えてこなかったからです。


登山関係者なら、友人などから「栗城さんて、すごい登山家なの?」と聞かれた経験が一度ならずあるかと思います。しかしこれに答えるのはじつは難しいことです。エベレスト北壁や南西壁の難しさを、山を知らない人にもわかるように説明しなくてはならないし、同時に、栗城さんの実力レベルもわかりやすく説明できなくてはならない。よほど明晰な分析・表現能力をもっている人でもないかぎり、これは困難な話で、結果、面倒になって質問にきちんと答えてこなかった人がほとんどではないかと思われます。もちろん私もそのひとりで、「まあ……すごいというのとは違うんだけどね……」みたいな、曖昧な返事をしてずっと流してきました。


なぜ、レベルを説明するのがそんなに難しいのかと思う人もいるかもしれません。ここが、野球やボクシングなどのスポーツと登山の違うところであって、登山には、明確なランキングのようなものが存在しません。山の難しさは、季節やコンディション次第で変わったりもします。そこに「無酸素」とか「単独」などの条件が加わることによっても、困難度は大きく変動します。第一、登山は競技ではないので、評価基準は一本線ではなく、いくつもあります。考え合わせるべきパラメーターが多岐にわたるので、評価は難しく、それは「世界でいちばんすばらしいギタリストはだれか」を決めるのが困難であることに似ています。実際、先鋭登山の世界的権威とされる「ピオレドール」という賞が、選考基準の食い違いにより内紛が起こり、一時期休止されていたこともあります。


文春オンラインの記事にも書きましたが、登山雑誌は、栗城さんをほぼ黙殺してきました。理由はいろいろありますが、ここに向き合うのが面倒だったからです。へんに持ち上げても、専門誌としての見識を疑われるし、逆に、挑戦を批判的に取り上げるなら、根拠を整理して理論武装しなくてはいけない。どちらも面倒くさい道なので、ならば、ふれないでおくのが無難だろう……ということだったのです。


ところで、「登山雑誌」と他人事のように書いていますが、この20年間、登山雑誌中心に仕事をしてきた私にとっては、これはまさに自分事でもあります。


面倒くさいから、栗城さんにはかかわらないようにしてきたし、面倒くさいから、「登山家の評価」というようなテーマからは、言葉を濁して逃げてきました。ヒマラヤなどの先鋭登山について書くときは、あまり専門的なことを言っても、読者はわからないし興味もないだろうと勝手に忖度して、かなり端折った説明しかしてきませんでした。


こうした態度が、世間の無知を促進した一面はきっとあるというのが、いま感じている反省です。もちろん、社会的有名人になった栗城さんの前には、登山雑誌が何かをやったところで、大した意味はなかったかもしれないし、いずれにしろ結果は変わらなかった可能性も大きい。それでも、一定の歯止めにはなっただろうと思うのです。


私の知る限り、海外のメディアは、それなりにおかしなところはありつつも、4回戦ボーイが世界チャンピオンより有名になってしまうような極端なことはありません。大々的に取り上げられる人は、それなりに実のある人である場合がほとんどです。かなり専門的なわかりにくいことをやっている人であってもです。メディアだけでなく、社会全体の冒険に対する理解度の高さが影響しているのだとは思いますが。


日本はその点、真実よりも、わかりやすさや人気を優先させてしまうところがあります。多くの場合、それは現実的な選択であり、それによって問題が起こることはあまりないのですが、歪んだものの見方であることは変わりない。その歪みが、悲劇につながることもある。歪みはやはり歪みなのだ。そのことに気づけたことが、今回の事故から得ることができた、私にとっての教訓です。

2018年4月3日火曜日

2017年に取材したクライマー15人

なんと4カ月ぶりのブログ更新。今年初の更新となってしまいました。あけましておめでとうございます。


年末にやっておこうと思っていながらのびのびになってしまって気になっていた企画がありまして、ようやくスキができたのでここで片付けておこうと思います。


2017年に取材させてもらったクライマー一覧。数えてみたら、1年間で15人(そのうち3人は2回)を取材していました。下は14歳から上は48歳まで(取材当時)。人工壁のスポーツクライマーからゴリゴリの岩場派まで多種多様。


