2026年2月18日水曜日

山岳遭難救助は有料化するべきなのかそうでないのか

 

「遭難救助は税金のムダ」なんかじゃないと思うのだが

「山岳遭難救助に公金が使われるのはアンフェアなことではない」ということを主張した記事。

7年近くも前に書いた記事なのだけど、コメント数では当ブログ中屈指で、今でも定期的にコメントが付きます。

かなり鼻息荒めに書いており、今読むと雑だなと感じる部分もあります。それに、山岳遭難救助のあり方については、この記事を書いたとき以上に社会問題化しているというか、ホットなイシューになっているように思われるので、ここであらためて考えをまとめておきたいと考えました。



山岳遭難救助は有料化するべきかそうでないのか

遭難救助に関する問題はいろいろな側面が取り沙汰されているのですが、さしあたりここでは「救助の有料化」というテーマに絞って考えてみます。

7年前に記事を書いたときと比べると、「山岳遭難救助を有料化せよ」という声がかなり大きくなってきていると感じています。富士山周辺では、地元首長が有料化を主張するようにもなりました。SNSやネットニュースでそういう話を見聞きしたことのある人も多いことと思われます。

私自身の考えを言えば、有料化について反対ではありません。そのほうがいろいろすっきりすると思っています。

ただし、単純に有料化すればいいというものではない。そこにはクリアすべき課題や条件がいくつかある。そこをすっとばした議論は社会にとってむしろ有害である。という思いは7年前から変わっておりません。

それはどういうことなのか。以下、論点を整理してみたいと思います。



なぜ登山だけを有料にするのか

ひとつめの論点はこれです。

災害や火事などはもちろん、交通事故や海難事故なども含めて、人命が危機にさらされるような事故の救助活動は、消防などの公的な組織が行なっています。公的サービスなので無料で誰もが公平にその恩恵を受けられることになっています。

スキー場でスキーパトロールが救助に出動するなどしたときに費用が請求されることはありますが、それはあくまで民間の話。警察や消防の出動に費用が発生することはありません。

海難事故でも同様です。毎年、海のレジャーで1000人近くが遭難し、200人以上が死亡したり行方不明になっているそうですが、その救助には海上保安庁が出動します。そこに費用は発生しません(民間の漁船などに協力を仰いだ場合は有償となることもありますが)。

こうしたなかで、登山だけを有料化することは、公平性という観点からバランスを欠くことにならないか。たとえば、ドライブでの事故と登山での事故に本質的な違いはないはずですが、そこに差を付けるとすると、その理由は何か。

この問いは、有料化を検討するうえで核心となる論点です。というのは、有料化は、言ってみれば「命に差を付ける」行為だからです。この判断は軽々にできるものではなくて、ものすごく慎重に考えなければいけないことのはず。実際、長野県や埼玉県で有料化が検討されたとき、このことは真っ先に議論となり、結局、ここを乗り越える理屈は立てられないまま終わっています。

山岳遭難の救助は一般に難易度が高いので、法律上の特例として有料化する――ということはあってもいいのではないかと個人的には考えていますが、それはあくまで私のふわっとした印象論。社会制度として実装していくためには、この論点について議論を重ね、明確な答えを出しておくことは必須と考えます。



どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか

論点ふたつめ。これは意外と厄介な問題です。

警察庁の山岳遭難統計によれば、2024年1年間に3357人が遭難していますが、その内訳を見ると、明らかに登山といえるものは2676人。残りの681人(全体の約2割)は、山菜・キノコ採り/観光/作業(林業などの山仕事とかでしょうか)/渓流釣り/山岳信仰、などとなっています。とりわけ山菜・キノコ採りは多く、毎年300人前後が遭難しています。

果たしてこれらは山岳遭難といえるのでしょうか?



もう少し具体的に考えてみましょう。

たとえば、自宅の裏山に散歩に出かけたところ、30分ほど歩いたところでケガして歩けなくなり、救助を頼むことになってしまった。これは山岳遭難?

