2017年5月29日月曜日

”伝説のクライマー” 池田功トークショー


とにかく素晴らしいトークショーでした。これだけ面白いトークショーは、近年見た覚えがありません。2時間くらいやっていて、ほぼ立って見ていましたが、2時間があっという間でした。


終盤で、録画か録音しておくべきだった! と大後悔。この素晴らしいトークショーを、この日、ここに集まった人しか体験できないのは、クライミング界にとって損失です。と思うくらい素晴らしかったです。


感動を書きなぐってしまいましたが、5月27日に小川山で行なわれた池田功トークショーのことです。枻出版社主催のイベント「クライムオン」のプログラムのひとつでした。私なんか、これ見たさに行ったようなものですが、想像以上に内容満載で、大満足。ここで話された内容を多くの人が知ることができないのは、重ね重ね残念。




忘れないうちに、覚えていることだけ列挙します。


「たとえば砂漠に岩塔が立っていたとしたら、その頂上に行くには下から登っていくしかないですよね。グラウンドアップというのは、そういうことなんですよ」

ーーグラウンドアップというスタイルがなぜ大切なのか。そのことをこれほど鋭くわかりやすく表現した言葉は今まで聞いたことがありませんでした。


「フリークライミングというのは、世間にはもちろん、登山界にさえ認められていなかった。そんな時代に、ぼくらの存在を認めてもらうには、いちばん有名な壁でインパクトのあることをやる必要があったんです」

ーー谷川岳衝立岩フリークライミングについて。池田さんは、衝立岩に思い入れがあったというより、「フリークライミングにはこれだけのことができるんだ!」と世間にアピールするために衝立岩を選んだそうです。


「御岳にボルダリングエリアを開拓したのは、東京から近いところでクライミングできるフィールドが欲しかったからなんです。近いところにあったらみんな便利じゃないですか」

ーー御岳開拓の動機は、クライマーたちが通いやすい岩場を提供するためだったというのです。自身のパフォーマンスの表現ではなく、ほとんど公共事業に近い感覚で、開拓をしたそうです。


「御岳の『デッドエンド』命名の由来? あそこは最後が核心なんですよ。『出口が悪い』。だからデッドエンドなんです」

ーーこれは知らなかった! すでに既知のことかもしれませんが、私は初めて知りました。


「登れなくなった課題」

ーーこれは、会場にいた中根穂高さんの飛び入り発言ですが、御岳の「クライマー返し」のホールドが欠けて登れなくなったとき(ナックルジャムの部分)、池田さんは雑誌に「いつかだれか登れるやつが現れる。クライミングはそんなに底の浅いものではない」という趣旨のことを書いていたそうです。実際そうなったわけで、ホールドを貼り付けたり安易なことをしなかった池田さんがどれだけ先見の明があったかということを、中根さんは熱弁していました(中根さんの話がまた異様に詳しく、「中根くんはおれよりおれのことを知ってるなあ」と池田さん笑ってました)。




ああもう、ほかにも、「池田ステップ」の正しいやり方とか、なぜ池田さんはクライミングをやめてしまったのかとか、伝えたいことが山ほど。録画しなかったのが本当に大後悔。最後には、なんと「デッドエンド」の初登動画まで上映されました。8mmフィルムで撮影されたもので、池田さんが死蔵していたそうです。80年代前半当時のクライミングで動画が残っているものなんて、これくらいしかないんじゃないでしょうか!? 池田さんの許可が出れば、YouTubeにアップして、多くの人に見てもらいたい!





池田さん、ほんと物持ちのいい人で、当時使っていたギアのほとんどをまだ持っていたそうで、どっさり持ってきてくれました。衝立岩フリー化で使ったロープとか、スーパーイムジンのボルトを打ったジャンピングとか、本気で大町山岳博物館に所蔵すべきと思われるお宝がゴロゴロ。一度ちゃんとお借りしてきちんと撮影しておきたいです。


ラスト20分では、平山ユージ大先生と中嶋徹くんも加わって超豪華な座談に。「平山くん、おれになついてくれなかったじゃない」と笑いながらも(平山さんもあわてて言い訳してました笑)、「平山くんはぼくの100倍くらいクライミングの世界を広げてくれた」とうれしそうでした。