クライマーの取材、いまいちばん楽しい仕事なのです。みんな「登りたい!」という純粋なモチベーションにあふれていて、そういう人に会うのは、こちらもすごい刺激になります。心が洗われるようです。


では、取材日順にいきましょう。




2月

伊藤ふたば



1月に行なわれたボルダリング・ジャパンカップで、野口啓代・野中生萌の2大巨頭を抑えて優勝し、2017年いっきに注目が集まった14歳。


この1年前にも取材させてもらっていたのだけど、そのときとは環境が激変。地元盛岡の山岳協会が取材を取り仕切るようになり、単独取材は許可が出ず、テレビや新聞などの記者が多数集まるなかでの合同取材でした。



この写真がいちばん現場の雰囲気を示してるかな。四方から無言でカメラを向けてくる無数の報道カメラマンに加えて、記者はというと、「好きな食べ物はなんですか」みたいな質問ばかり。クライミングに大して興味もないのに大人の事情で取材を続ける報道陣に囲まれて、ひとり置いてきぼりのような14歳の女の子。


これがオリンピックのホープの定めとはいえ、あんまりかわいそうに思えて、くだらない雑談含めて意識的に声をかけてあげるようにしていました。あれから1年。もうこういう状況には慣れたかもしれないけど、負けるな、ふたばちゃん!


記事はこれに






大場美和





こういう動画とか


「ファイト不発」のCMとか



で有名になった、19歳のユースクライマー。動画のイメージどおり、おっとりぽわんとした女性でした。取材は彼女がホームとしている横浜のクライミングジム、プロジェクトで。じつはここ、のちほど出てくる小山田大さんのジム。ほわっとした10代の女性と、世界最強ボルダラーの組み合わせは意外に思えましたが、行ってみて納得しました。


大場さんは小学生だか中学生だかのころに、地元のジムに来た小山田さんに接して、人柄に自分と通じるものを感じたそうです。小山田さんは、パブリックなイメージはストイックで気難しそうですが、素顔は子どものように無邪気な人物。その裏表のないところに惹かれて、進学先を決めるときにプロジェクトに近い大学を選んだということでした。


2016年は、コンペの成績に伸び悩んでいたようでしたが、秋に小山田さんに誘われてドイツの岩場ツアーに行き、岩場に新たな楽しみを見出したそうです。


小山田さん自身が、コンペから岩場に転身してクライマーとして開花した人物。スポーツ化が進む現在のクライミングは、競技者としていったん壁に当たると袋小路に入ってしまいがちですが、本来クライミングは多様なベクトルをもったもの。それを身をもって知る師匠に恵まれたのは、大場さんの大きな財産のように思えました。


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村井隆一



外岩の若き刺客。「小山田大を超えるのはこいつだ」とささやかれるほどの才能。大学を卒業し、アルバイトしていたジムAPEXに春から就職するタイミングでの取材になりました。


2016年に岩場での大活躍で注目された村井さんですが、『インドアボルダリングブック』という本の取材だったので、聞く内容はジムのこと。ええ~、いま村井隆一を取材するなら岩場のこと聞かないとヘンでしょ~と思ったのですが、担当編集部員Nが村井さんのファンで、ぜひ登場させたいというのでジムのことを聞いてきました。村井さん初対面だったのですが、クレバーな人で、本の趣旨を理解してちゃんと意味あること語ってくれました。


村井さん、近ごろは岩場での活躍が圧倒的に目立っていましたが、もともと競技クライミングのナショナルチームの一員でもあります。今年2月には、久しぶりにコンペの場でも爆発。ボルダリング・ジャパンカップで楢崎智亜さんをも抑えて2位に入りました。やはり才能は底知れないです。




小山田 大



泣く子も黙る最強ボルダラー。国内外で初登した課題の難しさは他の追随を許さず、40歳となっても日本のボルダリング界に君臨しています。


この岩場の申し子になぜか、ジムのことを聞いてきました。理由は、これまた編集部の希望によるもの。ビッグネームを登場させたいという気持ちはわかるが、企画内容との相性というものもあるだろ~と思いつつ取材。が、岩場の申し子とはいえ、ジムの経営者でもあり、人工壁でクライミングを覚えた第一世代ということもあり、普段とは違った角度でいろいろ面白い話が聞けました。