あるいは、上高地などの山岳観光地に出かけた観光客が、遊歩道を歩いていたときに転倒して脚を骨折してしまった。こういう場合はどうする?

一方で、送電線の管理業務などでは、登山者でも行かないような山深い場所に入り込んで作業する人もいます。そこで事故が起こった場合は、普通の登山より難しい救助が要求されることも考えられます。これも山岳遭難と見なして費用を請求すべきでしょうか?

こういう判断に迷うグレーゾーンの事例はほかにも無数に存在します。それらはどう考えたらいいのでしょうか?



つまり、「山岳遭難を有料化する」には、「山岳遭難とは何か」ということを定義しないといけないのです。

これはきわめて難しいお題で、個人的には定義は不可能なんじゃないかと考えています。

唯一、可能性のある考え方としては、エリアを指定して、その内側で起こったものはすべて山岳遭難とする、というやり方です。富士山など、ひとつの山限定で有料化を行なうのであれば、この手法は現実性が高いでしょう。2018年に埼玉県がヘリコプター救助を有料化しましたが、対象となる範囲はやはりエリアで指定しています

しかし全国など広い地域でこれを行なうとなると、すべての地域で指定エリアの細かな検討を重ねなければなりませんし、山はいつか開発されて山ではなくなってしまうこともあるので定期的な見直しも欠かせません。それだけの労力をかけるに値する話なのか? という疑問は拭えないところです。


*余談ですが、「山とは何か」を定義することはできないとされています。周囲と比べて相対的に高くなっているところを山と呼んでいるだけで、高さや傾斜などの絶対的な基準で決められるものではないからです。国土地理院でも「定義はしていません」としています。



本質的な話は以上です

山岳遭難救助有料化にあたって最も重要な論点は以上のふたつです。

ほかにも、法律的な整合性の問題とか(埼玉県がヘリコプター救助を有料化したときは、航空法がネックになって当初の案よりだいぶ縮小した条例にせざるを得なかったといいます)、クライミングと低山ハイキングを同条件で扱っていいのかとか、徴収の方法やそのコストはどうするとか、考えるべきポイントはいくつもありますが、それらは言ってみれば枝葉の問題。

「なぜ登山だけを有料にするのか」「どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか」、このふたつが出発点であり、ここについて明確な答えを出してはじめて、議論は前に進めると考えています。

この2条件をクリアにしないまま有料化の議論を進めると、話は登山以外にも無制限に波及していく可能性があります。「海水浴の救助は有料」「釣りの事故での救助は有料」「僻地での救助は全部有料」などなど……。

「なぜ登山だけを有料にするのか」ということに明確に答えられなければ、「なぜ海水浴は有料じゃないのか」ということにも答えられないはず。今は海難事故は山岳遭難ほど問題になっていないので問われないだけで、何かあれば「海の救助も有料化せよ」という意見が出てきてもまったくおかしくありません。それは海だけでなく、他の救助についても同様です。

そんなカオスが果たして社会にとって幸せなことなのだろうか――というのが、「そこをすっとばした議論は社会にとってむしろ有害」と冒頭に記した意図であります。

「なぜ登山だけを有料にするのか」
「どこからが山岳遭難で、どこまでが山岳遭難ではないのか」

簡単に答えを出せるものではないけれど、この2点は避けて通れない重要な問いだと考えています。



海外ではどうしているのか

さて、以下に書くことは本質論ではないのですが、最近よく耳にする論点なのでふれておきます。「国際標準に合わせよ」という話で、おそらくは、登山家の野口健さんの主張が発端になっているのだと思われます。

たとえばこういう意見。

ネパール(ヒマラヤ)では山岳救助に警察なり軍のヘリが飛ぶというのは基本なし。全て民間ヘリなので原則自己負担。故に山岳保険に必ず入ってからヒマラヤ入り。手配をしてくれる現地のエージェントも入山許可書の手続きの際に必ずと言っていい程、山岳保険に入っているかどうか確認が入ります。 
<中略> 
富士山に限っては国際的なルールに基づいて管理すべき。国も山梨、静岡両県に押し付けるのではなく、国が中心になって両県と連携しながら迅速に新ルールを作成して頂きたい。


