2017年9月22日金曜日

雑誌とウェブの文章の違い

近ごろウェブに文章を書く機会が増えた。雑誌と決定的に違うのが文章量の制限。雑誌は文章量のしばりというのはかなり厳しく、1行単位できっちり合わせていかないといけない。「3000字」という原稿があったとしても、それはWordとかで文字カウントした3000字ではなく、「16字×187行」だったりするわけである。この場合、許される誤差はプラスマイナス7文字程度となり、かなり精度の高い文字数管理が必要になる。写真のキャプションなんかは1文字2文字単位で字数調整をしなくてはならないこともしばしば。一方ウェブは、おおまかな目安はあっても、基本的にアバウトであり、3000字の依頼のところを5000字書いてもそんなに問題はない。雑誌原稿の場合、文字数を気にして端折った説明にならざるを得ないことも多かったので、書きたいだけ書けるのはいいなあと感じている。だけれども、こちらに慣れてしまうと文章が冗長になりがちという落とし穴があることにも最近気づいた。雑誌原稿のように制限があると、限られたなかでいかに密度濃く伝えられるかということに心を砕く。それはしんどい作業ではあるのだけど、考えて工夫せざるを得ないだけに、表現の幅や語彙は増えたような気がする。新聞などは雑誌よりもっと文字数制限が厳しいので、そこで日々文章を書いている新聞記者が簡潔でわかりやすい文章を書けるようになるのは当然のことといえよう。ところが、新聞記者あがりの作家・角幡唯介が言っていたのだけど、新聞記者をやっていると、文章があまりに簡潔になりすぎて、味わいのある文章とか長い文章が書けなくなってしまうのだという。となると、制限はあったほうがいいのか、ないほうがいいのか、どちらなんだ。ということがよくわからなくなったところで本日の文章は終わり。(732字)

2017年9月18日月曜日

驚異のハイフリクションシューズ




感動した!!


いやもう、すんごいのであるフリクションが!!!!


登山道具でこれだけ劇的な効果に感激したのは、パタゴニアのナノ・エア・フーディ以来でであろうか。モンベルの沢登りシューズ、サワートレッカーRS。もっと正確にいえば、それに使われている「アクアグリッパー」というソールの威力にである!!!



これがアクアグリッパーソール


先週、群馬のナルミズ沢に沢登りに行った。沢登りに行くのは久しぶりで、私の沢用シューズはもうぼろかったので新調することにした。そこで選んだのがサワートレッカーRS。前々からラバーソールを備えた沢用シューズを試してみたいと思っていたので、これにしてみたというわけである。


とはいえ、ラバーソールの沢靴なんて使えるのか?という疑問というか不安も大きく、買って失敗という結果も半分覚悟していた。周囲で使っている人からは「けっこういい」という評判を聞いてはいたものの、沢といえばフェルトソール絶対世代の自分にとっては、ラバーソールがいいと言われたって、とてもじゃないけど信用できなかったのである。


ところが!


ホントにこれが滑らない。濡れた岩を踏んでも滑らないラバーソールなんて!! なんだこの感覚。信じられない!!! 最初はおそるおそる歩いていたが、こいつは信用できるぞ!


さらに驚かされたのは、滝を高巻いたとき。泥やヤブの急斜面の安定感たるや! フェルトソールの弱点はここで、濡れた岩の上ではいいけれど、高巻きで不安定になるのだけど、サワートレッカーRSはめちゃくちゃ安定して歩ける!


たとえばこういうシーン。トラバース斜面で笹の茎を斜めに踏みつけていかざるを得ないようなとき。登山で遭遇するあらゆる路面のなかで、もっともやっかいな一瞬といっても過言ではありません。が! ここでもグッと踏ん張ってグリップしてくれるのです。こんな靴初めて。これは驚きの体験であります。




一般登山道でも、道に横たわる木の根を踏んで、ズベッと横滑りしたこと、登山をしている人なら必ず一度は体験しているんじゃないでしょうか。だからそういうところは不用意に踏まないようにしているはずですが、このアクアグリッパーは、そんなところでもグリップしてくれるのである! これは革命ですよ、革命!

こういうところ


さらにさらに、これまたフェルトソールが苦手とするエッジングもやりやすい! だから傾斜のある滝が登りやすい!