一応、トークショーの記録動画も一部あります(枻出版社の人間がスマホで録画してたけど、途中でバッテリー切れ! どこまで録画されてるかは未確認)。司会を務めたライターの寺倉力さんが音は全収録していたそうなので、許されればどこかの機会で全文掲載したい。それくらい内容のあるトークショーでした。


ちなみに池田さんの許可は取得済み。「えっ!? 酒入ってたし、文字になったらまずいなあ」と笑ってたので、まずいところは黒塗りで掲載するということになってます(笑)。




【補足】

肝心の池田さんの写真撮ってなかったので、井上大助さんのフェイスブックからお借りします。池田さん、面構えも体格もどう見ても格闘家で、歌舞伎町でヤー様が道を開けそうな風貌ですが、話すと拍子抜けするくらい気さくでした。





ギアについては、中根穂高さんがマニアックに解説してくれています。ギアのことならなんでも知っている中根さんでさえ見たことがなかったギアもあり(ソ連のクライミングシューズとか)、中根さん興奮していました。




2017年5月23日火曜日

スポルティバvsアゾロvsスカルパ履き比べ

登山ライターをしていると、「これ使ってみてください」と、メーカーから製品を提供されることがときおりあります。会社員編集者時代はこういうことあまりなかったのですが、フリーになってから明らかに増えました。


ライターというのは中立であるべき存在なので、提供を受けるときにはいつも躊躇があります。提供にあたってなにか条件があることはほとんどなく、せいぜい使用感のレポートを提出するくらいなのですが、もらってしまうとそこに人情が発生してしまうのが人間というもので、わずかながらも中立性が崩れるおそれがあるからです。


その一方で、さまざまな登山道具を使った経験というのは、アウトプットのクオリティに直結するもの。2種類の靴しか履いたことがない人と、10種類を履いた経験がある人では、靴について書ける文章の深みは明らかに異なってきます。だから、中立性をいくらか失っても経験を増やすことのほうが大事だ――と心の中で折り合いをつけて提供を受けている私であります。


とはいえ後ろめたさは正直あるので、提供によって得られた成果をここで還元することによって、その心のやましさを少しでも解消したいと思います。




ライトアルパインブーツ3種履き比べ

左からトランゴ、エルブルース、レベル


昨年、以下ふたつのブーツの提供を受けました。




どちらもセミワンタッチアイゼン対応で、雪渓や岩稜系に強い、「ライトアルパインブーツ」なんて(私に)呼ばれているカテゴリーの靴です。私が以前から愛用している「スポルティバ/トランゴS EVO GORE-TEX」の競合といえるモデルです。


昨夏から今年にかけて、山でこの3つを履き比べてみました。用途がかぶる3つの靴を同時に所有している登山者は滅多にいないはずなので、このレポートは価値があるはず。これも提供を受けなければ実現できなかったことですと言い訳をしておきます。




まずはスペック比較

トランゴ
45,360円(税込み)
重量=カタログ値700g(42)/実測値723g(42)

レベル
46,440円(税込み)
重量=カタログ値660g(42)/実測値682g(42)

エルブルース
48,600円(税込み)
重量=カタログ値800g(UK8)/実測値787g(UK8)


定価は大差なし。店頭での実売もほとんど値引きはされていないようなので、同価格帯の靴といっていいでしょう。



重さは少し差があって、エルブルースがいちばん重く、レベルがいちばん軽い。持ってみた感じや履いた体感も数字どおりに感じます。




足型

汚くてすみません


これが私の足。他の人と比較したことがないのでよくわかりませんが、幅広みたいです。足に合いやすいメーカーはスポルティバ、サロモンなど。逆に合わないのはザンバラン、ノースフェイス(細すぎる)、そしてモンベル、シリオ(幅広すぎる)など。足の実寸は約25cm、ふだんの靴のサイズは26.0cm。登山靴はだいたいEU42(26.5〜27.0cm相当)を履いてます。


さて、3つの靴の足型はこんな感じです(違いがわかりやすいようにデフォルメしています)。




トランゴは外観は細身に見えますが、ワイズ(拇指球まわりの幅)はじつはけっこう広く、私の足でもぴったりおさまります。逆に土踏まずから踵にかけてはキュッと締まっています。先端も絞られているため、キュッボンキュッというグラマラスな足型。踵がタイトでホールド性がよいのもお気に入りのポイントで、このために足との一体感がとても高く、体感重量も軽く感じます。これはスポルティバのほかのモデルでも共通している足型で、さすがクライミングシューズのトップメーカーだと感じられるところ。


