2022年9月24日土曜日

高山裏のオヤジさん


南アルプスには、名物とされる「山小屋のガンコオヤジ」がいます。その筆頭は、なんといっても農鳥小屋の主人。何十年も前から有名で、もうけっこうなお歳のはずだけど、いまでも現役で小屋を守っています。

その次に有名だったのが高山裏避難小屋のおやじさん。この方はすでに引退されたと風の噂で聞きましたが(未確認)、長らく農鳥と並ぶ両巨頭として知られていました。

その高山裏を訪ねたときの話を、昔PEAKSに書いたことを思い出しました。けっこううまく書けたと自負しており、埋もれるのはもったいないので、PEAKS編集部の許可を得ずに以下に掲載します。

ちなみに、小屋を訪ねたのは1999年の話で、書いたのは2012年です。


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 南アルプスの高山裏避難小屋に行ったときのことである。三伏峠と荒川岳の間にあるこの小屋は、南アルプスのなかでも登山者がとくに少ないエリアにある。うっそうとした樹林に囲まれた、収容人数20人くらいの小ぢんまりした小屋だ。

 小屋に着くと、50代くらいの小屋番氏が出てきた。角刈りで苦みばしった顔。このときは取材だったので、名前と来訪の趣旨を伝えると、小屋番氏は入口にどっかりと腰を下ろした。

「まあ、そこに座れ」

 小屋に入ることは許されず、荷をほどくこともできず、僕らは入口前に転がっていた切り株にとりあえず座った。 

「オレは、雑誌の記事には言いたいことがあるんだ」

 小屋番氏はそう言うと、登山雑誌は南アルプスの存在を軽んじているのではないかということ、実際に登って書いているとは思えない記事があることなどを語り始めた。話はおっしゃるとおりということもあれば、こちらの言い分も聞いてほしいというものもあり、僕はときに謝り、ときに受け流し、ときには抗弁しつつ、必死に対応した。

 そんなやりとりが30分ほど続いただろうか。

「オレは言いたいことは全部言った。キミの話もわかった」

 小屋番氏はそう言って話を終えた。

「じゃあ、入れ」

 ようやく僕らを小屋に招き入れてくれた。


 その日の宿泊者は、僕ら以外にはいなかった。高山裏避難小屋は、素泊まりのみの小屋である。僕らは持参した食事を作り始めた。

 ほどなくして、奥でなにかしていた小屋番氏が鍋を抱えて出てきた。

「これ食いな」

 鍋には味噌汁がなみなみと入っていた。ありがたくいただく。ひと口すすると、これが飛び上がるほど美味い。疲れたときに飲む味噌汁が美味く感じることは何度も経験しているが、それにしてもこの美味さは異常だ。

「なにが入っているんですか?」

 小屋番氏はニヤッと笑って、いろいろ説明してくれた。しかしなぜか詳しいことは忘れてしまった。ナメコのようなキノコが入っていたことだけは覚えている。

 その夜、小屋番氏は小屋番仕事の裏話や南アルプスの山々についてなど、おもしろい話をいくつも聞かせてくれた。


 説教から始まった小屋番がよくよく話を聞くとじつはいい人で――なんて、作り話のような都合のいい話だがすべて実話だ。

 もう十数年前の話である。このときの小屋番氏はすでに代替わりしてしまっているはずだ。しかし南アルプスではいまでも、そしてほかの小屋でも、これに類するような話をよく聞く。

「古き良き山文化が残っている」などと安易にまとめるつもりはない。人によっては必ずしも「良き」ではないからだ。ただ、世俗や商売抜きの素朴な雰囲気が南アルプスにあることは事実で、そこにこそ魅力を感じる人がいるのも事実。南アルプスの個性はそんなところにもあるのである。


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このおやじさんはとっくに引退したと思いこんでいたのだけど、この記事を書いた時点ではまだ現役で元気に小屋番をしていたそうです(記事執筆後に知りました)。その時点でけっこうな年だったはずなのだけど。