エッジングというのはこういうやつ。小さな角にソールのエッジだけで立つこと

こういうシーンでじつに頼りになるのである


検証・フリクション


さて、問題はそれ以外の部分。沢歩きの大半を占める、ツルツルした岩にベタ置きしたときのフリクション。ここはもちろん、フェルトソールにはかなわない。とくに、コケに覆われていたり、ヌメリがある岩では、フェルトと明らかな差がある。モンベルではこんな比較表をカタログに載せています。



ただし、コケやヌメリのある岩は見ればわかるので、問題は大きくないと感じた。それに聞いていたほどコケに弱くはなく、個人的体感としてはこんな感じか(ウールフェルトは履いたことがないのでわからない)。




実際にどんなところまでOKだったか、体感を載せてみる。

これくらいの傾斜と濡れ具合なら十分いける

楽勝

左(濡れている)はOK。右の色が濃い部分は注意が必要

コケの部分を踏まなければOK

真ん中きびしい


これは滑る。注意深くいけば大丈夫だけど、これ以上傾斜が強いときびしい



こんな感じかな。伝わりますでしょうか?




総評


ラバーソール、沢登りで十分使えると感じました。コケなどフェルトに劣る部分はもちろんあるのだけど、草付や泥路面での強さ・エッジングのしやすさ・一般登山道の歩きやすさは、すべてにおいてフェルトを大きく上回る。行程トータルでの安定性・快適性はフェルトより上だというのが私の感想です。


ただし、フェルトより足の置き場を正確に選ぶ必要があるので、どちらかというと中上級者向けなのかな。――と、遡行中は思っていたのだけど、あとで考え直しました。沢登りでいちばん危険なのは高巻きであり、ここでスリップして落ちて死亡という事故はあとを絶ちません。河原でツルンと滑るのはケツを打って痛いとか、せいぜい打撲や捻挫ですみますが、高巻きでのスリップは致命的です。ここで圧倒的な安定感をもつラバーソールは、むしろ初心者向けなのではないでしょうか。


ところでこのアクアグリッパー、実際に作っているのはTRAX(トラックス)というソールメーカーらしく、このメーカー、イボルブのクライミングシューズにソールを提供している会社でもあるんですよね。フリクション命のクライミングシューズ業界で生き残ってきただけに、驚異のフリクションも納得です。




ただし懸念ポイントがふたつ。


フリクション性能と耐久性がトレードオフの関係にあるのは、クライミングシューズでは常識。ゴムはやわらかく粘りをもたせればフリクションが高くなるけれど、減りが速くなる。さわってみればわかるけど、アクアグリッパーもすごい粘りのあるゴムです。どこまでもつかはわからない。ただ、フェルトだって耐久性は大して高くないのだから、ここはそんなに問題にはならないような気もする。


もうひとつは、ナルミズ沢にはマッチしていたけど、ほかの沢でどうかということ。ナルミズ沢はコケ少なめの沢だったのです。奥多摩あたりのヌルヌルコケコケの沢ではきびしかったという話も聞きます。まあ、このへんはしばらくフェルトも併用しつつ、ようすを見るという感じかな。




ラバーソール沢シューズ、別に新製品というわけではなくて、何年も前から登場しているわけで、すでに使っている人からすれば、なにをいまさらという感じかもしれないけど、あまりに感動したので興奮ぎみの文章もご容赦を。


以上、ナルミズ沢からお伝えしました!


2017年8月17日木曜日

TJAR写真集外伝・高橋香と岩崎勉の熱走


先日発売された写真集『TJAR』の巻末に、トランスジャパンアルプスレース(TJAR)とはなんたるかという文章を書きました。


その最後のほうに、こんなことを書いています。


だれもがレースの主役であり、その証として、ゴールを果たしたときに、優勝者よりも周囲の感動を呼ぶ人も少なくない。


これだけ読むとなんだかきれいごとのようにも聞こえますが、ここを書いたときには、あるふたりの人物を頭に浮かべていました。


ひとりは、2006年の第3回大会で完走を果たした高橋香さん。もうひとりは、2016年の第8回大会で完走した岩崎勉さんです。




伝説のラストラン、高橋香


高橋さんは、2004年の第2回大会に初出場して、無念のリタイヤ。8日目の21時32分、制限時間まであと2時間半のところで心が折れ、井川でレース続行を断念しています。


