ラベル 登山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 登山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年6月23日月曜日

高尾山の遭難は国内屈指なのか←違うと思う



朝日新聞がこのような記事を出していた。高尾山の遭難が富士山や穂高より多いのはなぜか、というところに着目したものである。

しかしこれは当然の話。なにしろ高尾山の年間入山者数は300万人ほどと言われている。それに対して富士山は20万人。穂高は正確な統計がないので不明だが、長野県と岐阜県の調査によると、10万人~20万人の間くらいだと思われる。

いくら高尾山が初心者向けの山とはいっても、10倍以上の数が登っていれば、そりゃあ遭難者の数も多くなるでしょう。

それ以外の理由があるのかと思って記事を読んでみたところ、案の定なにもなかった。

「初心者向けの山として知られている高尾山でも年間131人もの遭難が起こっている」という注意喚起としての意味はあるかもしれないが、それならば書き方はもう少し違うものになるべき。現状では要らぬ誤解を生む記事になってしまっていると思う。

この記事の元ネタとなった警察庁の遭難統計レポートを見ると、高尾山、富士山、穂高連峰がピックアップされて、それぞれの遭難者数が記されているページがある。ここを見て「えっ! 高尾山の遭難者数は富士山や穂高より多いのか!!」と記者が早合点して、こういう記事を書いてしまったのではないかと想像される。



試しに、入山者数に対しての遭難者数の割合を出してみると以下のようになった。

高尾山:2万3000人に1人

富士山:2400人に1人

穂高連峰:2300人に1人


記事を書くなら、こういう数字も念頭に置きつつ、高尾山の遭難について考えるものにしないと意味ある記事にならないんじゃないか。



ちなみにふと思いついたので、ディズニーリゾート(ディズニーランド+ディズニーシー)についても調べてみた。

年間入場者数:約2756万人

年間救急出動件数:1760件*

*ディズニーリゾートがある千葉県舞浜地区の2023年度救急出動件数は1955件。その9割がディズニーリゾートだと推計されている


これを上と同様に割合にしてみると

ディズニーリゾート:1万5660人に1人


かなり大ざっぱな計算だし、山の事故とディズニーランドの救急案件を同列に比べるものでもないけれど、そんなところを差し引いたとしても、高尾山の危険性はそんなに煽るもんじゃないということは言えるのではないだろうか。



▲高尾山の入口となる清滝駅



2024年8月27日火曜日

統計から考える高齢登山者のリスク

 

こんなツイートをした。


死亡・行方不明者は50歳以上だけで83%を占める、高齢登山者のリスクは顕著に高いということがいえそうなので、高齢登山者への安全啓発が必要なのではないか……ということを続けて書いている。


これが思いのほか拡散され、多くのご指摘・ご意見をいただいた。いわく「高齢登山者の数が多いだけなのではないか」「高齢者には山菜採りの事故が含まれているのではないか」「遭難率としては若者のほうが高いのではないか」などなど……。


書いたことはジャストアイデアもしくは仮説のようなことで、厳密に詰めて考えたものではなかったのだが、これだけ拡散されると、もう少しちゃんと考えないといけないなと思った。


そのなかで最重要な検討事項は「高齢登山者の数が多いだけなのではないか」ということ。高齢登山者の数が多ければ、それに比例して死亡・行方不明などの事故数が増えるのも当然……というわけだ。そこはわかっていたのだが、全登山者の年齢別人口のデータを持っていなかったので、自分の印象を書くにとどめていた(50歳以上の登山者が5割、それ以下が5割と見積もった)。


そうしたら、いただいたリプライのなかで、総務省統計局の統計を教えてくれた方がいた。私は登山者人口のデータというとレジャー白書のものくらいしか知らなかったのだが、統計局の統計を見ると、かなり細かく登山者のデータをとっている。そこには年齢別データもあった。


そこで、この統計(令和3年社会生活基本調査)を使って、さらなる検討を加えてみることにした。その結果が以下である。




登山者人口は860万人!


統計局の調査によれば、登山者の全人口は約860万人。レジャー白書では500万人ほどになっているので、ずいぶん多い印象だ。年齢別に見ると、以下のようになる。


10代:75万人

20代:105万人

30代:120万人

40代:170万人

50代:156万人

60代:126万人

70代:92万人

80代以上:17万人

総数:861万人


50歳未満が470万人で約55%、50歳以上が391万人で約45%。おお、自分の見積もりはいい線突いていたじゃないかと悦に入ることができた。


これを割合(%)表示にして、死亡・行方不明者の割合と比較するとこうなる。


10代:8.8%(死亡・行方不明者0.9%)

20代:12.2%(同2.5%)

30代:13.9%(同4.5%)

40代:19.7%(同8.8%)

50代:18.1%(同13.7%)

60代:14.6%(同26.9%)

70代:10.7%(同30.2%)

80代以上:2%(同12.4%)


20代から70代まで年代別の人口比はほぼ均等に10%台に収まっているのに対して、死亡・行方不明者の割合は60代・70代で顕著に跳ね上がっている。やはり高齢登山者は危険度が高い……といえそうなのだが、総務省の統計には他にも興味深いデータがあった。それは1年間の登山日数だ。



高齢者は山行日数が多い


統計では、1年間に何日登山に行ったかということまで調べていた。1年に1~4日/5~9日/10~19日/20~39日/40~99日/100~199日/200日以上の7段階に分け、それぞれ年齢別に数を出している。


これを見ると、高齢者、とくに60代と70代は他の年代に比べて山行日数が多い人が多い。年に1~4日という人の数は、50歳未満:50歳以上が6:4の割合なのだが、5~9日になると5:5になり、20~39日は1:3、200日以上で3:7となる。高齢者はよく山に行っているという傾向が明らかだ。


年に1日しか山に行かない人と100日行く人では、後者のほうが、1年のうちに事故に遭う可能性が高いことは自明。となると、山行日数と死亡・行方不明者数を比べるのが最もフェアといえるだろう。


そこで、年代別に1年間の山行日数を計算してみた(統計では1~4日などと幅があるので、間の数字をとって計算)。その結果得られた、1人あたりの年間平均山行日数が以下である。


10代:5.6日

20代:4.6日

30代:5.9日

40代:6.0日

50代:7.6日

60代:10.5日

70代:15.1日

80代以上:11.5日


こうしてみると、60代以上の山行日数が顕著に多くなっていることがはっきりする。


さらに、のべ山行日数を年代別に出し、そのボリュームを%で表示すると以下のようになる。


10代:6.3%

20代:7.1%

30代:10.5%

40代:15.3%

50代:17.6%

60代:19.8%

70代:20.6%

80代以上:2.8%


総人口では50歳未満:50歳以上=55:45だったが、総山行日数では40:60と逆転する結果になった。


最後に、これに死亡・行方不明者の割合を合わせてみよう。


10代:6.3%(死亡・行方不明者0.9%)

20代:7.1%(同2.5%)

30代:10.5%(同4.5%)

40代:15.3%(同8.8%)

50代:17.6%(同13.7%)

60代:19.8%(同26.9%)

70代:20.6%(同30.2%)

80代以上:2.8%(同12.4%)


単純な総人口と比べたものからは少し差が縮まった印象だ。


ということで、登山者数と山行日数をかけあわせて改めて検討した結果としては;

高齢登山者は他年代より山に行く回数が多いので、それにともなって事故数も増える

・ただし、高齢登山者が若年登山者と比べて危険度が高いことは間違いない

――ということがいえるように思う。



統計疲れましたが面白いです


数字ばかり扱ってきて疲れた。頭パンクしそう。もし計算が間違っていたり数字の解釈がおかしかったりする箇所があったら、コメント欄で教えていただけると幸いです。


統計局のデータ、仔細に見るとなかなか面白いです。1年に200日以上も山に行く75~79歳が5000人もいることなどがわかります。六甲山で毎日登山している人などでしょうかね。


それから、年に1回でも登山にいけばこの統計にカウントされるので、友人や家族に連れられてたまたま1回行っただけとか、学校登山とか会社の合宿とかの人も入っていると思われます。それに対して、年に5~9日以上行っている人は主体的に登山を楽しんでいる、いわゆる登山愛好家といえる層になると思います。その人たちの数は約257万人。実態的な意味での「登山者数」はこちらの数字になるんじゃないか……なんてこともわかります。


あと、登山だけでなくていろいろなスポーツについて同様な統計をとっていて、そのなかにはクライミングもあります。「登山系」という名称になっていて、キャニオニングやシャワークライミング(沢登り?)などと合算されていますが、その総人口は約10万人になっています。インドアクライミングの人口は50万人といわれることも多いので、ちょっとこの10万人という数字は少なくないか?と疑問が湧きますが、どうなんでしょうかね。