なお、冒頭で書いた農鳥小屋の主人は高山裏のおやじさんと同年代くらいだと思うのですが、こちらはまだ現役です。

農鳥小屋については、ガイドの山田淳さんが書いたブログが秀逸です。ぜひ読んでみてください。





転載したPEAKSの記事は、2012年9月号に載っています。南アルプスの特徴を表す個人的エピソードを3つ書きました。そのひとつがこの高山裏で、のこりのふたつは北岳と赤石岳です。

2022年8月31日水曜日

登山で使えるスマートウォッチを研究したい

 



昨年から登山でスマートウォッチを使うようになりました。理由は、「歩きながらすぐに地図を見たい!」

そんなの紙地図かスマホを胸ポケットあたりに入れておけばいいんじゃないのと思われるかもしれませんが、それだと、①ポケットから取り出す ②画面ロックを解除する(紙地図なら広げる)と、少なくとも2アクションが必要になります。一方、腕時計だと、手首をひねるだけの1アクション。しかも両手がふさがっていたとしても問題ありません。

私は行動中に頻繁に地図を見ないと落ち着かない人間で、できれば15分に1回は見たい。「地図を見る」という些細な動作でも、15分に1回やるとなると、できるだけ省力化したいわけです。そこで、スマートウォッチを活用することを思いつきました。



まずはOPPO Watchを購入

そこで昨年入手したのが、OPPO Watch(41mm)というやつ。いま(2022年8月末)はディスコンになっていますが、私が買った2021年9月には13,000円くらいで新品が買えました。



これを選んだ理由は単純。Wear OSで動くもののなかでいちばん安かったからです。スマホがiPhoneだったらApple Watchを買えばいいのですが、私のスマホはAndroidなので、それに対応したWear OSモデルしか選択肢がありませんでした(私が見たいヤマレコマップは、Wear OSかApple Watchでしか動作しない)。


で、1年近く使ってきましたが、結論を言えば、使い心地はイマイチ、というかあんまりよくありませんでした。

よくなかった理由は2つあります。

ひとつは、画面が小さくて表示が見にくいこと。これは通常使用ならそれほど問題にならないんじゃないかと思いますが、老眼にはキツイ! 私は山では老眼矯正が弱めのコンタクトレンズを使っていることもあって、肝心の地図が見にくいのです。

もうひとつはバッテリー。30時間くらいしか持ちません。日帰り登山なら問題ないのですが、1泊の山行となると、2日目の行動中にバッテリーが切れてしまいます。モバイルバッテリーを持っていれば充電も可能ですが、専用のケーブルが必要だったりして面倒くさい。



TicWatch Pro 3 Ultra GPSに買い換え

そこで最近、冒頭の写真のモデルを買い直しました。TicWatch Pro 3 Ultra GPSというやつです。


実を言うと、新しく出るGalaxy Watch 5 Proがバッテリー持ちがいいらしいという噂だったのでその発売を待っていたのですが、どうも価格が6万円くらいになるようなので見切り、TicWatchを買いました。Mobvoiという聞いたことなかった中国メーカー製ですが、スマートウォッチ界隈ではすでに定評ある会社みたいです。




ご覧のとおり、OPPO Watchに比べて画面が大きく、地図の見やすさは確実に上がりました。なので見やすさ問題は解決。

さらにこの機種は、バッテリー持ちのよさが売りでもあります。バッテリー容量は、OPPO Watchの300mAhに対して、こちらは577mAh。2倍近いです。メーカー公称では72時間もつと言っています。山での実使用では72時間はキツイ感じですが、50時間くらいは十分もつ印象です。これでもまだまだ足りませんが、私の山行は1泊以下が8割を占めるので、実用上はとりあえずよしとしました。



とはいえいろいろ問題もある

ということで、TicWatchにはひとまず納得しているのですが、不満はもちろんあります。

せめて1週間くらいはバッテリーがもってほしいし、使い勝手や機能的な面でも洗練されているとはいえず、それまで使っていたカシオのプロトレックなどに比べると、常用機械としての完成度は比べものになりません。なんだか10年くらい前のAndroidスマートフォンみたいなスキだらけの製品です。ただしこれはTicWatchのせいではなく、Wear OSのせい。Wear OSというのは、まだまだ発展途上のものなのだと感じます。