次にエルブルース。方向性としてはトランゴに似ているけれど、そのグラマー加減をややマイルドにした感じ。ワイズはトランゴより気持ち狭いような気がするけれど、自分的には悪くないです。アゾロの靴はもう1足持っているけれど、それも同じような足型でした。スポルティバの足型はぴったりしすぎてやや窮屈に感じる人もいると思うので、こちらのほうが万人向けといえるかもしれません。


最後にレベル。これがいちばんストレート。悪く言えば「ずんどう」な足型。ワイズはトランゴ並みで、つま先はそれより余裕があります。そして土踏まずから踵にかけても幅には余裕があります。私の場合は、土踏まずまわりが少し余ってしまい、靴ひもで思い切り締め上げても完璧にフィットはしませんでした。甲まわりにもう少しボリュームのある人のほうが合いそうです。スカルパの雪山用登山靴「モンブラン」も似たような足型だったので、これがスカルパラストなのでしょう。


サイズは3つともEU42。どれも私にはほぼベストサイズだと思いますが、わずかな違いはあります。スカルパ>アゾロ>スポルティバという具合で、スカルパがいちばんサイズが大きく感じます。まあ、わずかな差なので気にするほどのことはありませんが、ずーっとスカルパを履いてきてこれからスポルティバに変えようという人は、念のため1サイズ上(私でいえば43)も試してみるといいかもしれません。




足首のフィット感

私はくるぶしまわりの形が普通じゃないのか、ここが擦れたり痛くなったりすることが多く、足首を動かしたときに変に当たったりしないかというのは必ずチェックするポイントなのです。


そしてこれはレベルの圧勝でした。すき間なくフィットし、しかし自在に動くこの柔軟性は、あまりに気持ちよくてクセになりそう。ストレスは完全にゼロです。というか、これより足首がフィットするハイカットブーツはこれまで履いたことがないかも。トランゴもかなりいい線いっているのですが、レベルには負けます。トランゴの発売は2005年。対してレベルは2014年。9年の間の技術の進歩というものでしょうか。

アッパーとタン(ベロ)が一体化したような独特の構造。
「ソックフィット」とスカルパでは呼んでいて、まさにソックスを履いているような感覚。


逆にエルブルースは期待外れ。3足のなかでいちばん新しい靴なのに足首にはとくに工夫が見られず、作りも履いた感じも、新しさのない鈍重なもの。フィットもよくなく、最初は痛みも出ました(タンの位置を調整したりしてごまかしているうちになじんできたのか、痛みは半日で消えました)。革新性を売りにしていたアゾロだけにここはもう少しがんばってほしかったところ。ただ、レベルとトランゴの足首が素晴らしいので辛口になりましたが、一般的な水準からいえばこれが普通です。

左からトランゴ、レベル、エルブルース。
こうして見ただけでは違いはわからないですね。




歩行感

へんな言い方になりますが、この3つのなかではエルブルースがいちばん「まともな靴」に感じました。トランゴとレベルは良くも悪くもクセがあります。


まず、エルブルースは硬い。全体に硬めの靴です。しかしソールが硬いだけでなくアッパーも硬めなので、バランスがとれています。この結果、歩行感が自然なのです。ソールが硬くて後ろに蹴り出す歩き方はしづらいので、一歩一歩踏みしめるようないわゆる「登山靴歩き」に自然となります。歩き方が自然なせいか、靴が硬いわりには、フラットな道歩きも苦になりませんでした。ソールの形状もフラットすぎず、歩行向きにチューニングされています。正統派の登山靴という印象です。


それに対してトランゴは、ソールはエルブルース並みに硬いけれど、アッパーはかなりやわらかく、いびつなバランスの靴になっています。なまじ軽くてアッパーがやわらかいため、つい「蹴り出し歩き」をしてしまうのですが、そうするとソールの硬さがじゃまをします。結果、どうもギクシャクした歩きになってしまい、そのせいだと思うのですが、フラット路面を長く歩くといつも足の裏が痛くなります。変な力が入ってしまっている証拠だと思います。しかしトランゴのこの変なバランスは意図的なものなのです。それについては後述。