野口さんは「国際的なルール」と言っていますが、実は救助費用自己負担は国際的ルールではありません。むしろ逆で、世界の標準は無償です。ネパールはかなり特殊な例なのです。というのは、ネパールの山岳救助はヒマラヤ登山をする人たちが前提だから。

もっと一般的な普通の登山者を対象とした遭難救助は、無償で行なう国が主流です。たとえば、アメリカやカナダ、イギリスやフランス、ニュージーランドなど、登山が盛んな国は無償が原則です。アジアでは韓国や台湾でも無償です。
*アメリカは州によってルールが異なったり、他の国でも条件によっては有料になったりする場合もあります。


こうした登山の歴史が長い国でなぜ無償になっているのか。おそらくは「金銭その他で扱いに差を付けてはいけない」という人命救助の原則論に則っているのだと思いますが、何かほかにも理由があるのかもしれない。私も詳しいことは知らないのですが、ここには、有料化を議論する際に学ぶべきポイントがいくつもあるように思えます。

とはいえ、近年、これらの国でも山岳救助を有料化すべしという声が出てきているようです。私が見聞きしたところでは、フランス、アメリカ、台湾でそういう議論がなされていました。その理由は日本とほぼ同じで、遭難救助が人的・費用的に地元の負担になっているからというもの。これが一時的な声なのか、それとも今後、制度として定着していく動きなのかはまだわかりませんが、動向は注目しておく価値がありそうです。



以下は私見

救助有料化に私は反対ではないと書きましたが、これは私だけではなく、90年代以前から登山をやっていた人は同意する人が少なくないとも思っています。

というのは、昔の山岳救助は実質有料だったから。警察や消防の公的な救助体制が今ほど整っておらず、地元の民間救助隊やヘリ会社が出動するケースが多かったためです。

救助を頼んだら高額出費になるという意識は現在より強くあり、「遭難すると家を売らないといけなくなる」なんてことも話半分ながら言われていました。そのため山岳保険に必ず入っていたし、多少の事故ならば可能なかぎり自力で下山するという意識が当たり前でした。そもそも、携帯電話がなかったため、救助を呼ぶこと自体がかなり困難だったのです。

当時を知っている人からすれば、現在の遭難救助環境は便利で恵まれすぎている……という意識もあります。それが有料化されたところで、昔に戻るだけと思えるので、有料化しても別にいいんじゃないかと考えられるわけです。


とはいえ、そんな時代を知らない登山者にとっては、救助の有料化はかなり抵抗を感じる話でしょう。「なんで登山だけ」と思ってしまうのも無理ないなと思うのです。

一方で、難易度の高い山岳救助を無料で利用し放題という現状が、このままでいいのかという意見も理解できます。


個人的には、理想はスイスのやり方かなと考えています。スイスではREGAという非営利組織が山岳救助を担っていて、年間8000円ほどの会費を払えば、無料でレスキューを受けられる体制になっているそうです。

興味深いのは、このREGAは山岳救助専門の団体ではないところ。病人や怪我人を搬送するドクターヘリの役割も担っており、災害時などにも出動し、要するに、緊急搬送や救助が必要な案件には理由を問わず出動する組織なのです。

スイスではほぼ社会インフラとして定着しているそうで、国民の4割が加入しているといいます。それだけの巨大組織であるので、資金・人材・機材は潤沢で、山岳レスキューにおいても非常に高い技術を持っているそうです。

こういう組織が日本にもあったら、私は今すぐにでも加入したい。そう思う登山者は私だけじゃないんじゃないでしょうか。道のりは遠いと思うけど、そんな体制になったらいいなあ……と思うのです。








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