ちなみに基にしたデータは以下からとりました。統計局の統計はエクセルデータをダウンロードしないと見られず、しかも大した説明もないので最初は面食らいますが、根気よく探せばわかると思います。


e-Stat 令和3年社会生活基本調査


警察庁 山岳遭難・水難



2024年8月23日金曜日

「遭難したときに家族はどう動くべきかマニュアル」を作ろう


先日、このようなツイートを見かけました。私もこういうものを作らねば作らねばと思いつつ、面倒でずっと放置してしまっていたので、これを機会に自分用の「遭難したときに家族はどう動くべきかマニュアル」を作りました。


以下がその内容です。


「『山で遭難したときの対応マニュアル』のイメージ画像を生成してください」とGrokに指令したところ出てきた画像



遭難したときの対応マニュアル

1) 帰宅予定日の翌日13時になっても何の連絡もない場合、遭難したと見なしてください


2) まずはメールで送ったコンパスの登山届を開いてください

  

3) 居場所確認アプリ(いまココ)を開いて、居場所を確認してください

  

4) 同行者がいる場合は、同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に電話して、状況を確認してください(連絡先は登山届に書いてあります)

  

5) 同行者に連絡がつかない、もしくは状況が確認できない場合は、110番に電話して「夫が山で遭難したようだ」と伝えてください

  

6) 単独の場合は、4)5)を省略して110番に電話してください

  

7) 行方がわからない場合は、110番に連絡後、ココヘリにも電話してください

  TEL.XX-XXXX-XXXX 

  ココヘリID:XXXXXX-XXX/パスワード:XXXXXXXX

  

8) 警察等から費用的なことを聞かれたら「問題ないのですべてお願いします」と答えてください

  

9) 以降は、警察の指示に従ってください

  

 【憲一は以下の保険に入っています】

■XXXXXXXXX……救援者費用XXX万円補償 (会員番号:XXXXXXXX)

■XXXXXXXXX……生命保険・傷害保険 (証券番号:XXXXXXXXX)



以下、内容を解説します。


1)遭難と見なす条件を(時間等で)明確に示しておくこと。これはとても重要です。「連絡がなかったら遭難したと思ってくれ」などと伝えていたとしても、それは連絡がつかなくなってから何時間後にそう判断すればよいのか。家族(特に登山を知らない人)には判断できないからです。

この項目に限らず、家族に考えさせないように、できるだけ具体的かつシンプルに記すことが大切だと考えています。なにしろ緊急事態なわけです。冷静に頭が働くことは期待できません。家族が登山を知っている人ならば、ある程度考えることもできますが、そうでないならば、やるべきことなどまったく思い浮かばないはずなのです。

注意点としては、日時の設定。私は「帰宅予定日の翌日13時」をタイムリミットに設定しましたが、ここは各人の事情に応じてよく考えて決める必要があります。

早期の救助を期待するならば早いほうがいいわけですが、あまり早くしすぎると、電話ができないエリアにいて下山が遅れているだけなのに、捜索隊が動き出してしまうことが考えられます。

私の場合、携帯圏外でビバークになってしまって、翌朝動き出して通話圏内に入ってから家族に連絡をする……というパターンが考えられます。この場合、リミットを8時くらいに設定してしまうと早すぎると考えました。そこで少し余裕をもたせて13時としています。

昔はもっと遅く設定していました(帰宅予定日の翌日23時くらい)。しかし携帯通話範囲が広がった現在、半日行動しても通話圏内に入らないケースは多くないと思うので少し早めました。



2)3)7)は、あくまで「私の場合」です。登山アプリや捜索サービスを使っていない人はここは不要になります。

いずれにしても、登山計画書を家族や知人に渡していくのは必須。これが救援・捜索のすべての手がかりになるので。もちろん紙のメモなどでもOKです。

ちなみに、他者や110番に連絡する前に2)3)を行なうようにしているのは、登山の情報がある程度頭に入っていないと、人と話すときに要領を得ないおそれがあるからです。たとえば警察に「ご主人はどういうルートで登る予定でしたか?」と聞かれても、その情報がまったく頭に入っていなければ、その場で計画書をガサガサ探すことになり、お互いに無駄な時間を消費することになってしまうわけです。



4)5)6)は、ほとんどの人・ケースで共通でよいと思います。

通報先は私は110番にしています。119番にも通報すべしという人もおりますが、やることを増やすと素人の家族が混乱するので、できるだけシンプルにしています。

細かいことをいえば、「同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に電話」という部分にも意図があります。「同行者本人もしくは同行者の緊急連絡先に連絡してください」という文面だと、家族は「連絡? えーっと……どうやって連絡すればいいんだ?」などと思ってLINEやメールアドレスを探してしまったりすることもあり得ます。そんなこと……と思うなかれ。緊急事態に陥った人は本当に頭が働かないものなのです(経験あり)。

やるべきことは可能なかぎり具体的に記す。書いてあることを考えずにそのまま実行すればOKというマニュアルが理想です。



8)は、警察から「民間の救助隊に救援をお願いしようと思いますがいいですか」などと聞かれた場合のためです。

これは費用が発生することを意味するわけですが、登山をしない人はそれがいったいいくらくらいになるものなのか見当もつきません。いくらかかっても助けてほしいという気持ちはありながら、あとで何千万円と請求されたらどうしようという思いが頭をよぎることもあるでしょう。そういう余計な迷いや心配を家族に与えないように「すべて問題なし」と答えよ、としています。私の場合、山岳保険やココヘリで救助費用はカバーできるようにしてあるので、実際問題ないわけです(保険に入っていない人はこの限りではないけれど)。



最後に、自分が入っている保険の情報を加えておきました。死んだり意識不明になってしまった場合、家族が必要な情報だからです。これは山岳保険だけではなく、一般の生命保険などの情報も同様。



さらに。

マニュアルを作った後、家族(マニュアルをわたしておく人)に一度見せることを強くおすすめします。すると、「これは何?」とか「このときはどうすればいい?」などの疑問が出てくると思います。そこはまさに、家族が判断できずに迷うポイントになってしまっているはずです。このフィードバックをもとに修正しておくことをぜひおすすめします。



これ作ろうとして気づいたのですが、手本にできるような既存のマニュアルがほとんどありません。考えてみたら、登山雑誌などで「遭難したときに家族はどう動けばいいか」というテーマで作られた記事を読んだ記憶もありません。

「登山計画書の作り方」は既存のひな形がいくらでもあるし、それをテーマに書かれた記事は山のようにありますが、「家族がどうしたらよいか」という知識・ノウハウはほとんど積み重ねられてきていないのです。

ですがこれ、登山計画書を作ることに匹敵するくらい大切なことなんじゃないでしょうか。登山界はなぜここに注目してこなかったのか。自分でも不思議に思うくらい、重要情報のエアポケットがここに発生してしまっているように感じました。

私が作ったマニュアルも、お手本なしにイチから考えて作ったものです。なので見落としや改善点があるかもしれません。もし何か気づくことやアイデアがあったら、コメント欄で教えていただけると嬉しいです。

私のマニュアルをコピペなりして活用もジャンジャンしていただいてかまいません。運用するなかで気づいたことなどがあれば、それもまたコメント欄に書き込んでいただけると幸いです。

 

2023年9月2日土曜日

先鋭登山をわかりやすく伝えるのは難しいことなのである


「登山は基本的に自己満足の世界」...それでもなぜ、一流クライマーによる"疑惑の登山"はなくならないのか? | 山はおそろしい | 文春オンライン


 「登山家と嘘」というテーマでインタビューされました。


このなかで、インタビューアーの中村計さんがこんなことを語っています。


現代の先鋭的登山を書くときの最大の壁は、その挑戦がいかに大変かを一般読者に伝えることがとてつもなく難しいということだと思うんです。


これはまったくそのとおりであって、これまで私も、どうしたら伝わるのだろうかといろいろ模索してきました。


模索の結果、私が多用しているのは、野球や格闘技などのスポーツに例えるという手法。たとえば栗城史多さんについて書いた記事では、栗城さんを「大学野球の平均的選手」に例え、栗城さんが目指していたエベレスト北壁を「メジャーリーグ」とすることで、実力と目標の乖離を表現しようと試みました。


昔であればこんな面倒なことをする必要はありませんでした。エベレストが登られていない時代は、究極の目標はエベレスト初登頂であり、そこにどれだけ近いかによって登山家の価値は決まる――ということは、野球や格闘技にたとえるまでもなく、誰にでも理解できる話だったからです。


ところが今は、先鋭登山の課題は多様化・細分化し、その評価は専門家でも容易ではありません。エベレスト北壁の登山史的価値を正確に評価できる人は、登山業界でも多くないのが実情です。そこに「無酸素」とか「単独」とか「冬期」とか「新ルート」などの各種条件が加わるとなおのこと。ましてや、登山をやらない一般読者にわかるはずもないでしょう。


そこで私は、野球や格闘技になぞらえることでわかりやすくする手法をとることにしたわけです。ただしこれはあくまでイメージを伝えるためのもので、多少の不正確性には目をつぶっています。「栗城さんのレベルは大学野球ではなくて高校レベルなのではないか」とか、「登山と格闘技は別物である」などと言われることもありましたが、そういうことではないんだ! 小さな正確性よりも大きなイメージを伝えることを優先した結果なので、細かいところを突っつかれても困るw