あ、ちなみに、ここで「ソールが硬い」と言っているのは、アウトソールのゴム質のことではなくて、シャンクを含めた靴底の柔軟性のことです。靴の先端と踵部分を持って思いっきり曲げてみたときにどれだけ曲がるか、みたいなこと。そして、硬いとかやわらかいとか言ってますが、普通のトレッキングブーツと比べれば、この3つどれも硬いです。「硬い」「やわらかい」は3つのなかで比較した表現なのでご注意を。


さて、話を戻して、レベルはどうかというと、この手の靴にしてはソールもアッパーもやわらかく、これは意外でした。見た目的にもスペック的にも、トランゴと同じような履き心地を想像していたのですが、それよりずっとやわらかいです。雪渓の上を歩いたことはまだないのですが、急傾斜の雪渓でどうなのかな?と疑うくらい。ただしこのやわらかさのためフラット路面の歩行感はとてもよく、林道歩きも問題ありませんでした。上高地から横尾までトランゴで歩くのは勘弁願いたいですが、レベルならいけそうです。


足裏感覚(路面の凹凸などを感知できる性能)が高いのもレベルの特徴で、ふくらんだ岩や木の根を踏んだときに瞬間的に微妙なコントロールが可能です。ソールがわずかにしなって粘る感覚もあり、エルブルースやトランゴに比べて、濡れた岩や木を踏んでも突然滑ることが少ないような気がします。ただし3つのなかでサポート性はいちばん低く、ローカットシューズのような感覚すらあります。荷物が重いと厳しいかもしれません。




急傾斜地の登攀性能

ここがこの手の靴の真骨頂というべきポイント。急傾斜地での安定性を最優先に開発し、フラットな路面での歩行性能はある程度捨てているわけなので、ここがこの種の靴の価値を決めるポイントなわけです。


トランゴを初めて履いたときのことをよく覚えています。槍ヶ岳の北鎌尾根を登りにいったときなのですが、上高地から水俣乗越を越えてアプローチ。ここまではフラットでよく整備された道が中心で、足が疲れ、「うわ、この靴、失敗したかな」と思っていたんですが、北鎌沢から北鎌尾根に取り付くと印象は一変。急傾斜地や岩場での安定性は抜群で、途中の岩でボルダリングして遊んだくらいです。


ここで生きてくるのが、靴底の硬さと軽さ。急傾斜地の登りでは、靴底全体で接地できないようなシチュエーションが増え、足裏前半分だけとか、ときにはつま先だけで小さな足場に立ち込んでいくケースが増えるわけです。このとき、やわらかい靴だとぐにゃっとなってしまって不安定なんですよね。

こういう感じ。右は普通のトレッキングブーツ。
踏み込むと靴が曲がってしまって、小さい足場に立ちにくいのだ。



さてそこで、3足の靴底の硬さを比べてみました。



踵の部分を持って、思いっきり体重をかけています。それでもエルブルースはほとんど曲がりません。トランゴは少し曲がる。レベルはもうちょっと曲がる。右下の一般的なトレッキングブーツは、めちゃめちゃ曲がります。この3足と比べると、ぐにゃぐにゃというくらいです(これでも日常用の靴よりはだいぶ硬めなんですけどね)。この硬さは、雪渓を歩くときにも重要で、硬い靴ほど安定します。


ただし、硬ければ硬いほど登りやすいかというと、話はそう単純でもなく、体感としてはトランゴがいちばん急傾斜に強いです。エルブルースはがっしりした作りをしているぶん重いので、トランゴとレベルに比べると足上げの軽快性に劣るのです。急傾斜地ではこの「軽さ」はけっこう重要であります。トランゴがソールを固める一方、アッパーは軽くやわらかく仕上げているのはこのためなのでしょう。


レベルは、急傾斜地ではやや硬さが足りないように感じたんですが、やわらかいぶん、ほかのふたつより柔軟な足使いが可能です。たとえば、岩稜を歩いていて、斜めになっている場所に足をおかないといけないようなケースってよくありますよね。