どうしても完走を果たしたい高橋さんは、2年後の第3回大会にもエントリー。この大会は、出走者6人のうち4人が早々に脱落する波乱の大会になりました。高橋さんも前回よりは速いペースで進んだものの、南アルプスを越えて井川に下りてきたときには、すでに最終日8日目の朝8時。それまでのペースを考えると、制限時間内の完走は微妙という時間でした。


しかしここから高橋さんは、周囲が驚く激走を見せます。このとき、選手に密着していたカメラマンの柏倉陽介や運営の方から届く報告に、私は心動かされました。


「高橋さん、井川に現われました。今日中のゴールは難しいかも…」

「高橋さん、すごい勢いで走ってます!」

「コンビニで買い物中。元気そうです!」

「現在××地点。これ、もしかしたらいけるかも!!」

「19時25分、大浜海岸に着きました!!!」


このときの優勝者は、同じ日の10時48分にゴールした間瀬ちがやさん。これは現在のところ唯一の女性優勝という貴重な記録なのですが、私は高橋さんがゴールしたときのほうが感激しました。間瀬さんには申し訳ないのですが、それだけ、最後の高橋さんの走りは鬼気せまるというか、どうしても完走したいという執念を感じさせるものだったのです。まさに熱走。


今回、写真集の文章を書くために過去の記録を見返していて、高橋さんがこのラストランをどれだけがんばっていたのかという裏付けを発見しました。井川から大浜海岸まで、高橋さんの所要時間は約11時間。現在とはチェックポイントの位置が違うので正確な比較はできませんが、これは、昨年、4日23時間52分という驚異の新記録で優勝した望月将悟さんの区間タイムとあまり変わらないのです!


ふだんの高橋さんはもの静かで、情熱を内に秘めるタイプでした。その高橋さんが見せた完走への執念。そこに私は感動したのです。


ところが、翌年、高橋さんは奥多摩で行なわれていたレース中に、心臓発作で帰らぬ人となってしまいました。この知らせには本当に驚いたし、今でも残念でなりません。


高橋さんのお兄さんが、高橋さんの足跡を記したブログを作っています。


高橋香が駆け抜けた道


ご両親・ご家族は、高橋さんが情熱を傾けたTJARを知りたい、なにか力になりたいという思いから、その後、レースの手伝いなどをされていました。このことにも、私は胸が熱くなるものがありました。




10年越しの完走、岩崎勉


もうひとりは岩崎勉さん。


2014年、南アルプス兎岳で(森山撮影)



岩崎さんは2006年の第3回大会に出場している、TJARの歴史のなかでもかなり初期メンバーのひとりです。これまで4回出場をしていますが、なかなか完走を果たすことができていませんでした。


2006 菅ノ台でタイムオーバー
2008 不参加
2010 選考会で出場資格を得られず
2012 タイムオーバーとなったが走り続け、8日23時間23分でゴール
2014 西鎌尾根で、救援者支援のためレース離脱


高橋香さんが激走を見せた2006年は、中央アルプスを越えたところでタイムオーバー。2012年は、8日間という制限時間を超えても、自身のチャレンジとして走り続けて太平洋に到達。このときすでにレースは終了しており、深夜でもあることから、海岸にはだれもいないだろうと予想していたけれど、多くの人が待っていてくれて感激したといいます。


台風の直撃を受けた2014年は、運営からの要請を受けて、自らレースを離脱。大荒れの北アルプス稜線上で、救援者の支援にまわりました。この直前には、コース上でうずくまっている選手を見つけ、安全を確認したので先に進んだものの、どうしても気になり、戻ったりもしています。本当にいい人なのです。


2016年大会の最終日、ネットでレースの動向をチェックしていた私は、その岩崎さんが、時間内にゴールできそうなところを進んでいることを知ります。がんばれ!! 思わず画面越しに応援の声をかけそうになりました。


そして17時48分。




どうですか、この最高の表情。私はこれを見たとき、涙が出そうになりました。TJARのゴールシーンというのは、だれもが最高の顔をしているのですが、わたし的には、この岩崎さんの顔がTJAR史上ベストです。