学者のコメントで、正確性を重視するあまり、素人には結論がわからないということがよくありますよね。「状況によって一概にはいえない」とか。確かにそのとおりなんでしょうが、私たち素人が知りたいことは細かくて厳密な事実ではなく、大きな枠組みなのです。学者や専門家は、事実の正確性にこだわるあまり、大きな枠組みを示してくれないことがよくあります。私はこれがいつもストレスに感じるので、自分が説明するときには伝わりやすさやわかりやすさを優先しています。




ところで最近、このあたりのことを説明するには、先鋭登山をスポーツに例えるより、学問や科学に例えるほうが適切かもしれないと思うようになりました。専門家以外にはなかなか内情がわからないところとか、メディアでもてはやされる人の本業の実態がよくわからないところとか、似ているなと思うのです。ノーベル賞やピオレドールで何が評価されたのかはわからないけど、受賞者がすごい人であることは想像できるとか。


そんなことを考えていると、先鋭登山は専門的になりすぎて蛸壺化しているなとも思えてきました。ただしだからといって、ごく一部の専門家やマニアの嗜みに過ぎないかというと、そうでもないんですよ。素人にはどうでもいいようなわずかな違いにこだわって工夫や切磋琢磨を続けてきた結果、登山は少しずつ前に進んでいるのです。


たとえば無酸素登山というのは、人類の可能性を広げる大きな一歩だったわけですが、そこに至るまでには、無数の登山家の死屍累々といえる試行錯誤が背後に存在します。そうした多くの蓄積を土台として、ときおり大きなイノベーションが起こる。そんなところも学問に似ているかもしれません。


服部文祥さんが、「登山の文化にフリーライドしている」と言って栗城さんを批判したことがありました。「無酸素」とか「単独」とかの言葉を使うなら、その言葉が意味する正しい手順を踏めと。登山史が長年かけて獲得してきた成果を自分の箔付けだけに使って、実態は適当にスルーするのではただのズルじゃないかということですね。



とりとめがなくなってきました。

最後に、先鋭登山の評価基準となるものをざっくりと説明しておきます。


1)どれだけ困難なことをしているか

2)新しいことをしているか


大きくはこのふたつです。


1は、技術的な難しさ。だれもが登れなかった困難な岩壁を登りきったとか、クライミンググレードの世界最高を更新したなどのことですね。技術的な困難を克服したということは単純に評価の対象となります。


2は、山の初登頂が典型例となります。だれも登ったことがない山に登ることは間違いなく新しいこと。ほか、酸素ボンベやロープを使うことが常識だった山で、それらを使わずに登ることも「新しいこと」です。だれも注目していなかった山を見つけ出して登ることもこれにあたります。


先鋭登山の総合評価は1+2で決まります。技術的に困難でも新しい要素がゼロであれば総合点は伸びませんし、その逆もしかり。例えれば、1は技術点、2は芸術点といった感じでしょうか。また雑な例えをしてしまいましたが、まあ、そんな感じです。以上。



2022年9月24日土曜日

高山裏のオヤジさん


南アルプスには、名物とされる「山小屋のガンコオヤジ」がいます。その筆頭は、なんといっても農鳥小屋の主人。何十年も前から有名で、もうけっこうなお歳のはずだけど、いまでも現役で小屋を守っています。

その次に有名だったのが高山裏避難小屋のおやじさん。この方はすでに引退されたと風の噂で聞きましたが(未確認)、長らく農鳥と並ぶ両巨頭として知られていました。

その高山裏を訪ねたときの話を、昔PEAKSに書いたことを思い出しました。けっこううまく書けたと自負しており、埋もれるのはもったいないので、PEAKS編集部の許可を得ずに以下に掲載します。

ちなみに、小屋を訪ねたのは1999年の話で、書いたのは2012年です。


--------------------------------------------------------------------


 南アルプスの高山裏避難小屋に行ったときのことである。三伏峠と荒川岳の間にあるこの小屋は、南アルプスのなかでも登山者がとくに少ないエリアにある。うっそうとした樹林に囲まれた、収容人数20人くらいの小ぢんまりした小屋だ。

 小屋に着くと、50代くらいの小屋番氏が出てきた。角刈りで苦みばしった顔。このときは取材だったので、名前と来訪の趣旨を伝えると、小屋番氏は入口にどっかりと腰を下ろした。

「まあ、そこに座れ」

 小屋に入ることは許されず、荷をほどくこともできず、僕らは入口前に転がっていた切り株にとりあえず座った。 

「オレは、雑誌の記事には言いたいことがあるんだ」

 小屋番氏はそう言うと、登山雑誌は南アルプスの存在を軽んじているのではないかということ、実際に登って書いているとは思えない記事があることなどを語り始めた。話はおっしゃるとおりということもあれば、こちらの言い分も聞いてほしいというものもあり、僕はときに謝り、ときに受け流し、ときには抗弁しつつ、必死に対応した。

 そんなやりとりが30分ほど続いただろうか。

「オレは言いたいことは全部言った。キミの話もわかった」

 小屋番氏はそう言って話を終えた。

「じゃあ、入れ」

 ようやく僕らを小屋に招き入れてくれた。


 その日の宿泊者は、僕ら以外にはいなかった。高山裏避難小屋は、素泊まりのみの小屋である。僕らは持参した食事を作り始めた。

 ほどなくして、奥でなにかしていた小屋番氏が鍋を抱えて出てきた。

「これ食いな」

 鍋には味噌汁がなみなみと入っていた。ありがたくいただく。ひと口すすると、これが飛び上がるほど美味い。疲れたときに飲む味噌汁が美味く感じることは何度も経験しているが、それにしてもこの美味さは異常だ。

「なにが入っているんですか?」

 小屋番氏はニヤッと笑って、いろいろ説明してくれた。しかしなぜか詳しいことは忘れてしまった。ナメコのようなキノコが入っていたことだけは覚えている。

 その夜、小屋番氏は小屋番仕事の裏話や南アルプスの山々についてなど、おもしろい話をいくつも聞かせてくれた。


 説教から始まった小屋番がよくよく話を聞くとじつはいい人で――なんて、作り話のような都合のいい話だがすべて実話だ。

 もう十数年前の話である。このときの小屋番氏はすでに代替わりしてしまっているはずだ。しかし南アルプスではいまでも、そしてほかの小屋でも、これに類するような話をよく聞く。

「古き良き山文化が残っている」などと安易にまとめるつもりはない。人によっては必ずしも「良き」ではないからだ。ただ、世俗や商売抜きの素朴な雰囲気が南アルプスにあることは事実で、そこにこそ魅力を感じる人がいるのも事実。南アルプスの個性はそんなところにもあるのである。


--------------------------------------------------------------------


このおやじさんはとっくに引退したと思いこんでいたのだけど、この記事を書いた時点ではまだ現役で元気に小屋番をしていたそうです(記事執筆後に知りました)。その時点でけっこうな年だったはずなのだけど。

なお、冒頭で書いた農鳥小屋の主人は高山裏のおやじさんと同年代くらいだと思うのですが、こちらはまだ現役です。

農鳥小屋については、ガイドの山田淳さんが書いたブログが秀逸です。ぜひ読んでみてください。





転載したPEAKSの記事は、2012年9月号に載っています。南アルプスの特徴を表す個人的エピソードを3つ書きました。そのひとつがこの高山裏で、のこりのふたつは北岳と赤石岳です。

2022年8月18日木曜日

日本海~太平洋 大縦走コースをいろいろ考えてみよう

トランス・ジャパン・アルプス・レース(TJAR)2022が終了しました。

これまでもいろいろなところで書いてきましたが、このレースはもともと、「日本海から太平洋まで、山岳地帯をつないで歩き通してみたい」という、創始者の岩瀬幹生さんの思いから始まっています。

しかしそれは岩瀬さんのオリジナルな思いではありません。TJARのようにスピードを追求したりはしないものの、それ以前にも多くの人が独自にチャレンジをしてきた歴史があり、山好きなら一度は夢見る、いわば定番的「夢の縦走」でもあるのです。

日本海から太平洋、そこでどのようなコースをとるか。TJARのコースはその一例に過ぎず、ほかにも選択は無数に考えられます。これを考えることは実行することに劣らず面白い作業でありまして、そこには実行者それぞれの個性や工夫が如実に表れます。