こういうやつ

レベルはこれが抜群にやりやすいのです。こういう「ごまかし」の足使いができるのが、レベルの大きな魅力です。単純な急傾斜はトランゴやエルブルースより劣りますが、あらゆる地形に対応しやすいという点では、レベルのほうが岩場での実用性は高いかもしれません。なんかクライミングシューズみたいな靴です。




グリップ性

感覚的にはレベル>トランゴ=エルブルースの順。とはいえどれも大差はないです。ラバーの質の違いはとくに感じず、パターンの違いによる性能差も感じません。レベルが靴全体がやわらかいぶんやや粘ってくれる感覚があるのと、足裏感覚がいいため、突然スパーンと滑ることが少ない感じがするくらいです。


ただしここはちょっと様子見。トランゴはソールが削れてくるとグリップ性が急激に落ち、末期は危険を感じたほどだったのです。とくに木の根が露出した路面や泥の路面に弱く、雨の日に甲斐駒ヶ岳の七丈ノ滝尾根というヤブ混じりの急な道を下ったときは非常に神経を使い、かなりヤバい思いをしました。レベルとエルブルースはこれほどではないんじゃないかとは思いますが、似たような傾向にはあると思います。

左からトランゴ、レベル、エルブルース。
トランゴのソールは一度張り替えてます。



耐久性

ここについては、トランゴ以外はまだわからないのですが、おそらく、というか、ほぼ間違いなく、いちばん長持ちするのはエルブルースでしょう。なにしろこれだけがオールレザー。ソールも形状的に偏摩耗しにくそうです。


一方で、はっきりいって、トランゴの耐久性は高くありません。アッパーはとくに問題ないのですが、ソールがすぐ減ってしまうのです。軽量化とクライミング性能向上のためにパターンの浅いアウトソールを使っているため、少し減ると、前述したように急激に性能が落ちます。靴底が硬いわりにフラットな形状なので、偏摩耗しやすいのも難点です。

こうなるともう全然ダメ。驚くほど滑ります。


レベルもおそらくトランゴと同程度の耐久性でしょう。アウトソールのブロックパターンがいちばん浅いので、ソールがダメになるのも早いように思われます。


トランゴやレベルは、ある程度耐久性や汎用性を犠牲にしてもトンガッた性能を求めて作られた靴なのだと思います。「良くも悪くもクセがある」というのはそういう意味です。その点、エルブルースはエッジーな部分を抑えぎみにしてあるので、より万人向け、よりオールラウンド向けになっていると感じました。


【関連記事】
スポルティバ・トランゴS EVOのソール張り替え




用途

大きくまとめると、3つの靴の使い分けは以下のようになろうかと思います。


岩が多いルート……レベル
雪が多いルート……トランゴ
土が多いルート……エルブルース


たとえば南アルプスに行くならばエルブルースを履くでしょう。剱や穂高ならレベルかな。履いてみて初めてわかったんですが、レベルはノーマルな土の路面もそこそこいけます。以前、丹沢でレベルを履いている人を見かけて「素人はわかってないな」なんて心の中で思ったことがあるのですが、すみませんでした。


トランゴは……じつはこの靴は一般登山道ではあまりフィットするところがないのです。私は残雪期やバリエーションルート専用機として使っています。ショップやスポルティバジャパンでは「縦走をはじめとしてオールラウンドに使える靴」として売り出していますが、日本の山ではそれは当てはまらないんじゃないかと前々から思っています。普通の登山道で履いて快適な靴では決してないし、本国スポルティバの開発意図もそこにはないはずだと思うのですが……。



夏の剱岳をベースに、3つのブーツが合うコースを考えてみました。


別山尾根(剱岳ノーマルルート)
雪はなく、厳しい岩場が続く。アプローチの室堂~剱沢はマイルドな登山道。レベルで決まりでしょう。

早月尾根
ここは登ったことがないのでわからない。体力ルートなので、重荷に強く、安定感の高いエルブルースが合っているのかもしれない。下りも安心だし。

源次郎尾根・八ツ峰
難しい岩稜主体のバリエーションルート。ここはレベルの軽さとコントロール性の高さが有利かと思います。

平蔵谷・長次郎谷
いずれも急傾斜の長い雪渓を登っていって、山頂からはノーマルルートを下る。これはトランゴがいいと思います。雪渓登りの安定性と、その後の急傾斜の登山道下りのバランスにいちばん優れているんじゃないかと。