で、そう感じたのは私だけではなかったようです。


ここに私が大好きな一枚がありまして、残念ながら写真集には使えなかったのですが、ぜひ見てもらいたいので掲載しておきます。




ゴールに向かって砂浜にデカデカと書かれた「イワサキ」ロード。みんなが岩崎さんのゴールを心待ちにしていて、その瞬間がついにやってきた。もし私が岩崎さんだったら、これを見たら泣いちゃうと思います。


この年の大会は、望月将悟さんが大記録で優勝したのですが、少なくとも私にとっては、その優勝シーンよりも感動したゴールがこれでした。そしてそれは、私だけではなかったはずだと思うのです。






……と、選手の話を書き始めたらやっぱり長くなってしまいました。ともすればきれいごとに聞こえるわずか3行の文章の背後には、こういうストーリーがあったのです。


きっと、私の知らないところで、私の知らないストーリーもたくさんあると思います。写真集のゴールシーンを見ていたら、そんなことを感じました。思いが迫ってくるような見応えある写真の連続。






ということで、『TJAR』写真集、ぜひ見てみてください。高いのでなかなか手を出しにくいですが、ビクトリノックスの原宿神宮前店で、8月27日まで写真集見本の展示をしています。貴重な立ち読み可能な場所です。ほか、パネル写真の展示もしています。







さらに。
ただいま、北~中央~南アルプスのコース上にある山小屋全39軒に、写真集を背負って届けるというプロジェクトも敢行中です。1冊1.7kgあるので、「これ、手持ちで全部届けるのは無理だろ!?」と言っていたのですが、TJAR出走経験者が12人も協力してくれることになりました。これ以上ない強力な飛脚の登場により、今シーズン中に全冊配布を終えられそうです。一部の小屋にはすでに置かれています。ここも貴重な立ち読み可能な場所ですので、登山で寄った際にはぜひ見てみてください。





TJAR Photo Book サイト

TJAR Photo Book Facebookページ

2017年7月25日火曜日

TJAR Photo Bookできました

ここのところなにかと忙しく、ブログの更新もすっかり間があいてしまいました。この間、前回・前々回に書いた栗城史多さんの記事がプチ炎上状態でたいへんでした。会う人会う人から「読みましたよ」と言われ、ついには「栗城史多」で検索すると、このブログが1ページ目に表示されるという事態に。


じつはこの間、栗城史多さん本人にも会いました。あるメディアが興味をもってくれて、取材をしようとしたのですが、記事化は断られ、「会うだけなら」ということで、本当に会うだけ会って、1時間半ほど話をしてきました。


感想としては、前回・前々回のブログはとくに修正の必要はないな、ということ。そして、取材として受けてもらえない以上、これ以上こちらにはできることはないので、この件は自分的には終了というか、一段落という感じです。




で、まるで別件。


この間、すごい本の制作にかかわっておりました。15000円の写真集です。トランスジャパンアルプスレースという、世界一過酷な山岳レースを4人のカメラマンが追ったものです。箱入りハードカバー/布張り金箔押し/オールカラー160ページという、出版社勤務時代にもやったことのない超豪華な製本。私は巻末の文章執筆を担当しました。



2002年に始まったこのレース、当時から興味を持っていて、自分自身、取材をしたり、関係者に会ったりしたことも何度もあります。レースにかかわっている人たちがとにかく純粋で、レース云々もさることながら、その人間的魅力に惹かれました。おっと、ここを書き出すと10000字くらい止まらないので、そのへんの詳しいことはまた別の機会に。


写真集の発売は8月11日(山の日)。
発売に合わせて、出版イベントをやります。収録写真のパネル展示やスライドショー、トークタイムなどもやりますので、興味のある方はぜひお越しください。



日時:8月11日(金・祝・山の日) 10時~16時

会場:ビクトリノックスジャパン株式会社 1Fショールーム
   東京都港区西麻布3-18-5

スケジュール
10:00 オープン
10:30 カメラマンあいさつ&トークショー
12:00 スライドショー
13:30 TJARについてQ&A(岩瀬幹生・飯島浩ほか予定)
15:00 選手・主催者トークショー
16:00 閉会
*10時開場〜15時入場終了/16時閉会


予約や入場料は不要で、好きな時間に来て好きな時間に帰っていただいていい、フリー入場スタイルです。会場では写真集の展示即売のほか、収録写真のパネル展示などもありますので、好きに見ていってください。イベント内容については変更等もありえますので、最新状況は以下でチェックしてみてください。