そこで以下、さまざまなコース取りを机上で考えてみることにしました。



TJARコース


登山道総距離:188km

ロード総距離:206km

コース総距離:394km

標準所要時間:30日

通過する3000m峰:5(6)山

通過する日本百名山:9(11)山

*登山道総距離はヤマレコ(ヤマプラ)、ロード総距離はYahoo!地図で算出

*「3000m峰」は、国土地理院「日本の山岳標高一覧」に掲載されている21山を対象とした

*「標準所要時間」は、登山の一般的コースタイム+ロード区間は毎時3kmのスピードとし、1日の行動時間を7時間とした場合の所要日数

*以下同



ご存知、TJARのコース。いまや日本海~太平洋で、もっとも有名なコースがこれになるのでしょう。

しかしこのコースは、多くの日本海~太平洋縦走コースのなかでは、やや例外的といえます。その例外性が明確に出ているのが、早月川河口からの剱岳スタートとしているところ。このコース取りをしているのはTJAR以外では聞いたことがありません。

どうしてこうなったかというと、TJARコースは「可能な限りスピードが上がるコース」を追求して組まれたコース取りだから。

創始者の岩瀬さんはもともと、泊海岸から朝日岳に登り、後立山連峰を南下し、槍ヶ岳の後も西穂高岳まで縦走して上高地に下りるコースを試していました。しかしそれだと9日3時間かかっていました。さらにこれを短縮して1週間で踏破することができないか。それを模索した結果、現在のTJARコースに落ち着いたというわけです。

ところで、TJAR公式では総距離415kmと謳っていますが、私の計算では394kmになりました。まあ、このへんは誤差と思ってください。それから、「通過する3000m峰」を「5(6)山」としているのは、TJARでは槍ヶ岳の山頂直下を通るものの、山頂は通常踏まないから。3000m峰ではありませんが、黒部五郎岳も同様です。それぞれ往復30分~1時間かけて山頂を踏めば、「通過する日本百名山」も11山になるという意味です。





3000m峰踏破コース


登山道総距離:299km

ロード総距離:196km

コース総距離: 495km

標準所要時間:44日

通過する3000m峰:16山

通過する日本百名山:17山


日本海から太平洋を歩くにあたり、コース設定になんらかのテーマを設ける人が多いですが、そのなかでもっともポピュラーなテーマが「3000m峰をすべて踏破する」というもの。

それにはおおむね上の地図のようなルートが基本となりますが、細かいコース取りは人によってそれこそ千差万別。上の地図では親不知スタートとしていますが、これでは3000m峰の立山は通らなくなってしまうので、白馬岳から黒部川を渡って立山側にコースをつないだりする人もいます。

そのほかにも、上記モデルコースには、前穂高岳、仙丈ヶ岳、農鳥岳、悪沢岳の3000m峰が含まれておりません。 あくまで3000m峰全踏破を重視する人は、一筆書きルートにこだわらないとか、少し変則的なコース取りをするなどの工夫が必要です。





登山道重視コース


登山道総距離:326km

ロード総距離:143km

コース総距離: 469km

標準所要時間:40日

通過する3000m峰:12山

通過する日本百名山:16山


できるだけ車道を歩かずに、登山道を長く歩きたい。これは登山者として自然な感情。これをテーマとして設定されたのが上のコースです。

ポイントは、中央アルプスを通らずに八ヶ岳経由としているところ。北アルプスと中央アルプス、そして中央アルプスと南アルプスはそれなりに離れており、ここでどうしても長い車道歩きが発生してしまいます。そこを八ヶ岳経由にすると、前後の車道区間を最小限にすることができるわけです。上高地からは徳本峠を越えて松本に下りる設定にしているのもポイントのひとつ。

このコース、ワンプッシュ49日間で歩き通した人知っています(富士山には寄らないコースでしたが)。当時28歳、登山歴6年の女性。しかも単独。つまり、日本海~太平洋はTJAR戦士のような猛者だけのものではなく、時間さえかければだれでもできるということなのです。





変わり種パターン


変わったところでは、こういうのもあります。日本アルプスを一切通らずに、上信越国境主体で徹底的に山中を行くコースです。登山道とロードの距離などは調べていませんが、興味ある人は調べてみてください。おそらく驚異の登山道率(9割超え?)になるんじゃないかと思います。

コースは、新潟県柏崎海岸からスタートし、越後駒ヶ岳に入山。以降、新潟・群馬・長野・埼玉・山梨の県境を進むというものです。登山道があるところばかりではないので、ヤブこぎして進まないといけない箇所もあります。とくに、西上州付近はなかなか大変だろうことが予想されます。

ちなみにこれもやった人います。35年前にひとりの男性が完歩しています。しかしワンプッシュではなく、32区間に分けて、7年かけてつないでいます。こういうふうに、分割して少しずつ歩くという手もあるわけです。






私の知る究極の変態コースがこれ。東経137度線に沿ってまっすぐ進むというものです。

スタートは愛知県西尾市一色。そこから東経137度線の東西各1kmにおさまる範囲で、最後は能登半島輪島市白米町の海岸まで北上していきます(海洋上を通る能登島部分のみフェリー使用)。2kmの幅が許されているとはいえ、地形とはまったく関係ない地図上の直線をたどらなくてはいけないのだから、かなりの困難が予想されます。

これも実行者います。1980年、ひとりの男性が(部分的に同行者あり)ワンプッシュ39日間で歩いています。歩行中は「登山者というより浮浪者に近かった」そうです。




ということで、これらのほかにもまだまだ未踏のクリエイティブなラインが存在することと思います。地図を眺めながらあれこれ想定してみるのも面白いんじゃないでしょうか!?



2022年6月9日木曜日

山のテント指定地はだれが指定しているのか


山に行くと、多くの人気山域ではテントを張る場所が決められていて、そこは「テント指定地」などと呼ばれています。


それはだれが「指定」しているのか?

山小屋でしょうと考える人が多いかもしれないが、違います。山小屋は指定地の管理・運営を委託されているだけで、指定の主体ではないのです。


ではだれが?

これがよくわからないのです。25年も山岳メディアに携わっていながら、ここについては私も詳しいことをほとんど知らない。それは私だけではなくて、山と溪谷にしろ岳人にしろPEAKSにしろ日本山岳・スポーツクライミング協会にしろ日本山岳ガイド協会にしろ、テント指定地の全貌を把握している人っていないんじゃないだろうか。

なぜ知らないのかというと、知る必要がなかったから。テント指定地というのは、多くの場合、山小屋の付随業務的にゆるやかに管理されてきたし、利用料も1人500円程度と安いもの。そこに義務や権利を意識させるようなものではなかったからです。


ところが最近はそれも変わってきました。コロナのせいで利用料は急騰。1人2000円なんてところも現れています。さらにはSNSの影響。「闇テン」なんて言葉が登場したように、指定地に張らないヤツは登山者失格という空気も醸成されてきました。

となると、そもそもの指定を行なっている責任主体はだれなんだ、という疑問が生じてくるのも必然。私は生じました。


そこで調べてみましたが、仕事の片手間にちょっと調べてみただけではまったくわからん! 全国の指定地一覧表などがあるわけではなく、指定の主体も事業執行の主体もわからない。断片的な情報が集まってくるだけで、全貌がわからないのだ。

どうもこれは登山道と同じで、慣習と縦割り行政と無関心が複雑にからみ合った世界で、そんな簡単にわかるものではなさそうだ。

ということで、断片的な情報をここに溜めていくことで、気長に調べていくことにしました。新たなことがわかり次第ここに載せていく更新型の記事にするので、なにかご存知の方はぜひお知らせください。下のコメント欄でもいいですし、ここでもかまいません。



【6月11日追記】

どうも以下のようなことなのではないか……というところまで考察が進んできました。合ってるかどうかはまだわかりません。

1)テント場ができる(戦前)

2)林野庁が事後承認(戦前~戦後)

3)環境庁ができてそちらに指定権限移管(1970年代以降)

4)以降も実質的業務は土地所有者の林野庁が所管

5)国有林外に作られたテント場の管理状況は場所によってまちまち



日本の国立公園(環境省)

各公園のページに「公園計画書」という資料があり、野営場についての記載があることが多い


中部山岳国立公園(北アルプス)の公園計画書(PDF/環境省)

4ページと6ページ、および104ページ以降に野営場の一覧あり


中央アルプス国定公園の公園計画書案(PDF/環境省)

50ページ以降に野営場の一覧あり


■林野庁のコメント

森山が公式ホームページの問合せコーナーから質問したところ、以下のような回答でした。

「南アルプス、北アルプスなどの国立公園、国定公園に指定されている場所では、自然公園法を所管する環境省の所管となります。その他の場所でのキャンプ場につきましては、所有者(地方自治体、個人など)あるいは管理者が設置しているものと思われます。国有林では林野庁がキャンプ場を設置し、管理、整備を行っています。」


全国国有林地図

膨大な数のPDFがリンクされており、見るのはめちゃくちゃ大変


■北アルプスのある山小屋

テント場についての窓口は林野庁であると(森山が)聞いたことがあります


■関東近郊のある山小屋

自然公園法にはこれまでテント場の指定という条項がなく、テント場は慣例によって運営管理されていたが、近々、なんらかのかたちで明文化する等の議論が予定されているとのこと。



