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2017年8月17日木曜日

TJAR写真集外伝・高橋香と岩崎勉の熱走


先日発売された写真集『TJAR』の巻末に、トランスジャパンアルプスレース(TJAR)とはなんたるかという文章を書きました。


その最後のほうに、こんなことを書いています。


だれもがレースの主役であり、その証として、ゴールを果たしたときに、優勝者よりも周囲の感動を呼ぶ人も少なくない。


これだけ読むとなんだかきれいごとのようにも聞こえますが、ここを書いたときには、あるふたりの人物を頭に浮かべていました。


ひとりは、2006年の第3回大会で完走を果たした高橋香さん。もうひとりは、2016年の第8回大会で完走した岩崎勉さんです。




伝説のラストラン、高橋香


高橋さんは、2004年の第2回大会に初出場して、無念のリタイヤ。8日目の21時32分、制限時間まであと2時間半のところで心が折れ、井川でレース続行を断念しています。


どうしても完走を果たしたい高橋さんは、2年後の第3回大会にもエントリー。この大会は、出走者6人のうち4人が早々に脱落する波乱の大会になりました。高橋さんも前回よりは速いペースで進んだものの、南アルプスを越えて井川に下りてきたときには、すでに最終日8日目の朝8時。それまでのペースを考えると、制限時間内の完走は微妙という時間でした。


しかしここから高橋さんは、周囲が驚く激走を見せます。このとき、選手に密着していたカメラマンの柏倉陽介や運営の方から届く報告に、私は心動かされました。


「高橋さん、井川に現われました。今日中のゴールは難しいかも…」

「高橋さん、すごい勢いで走ってます!」

「コンビニで買い物中。元気そうです!」

「現在××地点。これ、もしかしたらいけるかも!!」

「19時25分、大浜海岸に着きました!!!」


このときの優勝者は、同じ日の10時48分にゴールした間瀬ちがやさん。これは現在のところ唯一の女性優勝という貴重な記録なのですが、私は高橋さんがゴールしたときのほうが感激しました。間瀬さんには申し訳ないのですが、それだけ、最後の高橋さんの走りは鬼気せまるというか、どうしても完走したいという執念を感じさせるものだったのです。まさに熱走。


今回、写真集の文章を書くために過去の記録を見返していて、高橋さんがこのラストランをどれだけがんばっていたのかという裏付けを発見しました。井川から大浜海岸まで、高橋さんの所要時間は約11時間。現在とはチェックポイントの位置が違うので正確な比較はできませんが、これは、昨年、4日23時間52分という驚異の新記録で優勝した望月将悟さんの区間タイムとあまり変わらないのです!


ふだんの高橋さんはもの静かで、情熱を内に秘めるタイプでした。その高橋さんが見せた完走への執念。そこに私は感動したのです。


ところが、翌年、高橋さんは奥多摩で行なわれていたレース中に、心臓発作で帰らぬ人となってしまいました。この知らせには本当に驚いたし、今でも残念でなりません。


ご両親・ご家族は、高橋さんが情熱を傾けたTJARを知りたい、なにか力になりたいという思いから、その後、レースの手伝いなどをされていました。このことにも、私は胸が熱くなるものがありました。




10年越しの完走、岩崎勉


もうひとりは岩崎勉さん。


2014年、南アルプス兎岳で(森山撮影)



岩崎さんは2006年の第3回大会に出場している、TJARの歴史のなかでもかなり初期メンバーのひとりです。これまで4回出場をしていますが、なかなか完走を果たすことができていませんでした。


2006 菅ノ台でタイムオーバー
2008 不参加
2010 選考会で出場資格を得られず
2012 タイムオーバーとなったが走り続け、8日23時間23分でゴール
2014 西鎌尾根で、救援者支援のためレース離脱


高橋香さんが激走を見せた2006年は、中央アルプスを越えたところでタイムオーバー。2012年は、8日間という制限時間を超えても、自身のチャレンジとして走り続けて太平洋に到達。このときすでにレースは終了しており、深夜でもあることから、海岸にはだれもいないだろうと予想していたけれど、多くの人が待っていてくれて感激したといいます。


台風の直撃を受けた2014年は、運営からの要請を受けて、自らレースを離脱。大荒れの北アルプス稜線上で、救援者の支援にまわりました。この直前には、コース上でうずくまっている選手を見つけ、安全を確認したので先に進んだものの、どうしても気になり、戻ったりもしています。本当にいい人なのです。


2016年大会の最終日、ネットでレースの動向をチェックしていた私は、その岩崎さんが、時間内にゴールできそうなところを進んでいることを知ります。がんばれ!! 思わず画面越しに応援の声をかけそうになりました。