写真集はただいまこちらで予約受付中。15000円の本を中身も見ないうちから予約する人はかなり稀だと思いますが、こちらもどうぞ見てやってください。



【追記】
タイトルに「できました」と書いてしまいましたが、まだできておりません。ただいま絶賛印刷・製本中であります。校了したというだけで、現物はわれわれもまだ見ていないのです。



2017年6月9日金曜日

栗城史多という不思議2

先日書いた栗城史多さんの記事、このブログを始めて以来最大のアクセスを集めました。ある程度拡散するかなとは思っていたけど、予想以上。ツイッターやフェイスブックでもたくさんシェアされて、その後会ったひと何人からも「読みましたよ」と感想を聞かされました。なんと栗城さん本人からもフェイスブックの友達申請が来て、ひえーと思いつつもOKを押しておきました。


となるとやっぱり気になるので、栗城さんがらみの情報をいろいろ見てみました。これまで栗城さんを特段ウォッチしていたわけではないので、知らなかったこともたくさんありました。そのひとつはルート。栗城さんがねらっているのはエベレスト西稜~ホーンバインクーロワールと思っていたのだけど、これは結果的にそちらに転身しただけで、もともとは北壁ねらいだったようですね。


直接・間接に、いろいろ意見や情報もいただきました。ひとつうまい例えだなと思ったのは、「栗城史多はプロレスである」という見方。プロレスとレスリングは似て非なるもので、前者の本質はショーであります。栗城さんのやっていることも本質はショーであって、登山の価値観で語っても大して意味はないということ。オカダ・カズチカがオリンピックに出たらどれくらいの順位になるのかを語るようなものでしょうか。それは確かに意味がない。


「栗城ファンにとっては、彼のやっていることが登山として正しいのかどうかはどちらでもよいこと。ただ前向きになれる、ただ希望をもらえる、という理由で支持しているのだ」という意見も聞きました。それもそうなのだろうと思う。



それでも嘘はいけない


「栗城史多はショーである」という見方は、以前からなんとなく感じていました。登山雑誌で栗城さんを正面から扱ってこなかったのは、そういう面もあります。オカダ・カズチカ(何度も出してすみません)をレスリング雑誌で取材しても何を話してもらえばいいのかわからないように、登山雑誌で栗城さんをどう扱ってよいのかわからなかったのです。


その一方で、栗城さんは少なくない数の人に共感・感動を与えていることも感じていました。それはひとつの価値であります。それを最大限に生かすには、登山雑誌ではなく、テレビとかのほうが活躍の場としては合っているんだろうとも思っていました。だから別ジャンルの人物として静観していたというのが、じつのところです(PEAKS編集部時代の元上司が、私が退職後に栗城さんに取材を申し込んでいたことを今回初めて知りました。登山雑誌は取材NGということで断られたそうです)。


ただし、一点だけどうしても気になるところが。数年前から気になっていたのですが、今回のブログの反響をもとにあらためていろいろ調べて、確信を深めました。それは、「栗城さん、嘘はいけないよ」ということ。


「単独といいながらじつは単独じゃない」とか、「真の山頂に行っていない」とかの嘘もあるみたいですが、個人的にはそれは、いいこととは言わないにしろ、まあどちらでもよい。本質がショーなのだとすれば、それは小さな設定ミスといえるレベルの話で、比較的問題が少ないから。どうしても看過できない嘘は、彼は本当は登るつもりがないのに、「登頂チャレンジ」を謳っているところです。


ここは30年間登山をしてきて、20年間登山雑誌にかかわってきたプロとして断言しますが、いまのやり方で栗城さんが山頂に達することは99.999%ありません。100%と言わないのは、明日エベレストが大崩壊を起こして標高が1000mになってしまうようなことも絶対ないとはいえないから言わないだけで、実質的には100%と同義です。このことを栗城さんがわかっていないはずはない。だから「嘘」だというのです。


北壁はかつて、ジャン・トロワイエとエアハルト・ロレタンという、それこそメジャーリーグオールスターチームで4番とエースを張るような怪物クライマーふたりが無酸素で登ったことがあります。それでもふたりです。単独登山ではありません。単独で登るなら、その怪物たちより1.3倍くらい強いクライマーである必要があります。そして、長いエベレスト登山の歴史のなかで、北壁が無酸素で登られたのはその1回だけです。