2022年6月2日木曜日

アルパインクライミングとバリエーションルートと本チャンの違い

ロープやクライミングギアを使うなど、普通の登山と比べて難しい登山行為をなんと呼ぶか。いろいろ呼び方はあるのだけど、そのそれぞれが人によって少しずつ認識がズレていることを感じる機会がしばしばあるので、ここで整理してみようと思う。



アルパインクライミング

急峻な岩場や雪、氷などが出てくる難しい山を登ること。



マッターホルンやアイガーなど、ヨーロッパアルプスの山がまさにこれに当てはまります。アラスカやロッキー山脈、南米のアンデス、ニュージーランドのサザンアルプスなどもそうですね。ヒマラヤでやっていることも大きくとらえればアルパインクライミングといえるのですが、8000mなど標高が高くなってくると独特の行動様式やスキルが必要になってくるので、そこは「高所登山」として分けて考えるほうがよいと思います。

日本でアルパインクライミングに相当するのは、まずは冬の岩壁登攀。「冬壁」などといわれるやつです。剱岳や穂高、谷川岳、八ヶ岳などが代表的。

剱岳の岩壁や岩稜は、夏でもアプローチにそこそこの雪上技術を要求されるので、アルパインクライミングといっていいと思います。一方で、瑞牆山のマルチピッチルートなどは氷雪要素ゼロなのでアルパインクライミングではない。夏の北岳バットレスや谷川岳一ノ倉沢などもアルパインとはいいにくいけど、わずかに簡単な雪渓があったりもするので微妙なラインといえなくもない。――という感じ。


瑞牆山のマルチピッチルート


夏の谷川岳一ノ倉沢


これは夏の剱岳八ツ峰




バリエーションルート

ノーマルルートの対概念。

登頂しやすい一般的なルートがまず存在することが条件で、それ以外の登路をバリエーションルートと呼ぶ。

たとえば槍ヶ岳でいえば、もっとも登りやすいノーマルルートは、槍沢(もしくは飛騨沢)~山頂。それに対して北鎌尾根はバリエーションルート。登山道がなく、北鎌尾根でもない場所を千丈沢かどこかから適当に登ってもそれはバリエーションルート。

ここには、雪や氷があることとか、クライミング技術が必要とかの条件はありません。その意味では、沢登りは多くの場合、バリエーションルートに当たります。「多くの場合」と書いたのは、まれに、山頂に達するにもっとも容易なルートが沢登りになる山もあるからです。


ここで説明のために極端な例をあげましょう。

下の写真は私が昔登ったアフリカの岩山ですが(サントメ・プリンシペ民主共和国のピコ・カン・グランデ663m)、私たちが初登頂であり、いちばん簡単そうなところから登ったので、やってることはクライミングそのものではありますが、「バリエーションルートを登った」とはいえません。

近ごろ、欧米のクライマーが数パーティ訪れて私たちよりはるかに難しいルートで登頂に成功しています。彼ら彼女らが登ったのがバリエーションルートということになります。




逆の極端な例をあげると、高尾山北面の樹林をヤブこぎして山頂に達するのはバリエーションルートといえます。




本チャン

古い山ヤにしか通じない言葉かも。これはゲレンデの対概念です。

昔は、ゲレンデと呼ばれる近郊の岩場でクライミング技術の練習をしてから、剱や穂高、谷川岳などのルートに向かうのが一般的でした(関東では三ツ峠や越沢バットレス、関西では六甲堡塁岩などがゲレンデとして有名)。

「ゲレンデは卒業して、そろそろ本チャン行くか!」

なんて会話が行なわれていたものです。要するに、本チャン=本番という意味ですね。

ただし、フリークライミングの普及にともなってゲレンデという呼称がほぼ死語になったので、その対概念たる本チャンも自動的に死語となりました。

――となるのが本来であるはずなのだけど、なぜか本チャンだけは今でもけっこうしぶとく使われているようです。山岳会で登山を覚えた人とかが使っているのかな?




以上のことからまとめると

・アルパインクライミングは登山のカテゴリー

・バリエーションルートは登山ルートの種別

・本チャンはゲレンデの対義語

ということ。

それぞれまったく別のレイヤーの話なのです。


なのだけど、これを全部同じ意味でとらえている人も少なくないようです。私も言葉を扱う仕事をしていなければ、そんなにこだわらなかったと思いますし、難しい所を行くチャレンジングな登山を「アルパイン」とか「バリ」とか「本チャン」とかの言葉でざくっとひとまとめに言い表すのが便利であることも確か。

ただし、もともと意味が異なる用語なので、正しく使うにこしたことはない。人それぞれに認識のズレがある用語を使っていると、コミュニケーションにもズレが生じるし、これから登山を始めようとする人が混乱してしまうこともあるだろうしね。。



2022年2月24日木曜日

日本で2番目に高い山って知ってる?

 

2番だって、いいじゃないですか 「日本No.2協会」立ち上げ:朝日新聞デジタル


日本で2番目に高い山・北岳(3193m)を擁する山梨県南アルプス市の有志がこういう団体を立ち上げたそうです。気持ちはよくわかる。なにしろ、標高第1位の富士山に比べて、北岳の知名度は悲しいくらい低いのだから。登山をやっていない人で「日本の標高2位の山は?」という問いに即座に答えられる人ってどれくらいいるんだろう。

このニュースを読んで、昔書いた記事を思い出した。以下がそれです。




東京・新宿の街を歩いていたときのこと。すぐ目の前を4、5人の男子高校生が歩いている。

「日本でさあ、2番目に高い山ってどこだか知ってる?」

都会の雑踏で、ふつうの高校生が発したこのひとことがいきなり耳に入ってきた。風景のひとつとしてしか目に入っていなかった高校生の存在が突然、気になってしかたがない。なんて答えるんだ? 僕は接近の度合いを強めた。

「知らね」

……やっぱり知らないよね。

答えたひとりが、クイズの主に聞く。

「で、どこなの?」
「いや、オレも知らない」
「じゃ、なんで聞くんだよ」
「いやあ、知ってるかなあと思ってさあ……」

キ・タ・ダ・ケだよ!

日本で2番目に高い山は南アルプスの北岳、標高は3193m。僕はそうしゃしゃり出ていきたい衝動を必死でこらえた。そのうちすぐに、高校生の話題は新しいケータイのことに変わっていった。

金メダリストの名前は多くの人が覚えているが、銀メダリストはすぐ忘れられてしまう。世の中はそんなものとわかってはいる。富士山の知名度にくらべて北岳のそれが比較にならないほど低いことも充分理解できる。しかし……。

北岳はもうちょっと注目されてもいい山ではないかと思うのだ。槍ヶ岳や剱岳の圧倒的な個性にはさすがに及ばないことは、南アルプスファンの僕でも認めざるを得ない。しかし白馬岳や穂高と比べてどうなのかといえばほぼ同等と考えている。穂高には高山植物の豊富さで圧勝だし、白馬岳にはコースのバリエーションで上回る。それに甲斐駒ヶ岳や間ノ岳など南北方向から北岳を見てほしい。ひときわ鋭く突き立った山容にびっくりするだろう。なにより、標高は北アルプスの山すべてをしのぐのだ。

個人的には、北岳という名前がよくないと思っている。あまりにも無個性にすぎやしないか。槍ヶ岳や剱岳、白馬岳などのオリジナリティにくらべてどうだ。どこかの裏山みたいな名前ではないか。国内2番目に高い山がこれだけ知られていないのは、この名前も大きく影響しているに違いないのだ。

ところで、南アルプスで北岳に次いで高い山はどこだかご存知だろうか。

間ノ岳である。

……ちょっと、南アルプスの山のネーミングをしたやつ出て来いと言いたい。「なにかの間にある山」って感じで(名前の由来は本当にそうらしい)、北岳以上にどうでもよさ満点ではないか。

実際にどうでもいい感じのピークならそれでもいい。しかし、北岳の山頂に立ったら南を見てほしい。目の前にそびえる堂々たる量感の山にだれもが目を奪われるはずなのだ。北アルプスでいえば薬師岳のような存在感。しかも標高は国内4番目なのだ。

ツートップが平凡すぎる名前であることが南アルプスの不運と信じている。しかし内容は薄っぺらではないことは保証する。新宿の高校生には求めないけれど、せめて山好きの人にはそれを知ってほしいのである。




これはPEAKSの南アルプス特集の冒頭に載せたエッセイの一部です。この話を「エピソード1」として、南アルプスの特徴を表す個人的エピソードを3つ書きました。ちなみに「2」は「巨大タンカー・赤石岳」、「3」は「高山裏のオヤジ」です。

この記事、締切直前に猛スピードで書きとばしたものなのだけど、なぜかよく書けていて、いまでもお気に入りの記事のひとつなのです。編集部内では「これ実話?」なんて疑われたけど、100%実話!