室井登喜男




なんでこの人をインドアボルダリングムックで?3連発の3人目は、なんと室井登喜男。日本の岩場ボルダリングを現在のかたちに作りあげた人物といっても過言ではありません。


いま日本を代表するエリアのひとつになっている御岳は、この人が自費出版で作ったルート図集をきっかけに、人気エリアとなりました。もうひとつの一大エリア、瑞牆に至っては、訪れる人などだれもいなかった時代に、ひとりでコツコツと通って1000本以上の課題を初登することで現在の姿になったのであります。まさに伝説の男。


そんな男にジムのことを聞くのは気が引けましたが、素顔の室井さんって、やたら腰が低く、柔軟な人なんですよ(体も異常にやわらかい)。「岩場にはジムにない魅力があるし、ジムには岩場では体験できないおもしろさがある」という言葉が印象的でした。




3月

渡辺沙亜里



いまコンペで、いちばん”魅せる”クライミングをしてくれる女性クライマーはこの人でしょう。ガッツあふれる登りは思わず応援したくなります。天才少女として騒がれ、23歳で結婚・出産、25歳で再びコンペの第一線に戻ってきたという、激動のクライミング人生。


子どもをもつ身でありながら、アスリートとしても活躍する日々について、福岡まで行って聞いてきました。夫はこれまた有名強強クライマーの渡辺数馬さん。福岡でジップロックというジムを夫婦でやっています。



伊藤・村井・小山田・室井・渡辺さんの記事はこちらに収録






4月

倉上慶大



いまいちばんヤバい男。ただでさえ危険なことで名高い湯川の「白髪鬼」(5.13d R)というルートを、ソロで登る!(ロープは使用)ので写真撮ってほしいと頼まれて行ってきました。


これは何かの取材というわけではなくプライベート。しかしルートがルートだけに、こちらも気合と細心の注意をもって臨みました。結果は目を覆いたくなるようなグラウンドフォール。カムが3本くらい吹っ飛びました。


幸い足首のねんざだけですみ、2週間後くらいに早くも再トライして、白髪鬼のダイレクトフィニッシュとなる「燈明」(5.13d/14a R)というラインまで完成させてしまいました(このときは私は不在)。


倉上さんはヤバいクライマーとして知られていますが、素顔はきわめて常識人かつ、絵に描いたような好青年で愛すべき男。ところが自身でも制御不能なほどのモチベーションモンスターで、やりたいプロジェクトがまだまだいくつもあるそうです。大ケガだけはしないようにと見守るのみです。


この雑誌にこのときの写真が使われています。


それからアメリカのクライミングメディア「Alpinist」のウェブに記事が出ました。Alpinistといえば、世界でもっとも格調高いクライミング雑誌。ここに自分の名前が載ったというのは感激。倉上さんのおかげです。ありがとう。




澤田 実



アルパインクライマーであり山岳ガイド。澤田さんが使っているグレゴリーザックの広告企画として記事を書かせてもらいました。


澤田さんは私と同年代で、北海道大学探検部出身。同じく大学探検部出身の私は一方的に親近感を抱いておりました。探検部出身の登山家やクライマーはなんとなく共通した雰囲気があるような気がします。ひとことでいえば自由。それが悪いほうに出ると私や角幡唯介のようになり、いいほうに出ると澤田さんのようなキャラクターになるようです。


ところでこの記事、ちょっとした手違いがあり、一度完成していながらお蔵入りになってしまった別バージョンがあります。自分的にはそちらのほうが気に入っていたので、機会があれば公開したい。小川山レイバックギター初登(=ギターを背負っての初登。ついでに中間のレッジで尾崎豊を熱唱)の話も出てきますよ。