私はヤマレコの精度の高い地形図を見たかったのでWear OSモデル一択だったのですが、地形図は必要ないという人なら、HuaweiXiaomiのスマートウォッチ買ったほうがよっぽどいいんじゃないかなと思います。これらはシンプルな独自OSで動くので、バッテリーが1週間とか2週間とか余裕でもつそうです。ヤマレコなどのアプリは入れられませんが、歩数や心拍、血中酸素飽和度、睡眠計測などの機能は十分備わっています。それでいて安いしね。



情報募集します

スマートウォッチのことを調べていて気づいたのですが、登山でのスマートウォッチの使い方や選び方などは、意外と情報がありません。とくにWear OSについては情報が乏しいです。

スマートウォッチに対応している登山アプリはヤマレコとYAMAPのみ。YAMAPはカシオの古いスマートウォッチでしか動作せず、Apple Watchに対応したのもつい最近の話です(この8月から)。そもそも使っている人が少ないのかもしれません。

なので、「これを使ってます」とか「ここがダメでした」とか「こういう使い方をオススメします」とか、なにかご意見ご感想をお持ちの方は、下のコメント欄に書いてもらえるとうれしいです。

スマートウォッチって多機能すぎるうえにメーカーも乱立していて、私もよくわかっていないんですよ……。ガーミンのInstinctとかよさそうだなと思うのですが(ヤマレコには対応していないですが)、具体的にどういいのかはよくわかりません。使っている方は感想いただけると助かります。

現状はいろいろ問題はあれ、スマートウォッチには可能性を感じてもいるのです。数年後には、プロトレックやスントが築いた登山用ウォッチの圧倒的牙城を突き崩す存在になり得るとも思うので!



【追記】

Amazfitの最新モデルを提供いただいたので詳しくレビューしてみました。

【スマートウォッチレビュー】Amazfit T-REX 2は登山で使えるか

【スマートウォッチレビュー】Amazfit GTR4を登山で使ってみたところ...



【追記 2022.11.2】

登山で使える時計についてさまざまな記事を読みあさっていましたが、いまのところ最も優れた記事はこれです。情報量がものすごく多く、しかしどれも「登山で使えるか」というところにフォーカスして語られているので参考になります。唯一の難点は、紹介されている時計が高価なハイエンドモデルばかりだということ。値段もひとつの判断材料として論じてほしかったな。

一度着けたらもう外せないアウトドアウォッチの賢い選び方と、実践的おすすめの6本【あると無いとで山登りが変わる】 - Outdoor Gearzine "アウトドアギアジン"



【追記 2023.8.17】

TicWatch Pro 3 Ultraの後継機種が出ました。Pro 3 Ultraで不満に感じていたところがかなり解消されていて、完成度が高まっております。こちらでレビューを書きました。

地形図が見られる最新スマートウォッチ、TicWatch Pro 5を登山で使ってみた!



2022年8月18日木曜日

日本海~太平洋 大縦走コースをいろいろ考えてみよう

トランス・ジャパン・アルプス・レース(TJAR)2022が終了しました。

これまでもいろいろなところで書いてきましたが、このレースはもともと、「日本海から太平洋まで、山岳地帯をつないで歩き通してみたい」という、創始者の岩瀬幹生さんの思いから始まっています。

しかしそれは岩瀬さんのオリジナルな思いではありません。TJARのようにスピードを追求したりはしないものの、それ以前にも多くの人が独自にチャレンジをしてきた歴史があり、山好きなら一度は夢見る、いわば定番的「夢の縦走」でもあるのです。

日本海から太平洋、そこでどのようなコースをとるか。TJARのコースはその一例に過ぎず、ほかにも選択は無数に考えられます。これを考えることは実行することに劣らず面白い作業でありまして、そこには実行者それぞれの個性や工夫が如実に表れます。