ちなみに文中に出てくる間ノ岳、この記事が出た数年後に標高が3190mに改訂されて、奥穂高岳と並ぶ国内第3位に昇格しております。



記事が掲載されている本はこれ

2021年7月10日土曜日

6月の北アルプスは危ない

 

穂高で滑落して九死に一生を得た人の動画をYouTubeで見た。やっぱり6月の穂高は危ないなとあらためて思ったのだが、ほぼ同じ時期、ほぼ同じ場所で、自分も過去にかなりヤバい体験をしたことを思い出した。


動画の人は、穂高岳山荘まではなんとかたどり着いたのだが、山荘からの下りで滑落してヘリ救助になっている。まさにそこ! ほぼ同じ時期! まるでデジャビュかと思うほど条件は似通っている。


そのときの顛末を過去にPEAKSに書いたことがある。6月の穂高がどんな感じなのか知るにはそれなりにわかりやすい文章だと思うので、PEAKS編集部の許可を得ずに以下に掲載します。



--------------------------------------------------------------------


6月25日


僕はひとりで涸沢まで登ってきた。あいにく天気はよくなく、断続的に雨が降っている。平日ということもあり、涸沢カールにはだれもいない。テントのひと張りもない。


灰色の空をバックにした穂高の稜線にはガスがからみつき、威圧的な姿を見せている。いつも夏に見ていた華やかな印象とはまったく違う。岩と雪のモノトーンの世界。だれにも頼ることができない圧倒的な大自然が醸し出す妖気に、僕は気圧されていた。


「もう6月末なんだから、軽い装備でライト&ファストにいこう」と、しゃらくさい考えでいた僕の足下はリーボックのローカットシューズ。ピッケルもアイゼンも持っていない。さすがに不安になって、涸沢ヒュッテで軽アイゼンを借りた。


穂高岳山荘に向かって登りだす。遠目にはゆるく見えた雪の斜面は、取り付いてみると意外に傾斜が強い。残雪というと、太陽光でゆるんだグサグサの雪しか知らなかった僕は、雪が意外に硬いことにも面食らった。


やわらかいリーボックの靴はソールにエッジがなく、クロックスのように丸まっている。いくら雪面に蹴り込んでも安定せず、いまにも滑り出しそうだ。小さな4本歯の軽アイゼンはこの傾斜ではほぼ無力。これはたまらん。トラバースして、もう雪が消えていたザイテングラートに逃げた。ああ、ひと安心。


天気はいっこうに回復せず、雨脚は強まってきた。あの広い涸沢カールに僕ひとり。威圧的だった穂高はさらに大きく、高圧的なまでに僕にプレッシャーをかけてくる。時間はもう4時だ。


穂高岳山荘がほぼ同高度に見えてきた。逃げ切れたか。そう思ってちょっとしたふくらみを乗り越えたら、山荘と僕の間は幅100mくらいの急な雪の斜面になっていた。さっきよりずっと傾斜が強い。ここをトラバースしていけというのか。そんなわけないだろう。


ほかに道があるはずだとあたりを見回してみるが、さらに傾斜がきつい雪の壁か岩場があるのみ。どう見てもここしかない。


斜面の下を覗き込む。はるか下に涸沢ヒュッテが1cmくらいの大きさで見えている。1000mくらいはあるのか。スリップしたらあそこまで止まらないだろう。幸い、フォールラインに岩は見当たらないが、1000mも滑っていく間、生きていられるのかはわからない。


周囲には人影はゼロ。トラバースの一歩を踏み出すかどうかは、すべて自分の判断だ。家族の顔が頭をよぎる。ミスしたらすまない。覚悟を決めてトラバース開始。ふにゃっとヨレる靴の足裏に、全身の神経を張り巡らせる。3分の2くらいまで渡ってきたところで、集中力が切れてきた。まずいぞ。最後まで集中しろ。


穂高岳山荘が建つ石段の片隅にようやく足が掛かった。倒れ込むようにゴールテープを切った。もう動けない。極度の放心状態。山荘に入っても言葉がうまく出てこず、山荘スタッフが心配している。でもいいのだ。おれは生き残ったぞ!


下りはどうしたって? 来た道を下るなんてことはもちろんできない。大キレット方面に向かい、南岳から下山した。しかしそっちはまるで記憶にない。ザイテングラートよりはるかに難しいはずの道なのだが、天気は回復したし、稜線上には雪が全然なかったのだ。リーボックは超快調であった。まったく、一筋縄ではいかないぜ、残雪期。

PEAKS 2014年5月号より)


--------------------------------------------------------------------


思うんですが、6月の穂高や剱岳って、一年でいちばん危ない時期なんじゃないでしょうか。6月って、すでに街は夏みたいで半袖短パンで過ごしているし、同じ3000m級の山でも南アルプスや八ヶ岳は、もうほぼ夏と同条件で登れてしまいます。


しかし北アルプスは違います。まだ雪が豊富に残っていて、つまり、「早めの夏山」ではなく、「遅めの雪山」なわけです。そこに夏山気分の軽装で行ってしまい、進退窮まるわけです。当時の私がまさにそうでしたし、今回滑落した方も、装備を見るかぎりそんな感じでした。


6月って、梅雨ということもあって登山者の数が少なく、この時期の北アルプスの危険性が指摘されることはあまりなかったように思います。であるからこそ情報が少なく、登山者の意識と現場のコンディションのギャップが大きくなりやすい。そこに、事故が多発する原因があるように感じます。





上に転載した文章は、PEAKSの記事では後半部分。前半では、めちゃくちゃ快適に登れた5月の体験を書いています。残雪期は、装備とコンディション次第で登山の困難度がものすごく変わる難しい季節なのだ……ということを伝えるのが狙いの記事です。




6月の北アルプスで使える道具


2021年1月27日水曜日

K2冬期初登頂と事実確認について

 1月16日、K2が冬期初登頂されました。そこでこんな記事を書きました。


"4人に1人が死ぬ山"K2の冬季初登頂 「ギャラも出ないのに山に登る意味はない」ネパール人が本気になった(森山憲一)


登頂のニュースを聞いてから、ネットニュースやSNSで流れてくる情報を見ながらぼんやりしていましたが、Number編集部から「書きませんか」と連絡をいただいてスイッチが入り、頭に浮かんだK2登頂経験者4人にすぐさまコンタクトして、30時間後くらいに書き上げました。


登頂経験者に聞いた話や花谷泰広さんのYouTubeがかなり参考になり、書くべきことが明確にイメージできたので、自分でもなかなかうまく書けたかなと思っております。


が、記事公開直後にこのような指摘がありました。



これを見つけたのは、山でテント泊していた真夜中。小便で目が覚めたときにスマホを見て発見し、「はっ!」と青くなりました。幸い電波が十分に通じていたのでネットリサーチして検証。結果、指摘はいずれも正しいことを把握しました。


そこでどう対応するべきか考え、訂正を入れるべきと結論。文面を考え、編集部の担当者にメールで連絡。全部終了したのは午前3時半。目が冴えて眠れなくなってしまったので、そのまま朝を迎えました。


その日中に該当の箇所は書き換えられ、現在は修正後の文章になっています。以下、どのようなミスがあり、どのように修正されたか解説します。



「死亡率」は入山した人の何割が死んだかを示す数字ではない


まず元の文章。記事では冒頭から3段落目です。


 一方で死亡率は高く、これまでの統計によれば、入山者の4人に1人が死んでいる。ほとんどの8000m峰で9割以上が生還しているのに対して、K2での死亡率は際だって高い。「最難の8000m峰」といわれるゆえんは数字でも裏付けられている。


これを以下のように変えました。


 一方で死亡率(死亡者数/登頂者数)は高く、これまでの統計によれば23%ほどにものぼる。ほかの多くの8000m峰では10%以下であるのに対して、K2での死亡率は際だって高い。「最難の8000m峰」といわれるゆえんは数字でも裏付けられている。


「死亡率」というのは英語で death rate や fatality rate と呼ばれるもの。8000m峰の危険度や難易度を比較するときによく使われる数字です。K2やアンナプルナ、ナンガパルバットが突出して高く、その数値は過去に何度も見た記憶がありました。原稿を書くときに具体的な数字を竹内洋岳さんのサイトで確認したところ、K2は23%(竹内さんのサイトでは「生存率」として77.1%と表記)。過去に見たことのある数字と大差なかったので、「4人に1人」という表現を使いました。


が、この死亡率の正体は、死亡者数を登頂者数で割ったもの。そこには、途中撤退した人の数はカウントされておりません。したがって「入山者の4人に1人」という表現は明らかに間違いなわけです。だって、途中撤退した人はおそらく登頂者より多いのだから。「いくらK2といえども、入山者の4人に1人も死んでるわけないだろ」と、書くときに気がつかなければいけなかった。


そこで本文は以上のように書き換えてもらったわけですが、記事タイトルには "4人に1人" が残っています。厳密にはここも変える必要があるのですが、タイトル付けは編集部権限であるし、タイトルを変更するのは難しいと思うので、そこは編集部におまかせしました。幸いタイトルには「入山者の」という言葉は入っていなかったし、象徴的な表現として、ぎりぎり許されるか……と納得していますが、本来はアウトでしょうね。