記事はこちらです。





5月

今泉結太



自分としても毎回楽しみな『Guddei research』(好日山荘情報誌)での次世代クライマーの連載。八王子で行なわれたワールドカップに16歳という男子最年少で出場した今泉結太くんを取材しました。ヤンチャな「ザ・男子高校生」という感じでしたが、なかなかイケメンで、侍ギタリストのMIYAVIになんか似てるなと思いました。


ところで今泉くん、基本は競技クライマーなのですが、将来的には岩場指向とのこと。彼のSNSも、最近はすっかり岩場の話が中心。次に出てくる青木達哉さんがクライミング師匠で、「ティミー、ティミー(青木さんの愛称)」とタメ口で慕う青木さんにくっついて、岩場によく行っているそうです。


世界的なアルピニストのいるジムなんてそうはなく、恵まれているといえるでしょう。どういうジムで育つかというのは、クライマーとしてのその後を大きく左右するのだなあとも感じました。


記事はこちらで読めます(要PDFダウンロード)




青木達哉



今泉くんの翌週に小川山で取材させてもらったのが、今泉くんのクライミング師匠、青木達哉さん。K2の日本人最年少登頂者、ピオレドール受賞者、つくばスポーレの店長など、さまざまな肩書きをもつクライマーです。


これはマムートの広告記事だったのですが、取材はマラ岩「ペタシマン」(5.13c)で本気トライ。登れませんでしたが、いいものを見せてもらいました。近ごろクライマー取材は自分で写真も撮ることが多いのですが、この取材では私はビレイ役。撮影は、スーパーアルパインクライマーとしても知られる高柳傑さんでした。


記事はこちらに





小山田大



再び小山田さんであります。今度は本業というべき岩場の話を聞きに行ってきました。取材地は、小山田さんがエリア開拓に中心的にかかわった、岐阜の笠置山。かなり暖かくて、本気で登るにはもう暑すぎるという時期でしたが、エリア整備作業のかたわら、現地の東屋でのんびりと話を聞きました。


「ぼくスポーツきらいなんですよ」という言葉が印象的で、この人は本当にスポーツマンではなくアーティスト気質の人なんだなという思いを強くしました。こういう人がトップに立っているというのが、クライミングというものの面白さや豊かさを表しているようにも思うのです。




6月

安間佐千



2012年・2013年とワールドカップ連覇を果たした「世界のサチ」。2015年ごろから活動の場を完全に岩場に移しています。あれほど実績を残した競技をすっぱりやめたのはなぜか、そして岩場の魅力はなんなのかということを聞きました。


ハイボルダーに興味があるという意外な話も聞けましたが、このときはどうも方向性に迷っているようにも見えました。が、その後、年末から今年にかけて、5.15a、5.15bと国内最難グレードを相次いで更新。新たな目標を見出して、最近はまたノリノリに見えます。


ところでこの取材、奥多摩の大沢ボルダーで行なったのですが、本当は瑞牆山でやる予定だったのです。


朝、瑞牆で集合して、さあ行こうかというときに、安間さんが「ああっ!!」と絶叫。なにかと思ったら、シューズを家に置き忘れてきたとのこと。なにか手立てはないか、いろいろ考えましたが、結局シューズを取りに帰るほかないという結論になり、そこから時間的に転戦できる場として、大沢ボルダーになったというわけです。次の村井さんも瑞牆だったので、エリアがかぶらずにすみ、結果的にはむしろラッキーでありました。


撮影は、photo山さんこと山本浩明さん。10年以上前からお世話になっているボルダリング写真の巨匠です。




村井隆一



そしてこれもまた二度目の村井隆一さん。瑞牆山で、フォトセッション的な取材をさせてもらいました。撮影は、初めて組むカメラマンの茂田羽生さん。


村井さんが取り組んでいる「Decided」という激ハード課題から、「インドラ」などの有名課題で撮影。茂田さん、クライミング撮影は経験がないと言ってましたが、インドラの写真などはかなり印象的に仕上がっています。


しかしこの取材、今度は私が大寝坊。村井さんと茂田さんを数時間も待たせてしまいました。取材に寝坊したなど近年記憶になく、すっかり油断していました。以来、それまで寝るときには仕事部屋に置いたままにしていた携帯電話は、枕元に置くようになりました。村井さんと茂田さん、その節はすみませんでした。