そこで以下、さまざまなコース取りを机上で考えてみることにしました。



TJARコース


登山道総距離:188km

ロード総距離:206km

コース総距離:394km

標準所要時間:30日

通過する3000m峰:5(6)山

通過する日本百名山:9(11)山

*登山道総距離はヤマレコ(ヤマプラ)、ロード総距離はYahoo!地図で算出

*「3000m峰」は、国土地理院「日本の山岳標高一覧」に掲載されている21山を対象とした

*「標準所要時間」は、登山の一般的コースタイム+ロード区間は毎時3kmのスピードとし、1日の行動時間を7時間とした場合の所要日数

*以下同



ご存知、TJARのコース。いまや日本海~太平洋で、もっとも有名なコースがこれになるのでしょう。

しかしこのコースは、多くの日本海~太平洋縦走コースのなかでは、やや例外的といえます。その例外性が明確に出ているのが、早月川河口からの剱岳スタートとしているところ。このコース取りをしているのはTJAR以外では聞いたことがありません。

どうしてこうなったかというと、TJARコースは「可能な限りスピードが上がるコース」を追求して組まれたコース取りだから。

創始者の岩瀬さんはもともと、泊海岸から朝日岳に登り、後立山連峰を南下し、槍ヶ岳の後も西穂高岳まで縦走して上高地に下りるコースを試していました。しかしそれだと9日3時間かかっていました。さらにこれを短縮して1週間で踏破することができないか。それを模索した結果、現在のTJARコースに落ち着いたというわけです。

ところで、TJAR公式では総距離415kmと謳っていますが、私の計算では394kmになりました。まあ、このへんは誤差と思ってください。それから、「通過する3000m峰」を「5(6)山」としているのは、TJARでは槍ヶ岳の山頂直下を通るものの、山頂は通常踏まないから。3000m峰ではありませんが、黒部五郎岳も同様です。それぞれ往復30分~1時間かけて山頂を踏めば、「通過する日本百名山」も11山になるという意味です。





3000m峰踏破コース


登山道総距離:299km

ロード総距離:196km

コース総距離: 495km

標準所要時間:44日

通過する3000m峰:16山

通過する日本百名山:17山


日本海から太平洋を歩くにあたり、コース設定になんらかのテーマを設ける人が多いですが、そのなかでもっともポピュラーなテーマが「3000m峰をすべて踏破する」というもの。

それにはおおむね上の地図のようなルートが基本となりますが、細かいコース取りは人によってそれこそ千差万別。上の地図では親不知スタートとしていますが、これでは3000m峰の立山は通らなくなってしまうので、白馬岳から黒部川を渡って立山側にコースをつないだりする人もいます。

そのほかにも、上記モデルコースには、前穂高岳、仙丈ヶ岳、農鳥岳、悪沢岳の3000m峰が含まれておりません。 あくまで3000m峰全踏破を重視する人は、一筆書きルートにこだわらないとか、少し変則的なコース取りをするなどの工夫が必要です。





登山道重視コース


登山道総距離:326km

ロード総距離:143km

コース総距離: 469km

標準所要時間:40日

通過する3000m峰:12山

通過する日本百名山:16山


できるだけ車道を歩かずに、登山道を長く歩きたい。これは登山者として自然な感情。これをテーマとして設定されたのが上のコースです。

ポイントは、中央アルプスを通らずに八ヶ岳経由としているところ。北アルプスと中央アルプス、そして中央アルプスと南アルプスはそれなりに離れており、ここでどうしても長い車道歩きが発生してしまいます。そこを八ヶ岳経由にすると、前後の車道区間を最小限にすることができるわけです。上高地からは徳本峠を越えて松本に下りる設定にしているのもポイントのひとつ。

このコース、ワンプッシュ49日間で歩き通した人知っています(富士山には寄らないコースでしたが)。当時28歳、登山歴6年の女性。しかも単独。つまり、日本海~太平洋はTJAR戦士のような猛者だけのものではなく、時間さえかければだれでもできるということなのです。





変わり種パターン


変わったところでは、こういうのもあります。日本アルプスを一切通らずに、上信越国境主体で徹底的に山中を行くコースです。登山道とロードの距離などは調べていませんが、興味ある人は調べてみてください。おそらく驚異の登山道率(9割超え?)になるんじゃないかと思います。