あと、じつはもうひとつ忸怩たる部分があります。23%という死亡率は2018年までのもの。翌2019年はK2登頂豊作の年で、30人ほどが登頂に成功したようです。一方で死亡者はゼロと思われます。つまり、最新の死亡率は20%ほどになるはずなのです(ネパールチームの今回の初登頂でさらに下がったはず)。ただし2019年の正確なデータが見つけられず、そこはスルーしてしまいました。ここも厳密にはアウト案件ですね……。



ミンマ・シェルパは何人もいる


ふたつめのミス。


記事3ページ目で、ミンマ・ギャルジェ・シェルパというクライマーを紹介しています。現在は修正されていますが、もともとの文章ではこのミンマ・ギャルジェが8000m峰を14山全部登っていると書いていました。


[修正前]

今回のもうひとりのリーダー、ミンマ・ギャルジェ・シェルパも、8000m峰14山をすべて登っており

[修正後]

今回のもうひとりのリーダー、ミンマ・ギャルジェ・シェルパも、8000m峰を13山登っており


なぜこういうミスが起こったかというと、今回の登頂メンバーのなかに「ミンマ・ギャブ・シェルパ」という人物がいて、14山を全部登ったのはギャブのほうだったのです。まさかそんなことがあるとは思いもよらず、ギャルジェとギャブを完全に混同していました。


このへんの情報ソースはほとんど英語。アルファベットだと Mingma Gyalje Sherpa と Mingma Gyabu Sherpa。しかもギャルジェは「Mingma G」と名乗ったり表記していたりするケースが多く、ギャブの存在を知らなかった私は同一人物視してしまっていました。


ちなみに今回のチームにはミンマ・テンジ・シェルパという、「第三のミンマ・シェルパ」もいます。シェルパの名前ってバリエーションが少なく、同姓同名とか同じような名前の人が多いのです。ライター泣かせですね。



ところで指摘をしてくれた「ひゅ~む」さんという人は、山写さん騒動のときにも、ヒマラヤンデータベースを駆使して完璧な証明をしていた人物。世の中にはこういう情報通がいるので、ネットで記事を出すときは気が抜けません。



記事中でふれた花谷泰広さんの動画はこちら。ヒマラヤ経験者でないと語れない話で、しかもとてもわかりやすいです。




2020年12月2日水曜日

『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』感想


 

話題のこの本。発売前に読んでいたので感想を書いておこうと思う。


上に載せたのは集英社の宣伝用POPで、私のコメントが載っているが、本の端的な感想としてはこのとおり。これは宣伝用に書いたコメントではなく、献本をしてくれた編集者に送ったメールの一部が使われたもので、率直な感想そのままである。


実を言うと私も、一時期、栗城さんについて本を書こうかと考えたことがある。『トリックスター』というタイトルまで思いついていた。

(トリックスターというのは、「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者である。 往々にしていたずら好きとして描かれる。 善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である<Wikipediaより>」らしい。まさに栗城さんにピッタリのタイトルではないだろうか)。


が、結局書かなかった。自分には「栗城史多について書く理由がない」と感じたのが最大の理由である。存命の人ならまだしも、故人、しかも亡くなって間もない人についてものを書くには、相当の関係性か、書かなくてはならない状況的理由がなくてはならないと思う。私にはそれがなかった。せいぜいネット記事を数本書くくらいが、私に見合ったボリュームであった。


そして『デス・ゾーン』を読んで、やっぱり書かなくてよかったなと思った。『デス・ゾーン』は私が想定したものと方向性は大体同じ。私が書いたら、同じような内容で情報が薄いという、劣化コピーのようなものになっていたはず。栗城史多について一冊書くという難しい仕事に説得力を持たせられたのは、著者の河野啓さんならではだったと思うのである。


河野さんは、10年ほど前に栗城さんを取材していたテレビディレクター。当時は、長期にわたって毎日のように会う、それこそ密着取材だったらしい。NHKなどの全国放送が栗城さんを取り上げる前で、栗城さんがこれから本格的に世に出て行こうとしていたころだ。


つまり河野さんは、栗城さんが虚飾をまとう前の素の姿をかなり知っている人であり、同時に、栗城さんが世に出る後押しをした初期の重要人物のひとりともいえる。河野さんには栗城さんについて「書く理由」があったのだ。


河野さんは、装飾も揶揄もせず、事実ベースで淡々と栗城史多という人物を描き出していく。その結果として、栗城さんの弱さやズルさもあからさまになるので、故人に酷すぎると感じる人もいるかもしれない。


だが私はそうは感じなかった。河野さんの筆致からは、栗城さんを貶める意図も持ち上げる意図も感じられず、ただただ、栗城史多という人物の真の姿を知りたいという意図しか感じられなかったからである。


ある対象を表現する場合において最も誠実かつフェアな態度というのは、真実に忠実になることだと信じている。不当に貶めることが不誠実なのはもちろんだが、実態以上に褒め称えるのも、対象の存在を本当には見つめていない態度だと考える。


「誠実な本」と表現したのは、このあたりに河野さんのとても真面目なスタンスを感じたからである。河野さんは愚直に栗城さんの実像を描き出そうとしている。その結果、浮かび上がるのが、実は意外なほどに愚直で不器用だった栗城さんの姿である。


「愚直で不器用」というのがマイナスポイントかというと、まったく逆。栗城さん本人の著書『一歩を越える勇気』や『NO LIMIT』からはなんのリアリティも感じられなかったのだが、『デス・ゾーン』で描かれる、エベレストにある意味愚直に通い続ける栗城史多の姿には人間味を感じたし、共感できる部分も少なからずあったのだ。


河野さんは栗城さんになかば裏切られるようなかたちでテレビ取材を中断するはめになった経緯があるという。栗城さんに対しては複雑な思いがあったらしいのだが、本書の取材で栗城さんのさまざまな面を知るにつれ、あらためて栗城さんのことを好きになれたと語っていた。


好きになれるとまではいかないが、私の読後感もそれに近い。とにかく不思議で、わけがわからず、うさんくさくもあり、共感できる余地はほぼなかった栗城史多という人物はいったい何者だったのか。本書を読んだことで、それが実感をもってかなり理解できるようになったように思う。



*著者の河野啓さんにインタビュー取材をしました。記事は1月発売の『BE-PAL』に載る予定です。


【2021.4.11追記】

BE-PALのウェブで記事が読めるようになりました。こちらです。






2020年11月21日土曜日

山梨県の統計が語る登山届の現在

 

遭難者の登山届提出の割合が少ないのは「お忍び」登山が原因、では無さそう - 豊後ピートのブログ


山梨県でこの夏、登山届の提出割合が低かったのは、コロナ禍中で後ろめたさがあったからでは……と報じる読売新聞の記事に対して、「それは違うんじゃないか」と分析した記事。


富士山や南アルプスに登れなかったから、登山者がほかの低山に向かい、その結果、登山届の割合が低くなったのではないかというのが、ブログ記事の結論。私もブログ主の結論を支持します。


ところでこの記事で初めて知ったんですが、山梨県では、登山届がどのように提出されているのか統計を公表しています。




2017年以降の数字しかわかりませんが、これを見ていると、いろいろ興味深い事実が浮かび上がってきました。


・今年3月まではコロナの影響はほとんどなし
・4月から登山者が急激に減り、ピークの5月は例年の10分の1以下
・8月から登山者数はかなり復活してきているけれど、それでも例年の5~6割
・登山届提出の中心手段はコンパス(4割)と登山口ポスト(5割)
・冬はコンパスから提出の割合が顕著に増える
・登山届提出数は増加傾向にあるようだけど、データが少ないのではっきりとはわからない
・郵便、ファクスで登山届を出す人はまだそこそこいる


これは山梨県だけの統計なので、全国的にいえる話ではないかもしれないけど、コロナの影響なんかはかなり体感に近い感じがする。あと、コンパス利用、思ったより多いんだなというのが個人的感想。


2020年6月7日日曜日

【登山4択クイズ】結果発表

先日、このような登山クイズを作って公開しました。


登山4択クイズ


公開以降、2週間で2946人もの方がトライしてくれました。ありがとうございます! 作った甲斐があったというものです。






そもそもこのクイズは、これのマネをしたものでした。

クライミング4択クイズを作ってみた!