小山田・安間・村井さんの記事はこちらに収録。
どれも4~6ページあるので、読み応えあります。





8月

中嶋徹×橋本今史




アメリカ・ビショップにある「Lucid Dreaming」という激ムズ課題に、2年間通い続けて成功した中島徹さんと、その一部始終をムービー作品に仕上げた橋本今史さんの対談原稿を作りました。


詳細はリンク先を見てほしいのですが、原稿作成時に発見したことがひとつ。中島さんは声の通りがよく、話し方も論理的な一方、橋本さんはなんだかふにゃふにゃしています。だから対談を聞いていたときは、圧倒的に中島さんの発言が記憶に残ったのですが、文字に起こしてみると、説得力抜群に聞こえた中島さんの発言が思ったより内容が薄かったり、逆に、橋本さんがじつは深いことを言っていたりしたことを発見しました。同じ内容でも、しゃべるのと文字にするのでは、受け取り方が驚くほど変わるということにあらためて気づいた取材でした。


対談はこちら。SPECIAL TALK SESSIONというページに対談は収録されています。




原田 海




現在、世界最高の選手層の厚さを誇り、世界で勝つより日本で勝つほうが難しいといえるほどの男子ボルダリング界で、つい最近もオリンピック強化選手枠を勝ち取った19歳(取材時は18歳)。ルックスはなんだかチャラそうなのですが、実際に会ってみると、伏し目がちでおとなしく真面目そう。中身と見た目にギャップがあるタイプでした。


驚いたのは、4年くらい前までコンペの存在も海外の有名クライマーなどの名も知らなかったということ。外の情報をほとんど知らないままに、地元のジムでひたすらクライミングしていただけというのです。初めてのコンペが初リードだった(しかもそれで国体入賞)というのも驚き。


記事はこちら



11月

小島果琳



岐阜に住む16歳。小学生時代にコンペで圧勝する姿を見たことがあり、そのときから注目していました。


4年ぶりに会いましたが、クライマーとしての成長、人としての成長など、とても考えさせられ、思いのほか深い取材になりました。記事を読んだお父様から、娘に対する思いあふれる、じーんとくる言葉をいただいたことも感激的でした。ホームジムの「グッぼる」もとてもいいジムだと思いました。あたたかく支えてくれる人は宝ですね。がんばれカリンちゃん。応援してますよ。


記事はこちらからPDF版が購入できるほか、好日山荘各店で冊子が購入できます。




12月

中嶋 徹



そして再び中嶋さん。Lucid Dreaming成功へのメンタルについて詳しく聞きました。メンタルという言葉にしにくいものを、めちゃくちゃわかりやすくしゃべってくれました。もう、すばらしいのひとことです。中嶋徹最高。クライマーにとって大いにヒントとなる金言がつまったインタビューになりました。この記事は必読かと思います。


取材は、京都大学のクライミングウォール(通称京大ウォール)で。有名な吉田寮の横にあり、この吉田寮がまたインパクト絶大。日本とは思えない風景です。記事冒頭の写真もここで撮りました。


記事はこちらに








以上が2017年に取材させてもらった人たちです。


2018年の今年も、すでにふたりを取材済み。ひとりはこの人。


高校生クライマーの土肥圭太くん。この写真、カッコいいでしょ!? 近年一の自信作。土肥くん自身もかなりイケメンであり、人気が出そうです。つい最近、オリンピック強化選手枠にも滑り込みました。自信なさげなことを言っていながら、結果的にはデカいことをやってのける。記事で書いたことそのままを早くも地で行ってます。4月10日に好日山荘で発売開始の『Guddei research』に記事は載っています。




もうひとりは、なんとこの人であります。


驚異のフリーソロイスト、ヨセミテのエルキャピタンをボルダリングした男(実際に、「エルキャピタンは1000mのV7だね」と言ってました)、アレックス・オノルド。つい最近取材したばっかり。6月発売の『ROCK & SNOW』にがっつり記事が載るほか、PEAKSとかにもニュース的な記事が出る予定。ご期待ください。私も楽しみ。