西稜ルートに至っては、これまで単独はおろか無酸素で登られたこともありません。ウーリー・ステックという、メジャーリーグで不動の4番を張る現代の怪物が、この春ついに無酸素でトライをしようとしていましたが、非常に残念なことに、直前の高所順応中に不慮の事故で亡くなってしまいました。


栗城さんがやろうとしているルートは、こういうところなのです。1シーズンに数百人が登るノーマルルートとは、まったく話が違うということをどうか理解してほしい。


栗城さんは世界の登山界的には無名の存在です。本当にこれを無酸素単独で登ったとしたら、世界の登山界が「新しい怪物が現れた」と仰天し、世界中の山岳メディアが取材に殺到し、「登山界のアカデミー賞」といわれる「ピオレドール」の候補ともなるはずです。




そんなわけないだろ。


ということは、だれよりも栗城さん自身がわかっているはず。本気で行けると考えているとしたら、判断能力に深刻な問題があると言わざるを得ない。ノーマルルートが峠のワインディングロードなら、北壁や西稜の無酸素単独は、トラックがビュンビュン通過する高速道路を200kmで逆走するようなもの。ところが、そんな違いは登山をやらない普通の人にはわからない。そこにつけこんでチャレンジを装うのは悪質だと思うのです。



なぜ嘘がいけないのか


難病を克服した感動ノンフィクションを読んで、それがじつは作り話だとわかったら、それでもあなたは「希望を与えられたからよい」といえますか。あるいは、起業への熱意に打たれて出資したところ、いつまでも起業せず、じつは起業なんかするつもりはなかったことが判明したら。「彼の熱意は嘘だったが、一時でも私が感動させてもらったことは事実だ」なんて納得できますか。


つまり、嘘によって得られた感動は、どんなに感動したことが事実であったとしても、そこに価値などないのです。結局、「だまされた」というマイナスの感情しか最終的に残るものはない。これでは、登山としてはもちろん、ショーとして成立しないじゃないですか。


もうひとつ、嘘がいけない理由があります。どちらかというと、こちらのほうが問題は大きい。それは、栗城さん自身が追い込まれていくことです。応援する人たちは「次回がんばれ」と言いますが、このまま栗城さんが北壁や西稜にトライを続けて、ルート核心部の8000m以上に本当に突っ込んでしまったら、99.999%死にます。それでも応援できますか。


栗城さんは今のところ、そこには足を踏み入れない、ぎりぎりのラインで撤退するようにしていますが、今後はわからない。最近の栗城さんの行動や発言を見ると、ややバランスを欠いてきているように感じます。功を焦って無理をしてしまう可能性もあると思う。


そのときに応援していた人はきわめて後味の悪い思いをする。しかし応援に罪はない。本来後押しをしてはいけないところを誤認させて後押しをさせているのは栗城さんなのだから。嘘はそういう、人の間違った行動を招いてしまう罪もある。そして不幸と実害はこちらのほうが大きい。


誤解のないように書いておきますが、私は「登山のショー化」がいけないと思っているわけではありません。観客のいない登山というものの価値や意味を人々に伝えるためには、ショーアップはあっていいと思っています。ただし嘘はいけない。


栗城さんの場合は、「無酸素単独」と言わなければいいのです。北壁とか西稜とかも言わないで、ノーマルルートの「有」酸素単独登頂でもいいじゃないですか。これなら可能性はゼロではないと思います。「無酸素」というほうが一般にアピールすると考えているのかもしれないけど、どうですかね。普通の人が酸素の有無にそんなに興味ありますか。そこはどちらでもよくて、山頂に達するかどうかのほうがよほど関心が高いんじゃないでしょうか。有酸素だろうが登頂のようすをヘッドカメラでライブ中継してくれるなら、それは私だって見てみたいと本気で思いますよ。


そして登ってしまえばショーが終わってしまうわけじゃない。一度山頂に立てば、無酸素への道筋が多少なりとも開けることもあるかもしれないし、あるいは今度は春秋のダブル登頂をねらうとかでもいい。なにより、人々の見方が大きく変わるはず。第二幕、第三幕はいくらでもあるーーというか、むしろ開けると思うんですが。