北方稜線
岩場、ガレ場、草地、雪渓など路面コンディションは盛りだくさん。迷うところだけどトランゴかな……。

剱沢~仙人~欅平
ここはエルブルースがよさそうだ。剱沢の雪渓下りも安心。その後の長い登山道歩きや水平歩道も問題なし。テント縦走などで荷物が重いときならなおのことエルブルース。




まとめ

3足履き比べて、どれがいちばん気に入ったかというと……、やっぱり愛用機のトランゴでした。なんといっても、足型が自分にバッチリ合うこと。履いていて気持ちがいいし、微妙な足場でも不安を感じにくいのは、機能差というよりも足にフィットしているからこそだと思います。クセの強いじゃじゃ馬ではありますが、こういうピンポイントな道具というのが私は好きなのです。


レベルもかなり攻めた靴で好みではあるのですが、足型の不一致が難点。ここさえ合えば、勝負靴をトランゴからこちらに乗り換えてもいいかも。雪渓上での安定性はたぶんトランゴに劣りますが、岩場での軽快性はこちらのほうが上。微妙な脚さばきを可能にするコントロール性の高さがあり、フラット路面がトランゴより歩きやすいのもいいところです。


エルブルースは個人的な好みとしてはクセが足りない。私みたいに靴を何足も持っていて、行く山によってあれこれ履き分けている人にとっては、中途半端に感じてしまうのです。ただしそれは裏を返せば、もっともオールラウンドに使える靴ということであり、他人にはいちばんおすすめできる靴ということでもあります。




ところで、トランゴは今シーズン、ついに直系の後継モデルが出ました。その名もトランゴタワーGTX。雑誌の撮影で借りたときに一度足を入れてみたことがあるだけで、詳しいことはわからないのですが、S EVOと大きな違いは感じませんでした。素材やソールは変わりましたが、基本構造に大きな変更はないようです。S EVOの完成度が高くて、改良する箇所があまりなかったんじゃないか……という気がしますが、どうなんでしょうか?


2017年5月15日月曜日

『本の雑誌』はいい匂い





『本の雑誌』という雑誌に、座談会が掲載されました。


この雑誌、椎名誠さんらが創刊した雑誌で、私の妻が愛読していました。その関係上、自宅にもそこらにバックナンバーが転がっているため、なじみはあったのですが、掲載されたのは初めて。本人よりも妻がテンション上がったようで、ライターとしての家庭内評価は確実に上がったようです。


届いた掲載誌の封を開けると、紙とインクの匂いがふわーっと香りました。昔よく嗅いだ記憶のある、懐かしい本の匂い。なぜか最近の本では嗅いだ覚えがありません。紙とインクを昔ながらのものを使っているのでしょうか。これがなんともいえないいい匂いで、鼻をくっつけてくんくん嗅いで恍惚としていました。新聞とか本の匂い嗅いでこういうことしていた人多いんじゃないでしょうか。私なんぞはそのうち、たまらなくなって新聞紙食べてしまったことさえあります(少年時代)。こういうインクにはシンナーとか中毒性のある成分が入っているんでしょうか?


匂いのことを妻に言ったら、「本の雑誌はそうなんだよ!」と言っていたので、たまたまではないのでしょう。まさか、使うインクや紙を匂いで選んでいるとか!? 座談会の原稿のまとめも的確なもので、さすが本をテーマにした雑誌だなーと思ったのでした。



2017年5月2日火曜日

ウーリー・ステック、エベレストで遭難死




一昨日から私のフェイスブックやツイッターのタイムラインが、ウーリー・ステック遭難死のニュースやコメントで埋め尽くされています。「著名登山家エベレストで死亡」と、テレビのニュースでもやっていました。これは異例なことです。登山家としてのステックの存在の巨大さを表していると感じます。


ここ10年ほどの世界の登山界で、ステックが突出した存在であったことは間違いないでしょう。彼は、アイガー北壁を2時間ちょっとで登ったり、エルキャピタンの「ゴールデンゲート」をほぼオンサイトする技術の持ち主でありながら、高所でも抜群の強さを見せていました。近ごろ、強いアルパインクライマーは6000~7000m級のテクニカルな山を指向することが多いのに対して、ステックは常に8000m峰をねらっていました。K2西壁とかマカルー西壁とかの夢の課題をやれるとしたら、ステックが間違いなく第一候補だったわけです。