そして17時48分。




どうですか、この最高の表情。私はこれを見たとき、涙が出そうになりました。TJARのゴールシーンというのは、だれもが最高の顔をしているのですが、わたし的には、この岩崎さんの顔がTJAR史上ベストです。


で、そう感じたのは私だけではなかったようです。


ここに私が大好きな一枚がありまして、残念ながら写真集には使えなかったのですが、ぜひ見てもらいたいので掲載しておきます。




ゴールに向かって砂浜にデカデカと書かれた「イワサキ」ロード。みんなが岩崎さんのゴールを心待ちにしていて、その瞬間がついにやってきた。もし私が岩崎さんだったら、これを見たら泣いちゃうと思います。


この年の大会は、望月将悟さんが大記録で優勝したのですが、少なくとも私にとっては、その優勝シーンよりも感動したゴールがこれでした。そしてそれは、私だけではなかったはずだと思うのです。






……と、選手の話を書き始めたらやっぱり長くなってしまいました。ともすればきれいごとに聞こえるわずか3行の文章の背後には、こういうストーリーがあったのです。


きっと、私の知らないところで、私の知らないストーリーもたくさんあると思います。写真集のゴールシーンを見ていたら、そんなことを感じました。思いが迫ってくるような見応えある写真の連続。






ということで、『TJAR』写真集、ぜひ見てみてください。高いのでなかなか手を出しにくいですが、ビクトリノックスの原宿神宮前店で、8月27日まで写真集見本の展示をしています。貴重な立ち読み可能な場所です。ほか、パネル写真の展示もしています。







さらに。
ただいま、北~中央~南アルプスのコース上にある山小屋全39軒に、写真集を背負って届けるというプロジェクトも敢行中です。1冊1.7kgあるので、「これ、手持ちで全部届けるのは無理だろ!?」と言っていたのですが、TJAR出走経験者が12人も協力してくれることになりました。これ以上ない強力な飛脚の登場により、今シーズン中に全冊配布を終えられそうです。一部の小屋にはすでに置かれています。ここも貴重な立ち読み可能な場所ですので、登山で寄った際にはぜひ見てみてください。





写真集「TJAR」 | tjar photo book on the BASE

TJAR Photo Book Facebookページ

2017年7月25日火曜日

TJAR Photo Bookできました

ここのところなにかと忙しく、ブログの更新もすっかり間があいてしまいました。この間、前回・前々回に書いた栗城史多さんの記事がプチ炎上状態でたいへんでした。会う人会う人から「読みましたよ」と言われ、ついには「栗城史多」で検索すると、このブログが1ページ目に表示されるという事態に。


じつはこの間、栗城史多さん本人にも会いました。あるメディアが興味をもってくれて、取材をしようとしたのですが、記事化は断られ、「会うだけなら」ということで、本当に会うだけ会って、1時間半ほど話をしてきました。


感想としては、前回・前々回のブログはとくに修正の必要はないな、ということ。そして、取材として受けてもらえない以上、これ以上こちらにはできることはないので、この件は自分的には終了というか、一段落という感じです。




で、まるで別件。


この間、すごい本の制作にかかわっておりました。15000円の写真集です。トランスジャパンアルプスレースという、世界一過酷な山岳レースを4人のカメラマンが追ったものです。箱入りハードカバー/布張り金箔押し/オールカラー160ページという、出版社勤務時代にもやったことのない超豪華な製本。私は巻末の文章執筆を担当しました。



2002年に始まったこのレース、当時から興味を持っていて、自分自身、取材をしたり、関係者に会ったりしたことも何度もあります。レースにかかわっている人たちがとにかく純粋で、レース云々もさることながら、その人間的魅力に惹かれました。おっと、ここを書き出すと10000字くらい止まらないので、そのへんの詳しいことはまた別の機会に。


写真集の発売は8月11日(山の日)。
発売に合わせて、出版イベントをやります。収録写真のパネル展示やスライドショー、トークタイムなどもやりますので、興味のある方はぜひお越しください。



日時:8月11日(金・祝・山の日) 10時~16時

会場:ビクトリノックスジャパン株式会社 1Fショールーム
   東京都港区西麻布3-18-5

スケジュール
10:00 オープン
10:30 カメラマンあいさつ&トークショー
12:00 スライドショー
13:30 TJARについてQ&A(岩瀬幹生・飯島浩ほか予定)
15:00 選手・主催者トークショー
16:00 閉会
*10時開場〜15時入場終了/16時閉会


予約や入場料は不要で、好きな時間に来て好きな時間に帰っていただいていい、フリー入場スタイルです。会場では写真集の展示即売のほか、収録写真のパネル展示などもありますので、好きに見ていってください。イベント内容については変更等もありえますので、最新状況は以下でチェックしてみてください。