コースは、新潟県柏崎海岸からスタートし、越後駒ヶ岳に入山。以降、新潟・群馬・長野・埼玉・山梨の県境を進むというものです。登山道があるところばかりではないので、ヤブこぎして進まないといけない箇所もあります。とくに、西上州付近はなかなか大変だろうことが予想されます。

ちなみにこれもやった人います。35年前にひとりの男性が完歩しています。しかしワンプッシュではなく、32区間に分けて、7年かけてつないでいます。こういうふうに、分割して少しずつ歩くという手もあるわけです。






私の知る究極の変態コースがこれ。東経137度線に沿ってまっすぐ進むというものです。

スタートは愛知県西尾市一色。そこから東経137度線の東西各1kmにおさまる範囲で、最後は能登半島輪島市白米町の海岸まで北上していきます(海洋上を通る能登島部分のみフェリー使用)。2kmの幅が許されているとはいえ、地形とはまったく関係ない地図上の直線をたどらなくてはいけないのだから、かなりの困難が予想されます。

これも実行者います。1980年、ひとりの男性が(部分的に同行者あり)ワンプッシュ39日間で歩いています。歩行中は「登山者というより浮浪者に近かった」そうです。




ということで、これらのほかにもまだまだ未踏のクリエイティブなラインが存在することと思います。地図を眺めながらあれこれ想定してみるのも面白いんじゃないでしょうか!?



2022年8月3日水曜日

「話す技術」と「書く技術」はまったく別物である

ある政治学者がいる。この人は知的な風貌に加え、つねに落ち着いた物腰、そしてFMパーソナリティのような深みのある声の持ち主である。昔からテレビ番組などでコメントを聞くたびに、説得力あるなあと感じていた。


しかしあるとき、この政治学者の言っていたことを、いつもほとんど覚えていない自分に気づいた。「あの人なかなかいいこと言ってたよ」と人に話を振り、「どういうこと?」と聞かれても、うまく説明できないのだ。「え~っと、あれ? どういうふうに言ってたっけ……?」


そんなことを何度か経験したあと、さらに気づいた。「じつはあの人、大したこと言っていなかったのでは……?」


よくよく注意して聞いてみると、「国際平和を実現するためには戦争をしないことが重要だ」とか、「日米関係でもっとも重視しなくてはいけないことは、日本とアメリカの立場である」みたいなことを、専門用語を交えつつ話を複雑にしながら、その持ち前の説得力ある風貌としゃべり方で語っていただけだったのである。


これは自分だけの発見かとも思ったが、そうではなかった。知り合いのライターがこの政治学者を取材したとき、取材現場ではひと言ひと言説得力抜群で、うんうんうなずきながらインタビューを終えたのだが、いざ文字起こししてみると、その内容のなさに愕然としたというのだ。そのライター曰く「あれは不思議な体験だったよ。取材中に感激していた自分はなんだったんだろう……」


この政治学者とは別の話で、取材中での同じような体験は私にもある。


ふたりの登山家の対談企画で、登山家Aは弁舌爽やかでよくしゃべる。それに対して登山家Bは言葉数が少なく、話したとしても、もごもごとしていてよくわからない。「これはAの圧勝になってしまうな……」。対談企画は、ふたりの発言の量と内容が均衡するのが理想である。ひとりの発言ばかりに偏った記事はいい記事とはいえないが、そんな記事にならざるを得ないことを私は覚悟した。


ところが、文字起こしをして対談の内容を精読して驚いた。あんなにキレのよかったAの発言は、文字で見ると思いのほか内容が薄く、逆に、まったく心に残らなかったBが意外なほどに深いことを語っていたことに気づいたのである。


Aは発言量は多いものの、よく聞くと同じ内容を繰り返していたり、テーマから外れたりすることも多く、そういう部分はある程度カットすることになる。逆にBの発言は、"えー" とか "うーん" などをカットして語尾を整えれば、ほぼそのまま使えた。しかも内容が濃い。結果的に、量的にも内容的にも、両者かなりバランスのとれたいい対談に仕上がった。