これはMickipedia(植田幹也)さんという人が作ったものなのですが、やってみたらすごく面白くて、「登山版もできるじゃん!」と思いついて作ってみたというものです。


このMickipediaさんは、クイズ公開後、結果の分析レポートまで出していて、それがまたすごく面白かったので、これまたマネして、以下、登山4択クイズの結果分析をレポートしようと思います。



【警告】

以下、完全にクイズのネタバレを含みますので、まだクイズをやっていない方は、ぜひやってみてから以下を読み進めることをおすすめします。結果分析が10倍面白く読めると思いますので。













よろしいでしょうか。


では結果レポートを始めます。




回答者数は2946人、平均点は30点満点で13.12点でした(6月6日22時時点)。


ちょっと難しかったですかね……。基本的に自分が知っていることしか問題として頭に浮かばないので、客観的な難易度がいまいち見当がつかなかったんです。


Mickipedeiaさんのクライミングクイズの平均点が15.43点だったので、なんとなくの体感値としてそれくらいの難易度を目指したつもりだったんですが、少し難しくなりすぎたみたい。


随所に引っかけ問題とか、たとえネット検索してもまずわからないような難問とかも入れたので、29点以上の「生き字引」クラスをゲットする人はいないだろうと思っていました。


が、予想に反して35人も! 満点獲得者が現れたときは本当に驚いたのですが、何度もトライしている人がいたようで、高得点ゾーンに少なくない人がいるのはそのせいかと思われます(複数回トライを禁じるつもりはなく、逆に何度もやりたい人は納得いくまでやってほしかったので、全然問題はないです)。


直接知らせていただいて、私が把握しているなかでのオンサイト最高点は28点。初見でこのクイズ28問正解するのはマジですごいと思います。私には無理だな。仮に他人が作った同程度の難易度のクイズを自分がやったら、22点くらいじゃないかなと見積もってました。


一方、7点以下は「逆にすごい」クラスと設定していました。4択クイズなので、全問適当に答えたとしても、確率的に7.5問は正解できるようになっています。その数学的確率を超えて外し続ける引きの強さは、まさに「逆にすごい」。このナイスなクラス設定もMickipediaさんをマネしております。



正答数人数順位上位率偏差値クラス
00人21.1
逆にすごい
10人23.3
20人25.5
33人2943位100.00%27.7
48人2934位99.90%29.9
528人2907位99.60%32.1
672人2834位98.70%34.3
7114人2721位96.20%36.5
8170人2551位92.30%38.7
高尾山
9226人2325位86.60%40.9
10257人2068位78.90%43.1
丹沢
11297人1771位70.20%45.3
12248人1523位60.10%47.5
13301人1222位51.70%49.7
14250人972位41.40%51.9
15230人742位33.00%54.1
北アルプス
16195人547位25.20%56.3
17152人395位18.50%58.5
18101人294位13.40%60.7
1971人223位9.90%62.9
2039人184位7.50%65.1
山岳ガイド
2147人137位6.20%67.3
2217人120位4.60%69.5
2323人97位4.00%71.7
248人89位3.30%73.8
258人81位3.00%76
8000m峰登山家
2620人61位2.70%78.2
277人54位2.00%80.4
2818人36位1.80%82.6
2917人19位1.20%84.8
生き字引
3018人1位0.60%87


得点分布はこうなっています。細かい数字が合わないような気がしますが気にしないでください。Mickipediaさんのほうでは出していた偏差値も出したかったんですが、偏差値の計算方法が難しくてどうしても理解できず、断念しました。
*ある方が計算してくれました!


これを見ると、19問正解までが上位10%以内に入ってしまうのだから、やっぱり難しすぎましたね。得点分布のグラフを見ると、Mickipediaさんのクイズは左右均等にきれいな山を描いているのに対して、今回のクイズは左に寄ったいびつな形をしています。それから、なぜか真ん中(12問正解)がガクッと少なくて、頂上が陥没あるいは双耳峰的な形に。これはなぜなんだろう? 理由がわかりません。







問題ごとの正答率

カテゴリー/レベル問題正答率
問1 山Lv.1登山者数80.7%
問2 山Lv.2百名山でない山53.5%
問3 山Lv.3槍ヶ岳の標高43.8%
問4 山Lv.4鷲羽岳56.1%
問5 山Lv.5最高峰が低い県57.7%
問6 山Lv.6一尺八寸山22.3%
問7 技術Lv.1パッキングのセオリー75.9%
問8 技術Lv.23000mの気温70.3%
問9 技術Lv.3必要な水の量70.7%
問10 技術Lv.4雪崩埋没時の生存時間61.9%
問11 技術Lv.5雪渓のルート41.0%
問12 技術Lv.6ヤブこぎグレード20.3%
問13 ギアLv.1防水でない素材57.6%
問14 ギアLv.2クランポン51.5%
問15 ギアLv.3パタゴニアのロゴ48.9%
問16 ギアLv.4デニール46.9%
問17 ギアLv.5パーテックス34.8%
問18 ギアLv.6カネボウのザック39.9%
問19 登山史Lv.1エベレスト初登頂44.5%
問20 登山史Lv.2剱岳初登頂55.6%
問21 登山史Lv.3日本アルプス命名者13.5%
問22 登山史Lv.48000m14座18.6%
問23 登山史Lv.5上高地のバス24.8%
問24 登山史Lv.6谷川岳衝立岩15.9%
問25 その他Lv.1古い登山雑誌50.4%
問26 その他Lv.2山岳遭難者数30.4%
問27 その他Lv.3日本山岳・スポーツクライミング協会41.9%
問28 その他Lv.4アイガー・サンクション26.8%
問29 その他Lv.5股旅の山29.7%
問30 その他Lv.6さかいやスポーツ26.6%


正答率が25%を下回ったものに色を付けました。こうして見ると、登山史がネックになったことがわかります。クイズをやってくれた人の感想として「後半が難しかった」というものが目立っていたのですが、数字にしてみるとそれは明らか。自分的には前半と難易度を変えたつもりはなかったので、私の知識は登山史とか雑学系に偏っていることがうかがえます。


本当は、レベル1の正答率が80%~90%、6が20%前後で、段階的に正答率が下がっていくのが美しいと思うし、Mickipediaさんの結果はまさにそうなっているんですが、私のは必ずしもそうはなっていないところが、クイズ作成の精度の低さを表しているなと反省。







注目問題の結果解説

個人的に思い入れのあった問題や、結果が予想外だった問題をいくつかピックアップします。




これ、意外と知っている人多いんですね。沖縄と答える人が多いんじゃないかと思ってました。







これはけっこう自信作。グレードの基準がまさか「いまだかつて体験したこともないような猛烈なヤブ」とは思いますまい。私もグレードの存在は知っていましたが、基準までは覚えていませんでした。いきなりこのクイズ出されて正答する自信はありません。







レベル1にしては正答率が低かった問題。これはフューチャーライトが迷わせてしまいましたね。これ、昨年登場したばかりでまだ知名度が高くない素材なのです。レベル1なら、ネオシェルとかハイベントとかエントラントにしておくべきでした。







これもレベルを失敗した問題。解説にも書いたとおり、ストッキングでなじみの単位なので、女性には常識だそうです。







これなんでこんなに正答率高いの!? 「カネボウがザック作ってたなんてだれも知らないだろ~」と思って自信満々に出したのに。けっこう知られている事実なんでしょうか!? それとも、他の選択肢から推測しやすかったのかな。







これは8割9割正解するだろうと思っていたのですが意外。ヒラリーとテンジンというのは、小学校あたりで習ったような覚えもあって、登山史というより一般常識だと思っていたんですが、いまの若い人には知られていない事実なんでしょうかね。







正答率13.5%。今回の最難課題となったのがこれ。すぐ下に有名な名前があるので、圧倒的にそちらに引っ張られています。私はガウランドわりと知っていたのでなんとなくレベル3か4くらいかなと思ったのですが、考えてみりゃガウランドなんて知ってる人限られますね。







有名な人が選択肢にあるとそちらに引っ張られるというのは、ここでも同様な傾向が見られました。ククチカって、80年代には新聞記事にもなったりしてわりと有名だったと思うのだけど、すでに歴史の彼方に埋もれてしまったようであります……。







これ意外と知られていないんだなあというのが感想。しかしこれも考えてみれば、雑誌の創刊年なんて普通は知らないか。私は元山と溪谷編集部員なので、創刊年を覚えていて当たり前。レベル設定を間違えました。







今回最大の自信作。この知識をドヤりたいがためにクイズを作ったといったも過言ではありません。「地球最大」はわからないだろう~。「銀河系最大」という選択肢も自信作で、こちらを選ぶ人がけっこういるんじゃないかなと予想していましたが、案の定けっこういて私は満足です。


ちなみに証拠はこれ。70年代のさかいやはパンクでした。








まとめ


クイズを作りながらつくづく感じたのが、Mickipediaさんの作ったクライミングクイズの完成度の高さ。Googleフォームを利用したことも、全30問にしたことも、4択にしたことも、カテゴリーやレベル分けのやり方も、すべてが具合がよく、変える部分を思いつきませんでした。比べてみてもらえばわかりますが、私が作った登山クイズは、まんまクライミングクイズのフォーマットにのっとっています。


面白いと感じた方は、ぜひオリジナルのクイズを作ってみてください。このMickipediaフォーマットは非常に優れているので、これをマネすればOKです。Googleフォームもとても優れています。私は初めて使ったのですが、直感的にすぐわかりました。これ以外のこともできるようなので、カスタマイズもいろいろできます。


気が向いたら第二弾作ります。
それでは!