写真集はただいまこちらで予約受付中。15000円の本を中身も見ないうちから予約する人はかなり稀だと思いますが、こちらもどうぞ見てやってください。



【追記】
タイトルに「できました」と書いてしまいましたが、まだできておりません。ただいま絶賛印刷・製本中であります。校了したというだけで、現物はわれわれもまだ見ていないのです。



2016年5月17日火曜日

"The 9th Grade"


先月行ったシャモニで買ってきた本。フリークライミングの150年にわたる歴史を、人物中心、写真中心に解き明かしていくというもの。あまりにもすばらしい本です。


昨年フランスで出版され、書店ではフランス語版と英語版両方売ってました。買ってきたのはもちろん英語版。フランス語は読めないからね。もうあまりのすばらしさに値段見ないで買ってしまったのでいくらだったか覚えておりませんが、50ユーロくらい(6000円くらい)だったかな。


著者は、ダビド・シャンブルというフランス人クライマー。版元はles editions du MONT-BLANCというところで、ディレクターという肩書きでカトリーヌ・デスティベルの名前も入っています。


とにかくすばらしい本です。英語が読めなくても、眺めているだけでお腹いっぱいになれる充実写真の連発。とはいえ、文章も読みたいので、有志の方、手分けして訳しませんか。


まあ、とにかく見ていただきたい。


こんなころの話から本は始まります


エミリオ・コミチ! かっこいい


ボルダリングの教祖ジョン・ギル


やはりというか、この写真も登場。70年代ヨセミテ・ストーン・マスターズ


当然エドリンガー(エドランジェです)! やっぱりイケメンでしたね


わたくしが大好きだったカトリーヌ・デスティベル


これ、1982年のコンペだそうです


キレキレだったころのジョニー・ドウズ


ギュリッヒの話は欠かせません


リン・ヒルさんもです


幻の天才、エリー・シェビューも出てきます。マニアはたまらん


ミッドナイトライトニングvsグロヴァッツ。この写真は初めて見たかも


われらが平山ユージは原寸大くらいの顔で登場


疑惑の男フレッド・ルーラン。こういうマニアックなネタもしっかりおさえてます


破壊王ニコル


この見開きかっこいい


そしてクリス・シャーマ登場


冒険王ディーン・ポッター。このあと、アレックス・オノルドも出てきます


コンペ写真もしっかり収録


左は安間佐千、右は野口啓代。昨年の本なので最新事情までフォローされています


ラストを飾るのはやはりこの人なのでしょうか。未来人アダム・オンドラ


と思ったらさにあらず。クライミングのもうひとつの到達点、トミー・コールドウェル





ああ……おれはこういう本が作りたかったのだ――と、原点を思い起こさせてくれる一冊でした。


Amazonにも売ってました。と思ったら、これはフランス語版。英語版が欲しい方は、上の版元のサイトなどを見てみてください。




25cm×28cm×厚さ2.5cm、重さ1kg以上。この大きさに中身がつまってます。これだけの充実したクライミング本は見た記憶がありません。クライミング好きなら絶対買って後悔しないはず!




【追記】

Amazonに英語版も売ってました!








【2020.3.25追記】

2018年に改訂版が出ているようです。初版より8ページ多いみたいなので、初版出版後の最新事情が追加されているのかもしれません。









2015年8月9日日曜日

アルピニズムと死





わたくしのアイドルであり大先生、山野井泰史さんの最近刊、いまごろ読了。


内容的には前著『垂直の記憶』のほうが読み応えがあったのだけど、
それ以前に、
「です・ます」調と「だ・である」調が混在していたり、
タイトルと内容がイマイチ合っていなかったり、
編集上の問題点が気になったな。
意図的なものなんだろうか。
もうちょっとていねいに編集したら読み応えは上がったような気がする。


いちばん印象に残ったフレーズはこれ。

次に展開される風景にいつも期待感を持っているクライマーでありたい。山が次々に出題するパズルを素早く解決できるクライマーでありたい。

山登りの醍醐味って私もこれだと思うんですよ。


昔、『山と溪谷』の記事で、同じような意味合いのこと書いたことがあります。
「ここから北鎌尾根はさまざまな課題を出してきた。それに正解すれば次へのルートが開かれ、間違えば行き詰まってやり直しだ」……みたいなこと。
引用したかったのだけど、当時のヤマケイは手元にほとんど残しておらず、確認ができない(残していなかったこと後悔してます)。


山登りはパズル。
そこにいちばんの面白みを自分は感じているので、
大先生も同じようなこと考えていてうれしくなったのでした。



ちなみにこの本に出てくる西上州一本岩という岩塔。
これにトライした「4人のクライマー」のうちひとりは私です。
「4人の優秀なクライマー」と書かれていますがそれは間違いで、
4人の中では私がダントツでヘボでした。