このふたつのエピソードから学んだことは、口頭表現と文字表現はまったく別物であるということ。


口頭で人に何かを伝えるとき、伝わるものの総量を100とすると、言葉だけで伝わるものは10もないといわれる。残り90は、声の調子や速度、大きさであり、または身振り手振りであり、表情や視線、服装や髪型を含めた外見などであったりする。話す内容よりも、話し方や見た目のほうがはるかに重要であり、人の心に残る9割はそちらであるというのだ。


一方、文章では、その90がほぼすべてカットされ、10しかなかった言葉のみに、受け手の全注目が集まることになる。となると、受ける印象がガラッと(ときには180度)変わるのも当然ではないだろうか。



じつはこの話、もっと深い結論に達することができそうだと思って書き始めたのが、ここまで書いてきて、これ以上はイマイチ展開できなくなってきたので、ひとまずはここで終わり。


2022年7月4日月曜日

わかりやすいことはいいことだ

こういう文章を読んだ。


価値というのはモノに内在しているという、長らく続いたモノを中心としたマーケティングの支配的思想が、サービス概念によって、価値は共創的に生まれると考えられるようにもなってきたように、マーケティングというものを「企業が顧客に働きかける活動」というものから、「企業と顧客間との相互行為である」というものとして、もっと思想を変えていかなければならないのだろう。


私はこれを読んだとき、文章の意味がわからなかった。もう1回読み返してもよくわからない。そこで3回目、文章構造に注意しながら時間をかけて読み直し、さらに4回目にして、ようやく、言わんとしていることがなんとなく想像できるようになった。


なんだかとても既視感のある文章だなと感じ、ちょっと考えた末に、高校時代の国語でよく見た文章に似ていると思い当たった。


私は国語がとにかく苦手で、好きでもなく、授業やテストが苦痛だった。問題文の意味がわからないのだ。どうやったらわかるようになるかの筋道も想像できず、なんのために自分はこんなことをやっているか理解もできないままに学生時代を終えた。


自分で言うのもまったく口幅ったいのだが、私の文章はわかりやすいと言われることが多い。これまた口幅ったいが、自分でもそう思う。なぜそうなのか、理由ははっきりしている。私が文章を書くときにいちばん気を配っていることが、わかりやすく書くことだからである。だからわかりやすくなるのは当然。むしろわかりやすくなっていなかったら、私の最大努力は実を結んでいないことになるので悲しい。


自分はなぜこんなにわかりやすさに固執するのかなと考えると、それは高校時代に苦しめられた恨みに起因している。あんな苦しい文章は読みたくないし読ませたくない。そんな思いがずっと心の底にある。わかりやすさを磨かせる強いモチベーションになったという意味では、国語の授業は私の糧になったともいえるのかもしれない。


まあ、その結果、私の文章は格調や味に欠け、ともすると安っぽく、ときには頭が悪そうにさえ見えるようになってしまった。しかし、文章の第一義は意味を伝えることにある。できるだけ多くの人に、できるだけ素早く伝達を達成できるもののほうが、文章として高性能といえるのではないか。国語の授業ではむしろこういう技術を勉強するべきではないのかと強く主張したい。


ところで、冒頭の文章を私がリライトしてみたら以下のようになった。元の文章で理解しきれないところもあるので、これで意味が合っているのかどうか、80%くらいの確信しかもてないけれど、どうだろうか。読解合ってるかな??


"モノ”を中心とする伝統的なマーケティングでは、価値は物に付随するというのが一般的な考え方であった。ところが、”サービス“という概念が普及した結果、価値は受け手と共に創りあげられるものと考えられるようになってきた。同じように、マーケティングも、「企業が顧客に働きかける活動」から、「企業と顧客との相互行為」としてとらえるようになっていかなければならないのだろう。



*私の高校時代に、わかりにくい文章を書く筆頭格として悪名高かったのが評論家の小林秀雄。ところが40代になってから、数十年ぶりに小林秀雄の文章を読んだところ、その格調高い言葉のチョイスと流れるように理解できる論理展開に驚いた。私が高校時代に苦しんだのはなんだったんだろう。