この春、ステックがエベレストとローツェの継続をやるという話はなんとなく知っていました。しかし、エベレストとローツェの継続登山というのはすでに何人もやっていることなので、あまり興味を持っていませんでした。ろくに調べもせず、「ステックは今年は休養の年なのかな?」なんてうっすら思っていただけだったのです。


しかし今回あらためて知ったのですが、ステックは、エベレスト西稜から入って、エベレスト~ローツェのラウンド縦走をしようとしていたのでした。彼のオフィシャルサイトに予定コースの写真が載っています。




休養の年だなんて思っていて申し訳なかった。これは猛烈に難しい縦走で、何十年も前から、だれもが思いつくけどだれもできなかった課題なのです。「世界最難の縦走」と言っていいと思います。これをやれるとしたら、やはりステックしかいないでしょう。


5年前、栗城史多さんがエベレストにトライしたとき、こんなツイートをしたことがあります。


エベレスト西稜を無酸素ソロで登ることがどれほど不可能に近いことかは、ヒマラヤ登山をやっている人ならだれだってわかるはずなのです。そこをルートに選んでいるということは、山頂まで行く気はないのだなと判断するしかありませんでした。


ただ、このとき、数人だけ、このルートをやれるかもしれない人が頭に浮かびました。その筆頭がステックでした。


今回、ステックは、その西稜を登って、さらに、ローツェまで縦走するという、夢の課題にトライしようとしていたのです。彼ならやれたかもしれないし、この縦走を完成させたら、ステックの輝かしい登攀歴の終盤を飾る金字塔になったはず。


ステックもすでに40歳。この登山を自身の集大成のつもりで臨んでいたのかもしれない。それを考えるととても残念です。ご冥福をお祈りします。





関連記事
「ウエリ・シュテック」は間違いだったぜ!



2017年4月6日木曜日

登山届を出したからといって遭難を防げるわけではない

登山届提出せず 登山者に罰則初適用 岐阜県


西穂高岳で、登山届を出さずに登って遭難した人が、5万円の罰金を科されたそうです。


岐阜県では条例で登山届の義務化を定めているので、これはしかたない。条例を破ったのだから、その責めは負わなければならないでしょう。


ただし、近ごろ、山の事故が起こるとすぐに「登山届を提出していなかった」と批判的に報道されることには強い違和感を覚えます。問題の本質はそこなのかよと。


思うに、新聞やテレビなどの報道陣は、事故の本質がわからないから、警察の「登山届は出ていなかった」という発表に過剰反応して、

登山届未提出→だから事故が起こった

と、わかりやすいストーリーを作り上げてしまうのだと思われます。しかしこれ、間違ってます。


ほとんどの場合、登山届を出していなかったということが遭難事故の原因となることはありえません。事故の原因は別にあって、技術や体力の不足とか判断ミスとか天候の急変などがそれにあたります。


これにも書きましたけど、登山届の目的とは、遭難したときに救助をスムーズにするためであって、届を出したからといって、遭難を防ぐことができるようになるものではないのです。


先日の那須の高校生雪崩事故のときも、「登山届提出せず」という見出しの記事をいくつも見ました。それをひとつの事実として報道するのはいいけれど、追及すべきもっと大きな問題がある。那須の事故の場合は、(おそらくは)現場の判断ミスであり、引率する立場の人がふさわしい技術・経験を持っている人であったかどうかであり、もしかしたら、組織の構造的な問題もあるのかもしれない。核心を放置しておいて、「登山届出してなかった!」と枝葉を騒いでも物事は解決しない。


もちろん、登山届は出すにこしたことはありません。こういう報道が「登山届出さなきゃな」という意識を高めることに貢献することは認めます。


ただし、繰り返しますが、

登山届を出したからといって遭難を防げるわけではない。


新聞やテレビには、「登山届を出していなかったことが遭難の原因」という予断をもって報道することはぜひあらためていただきたい。登山者に誤解を与えるという意味と、真の原因を見えにくくするという意味のふたつの点で、それは害悪ですらあります。