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2023年6月6日火曜日

ROCK & SNOWはなぜつまらなくなったのか

 

「ロクスノ」はなぜつまらなくなったか|Tomahawk


このような記事を読んだ。

真面目な論考であり、指摘の多くは的を射ているとも感じる。かつて編集長を務めた者として、そして今でもこの雑誌の編集に少し関わっている者として、以下思うところをスピード執筆してみる(時間がないのでとりあえず気づいたことのみ。後で追記するかも)。



■「つまらなかった記事」シューズテスト
なぜこれが続いているかというと人気があるからである(もうひとつの理由は編集的に作るのがラクだから)。確かに自分も、最近のテストは工夫がなくて面白くないと感じる。しかし人気があるという事実を無視をしてはいけない。記事の作りは改善の余地ありと思うけれど。



■編集力の低下

(記事より引用)


すごいデータだ。貴重なデータでありがたい。

ただし、雑誌の編集者ってけっこうあいまいで、単純にマンパワーとしてカウントできないことがある。Editorなどとして名前が載っていても、ほとんど何もしていない人がいる場合もあるし、企画会議で意見を言うだけの人がいたりすることもあるし、ある部分において限定的に関わっているだけの人もいる。人数=マンパワーと必ずしもならないのだ。

そこらへんは雑誌によっても異なったりする。本当に実質的な編集者として機能している人だけに限定して名前を記す雑誌もあれば、ほとんどお友達レベルの人まで記す雑誌もある。ROCK & SNOWでいえば、比較的実情に合った記載をしていると思うが、それでも名前が載っている人の間でかなりの濃淡はある。

たとえば私も最近名前を載せてもらっているが、実際の働きは、企画会議に出席することと、各号1~2企画(2~15ページほど)を担当することくらい。編集者の働きとしてはけっこう限定的だと思うので、「ロクスノの編集やってます」と積極的に公言はしていない。

このへんは内部事情を知って精密な議論をしないとイマイチ意味がないことになってしまうので少し注意は必要かな。ちなみに言うと、現在のROCK & SNOWは実態的なマンパワーが減少傾向にあるのは確か。





とりあえず、違和感を抱いた部分のみ、ざっと書いてみた。それ以外の部分は、明らかに的外れというものはとくになく、少なくともひとつの意見として一度受け止める価値のあるものだとは思う。

さしあたり。






【2023.6.9追記】

元の記事にならって、個人的に面白かった記事を私も3つあげてみる。



●VOL. 024(2004年夏号):「OLD BUT GOLD  Mars 5.13d」

杉野保さんの伝説的な連載企画「OLD BUT GOLD」。クライミングの魅力と奥深さを表現できる書き手として、杉野さんの右に出る人物は存在しない。多くの人に強い影響を与え、以後のクライミングの流れを変えたとさえ思える有名な連載だが、私も連載当時は毎号、このページから読んでいた。そして連載史上頂点と私が信じる回がこれ。杉野さんのクライミング愛、吉田和正さんへの思い、すべてのパッションがつまっている。連載史上だけでなく、過去30年の間に書かれたクライミングテキストの頂点に輝く金字塔である。読んだことのない人は絶対に読んでほしい。


とにかく出だしの一文がカッコいい。

「引き潮を狙って、ルーフ下の磯に入り込む。」

こんな一文で始めるなんて、プロの作家でもなかなかできない。


そしてラストがまた最高である。

「吉田は、まだ追いかけている。決してつかまることのない青い鳥を。」

ちょっと、完璧すぎませんか、杉野さん!!





●VOL. 046(2009年冬号):「中嶋徹 トラッドへの一人旅」

当時15歳、英語もろくにできないのにたったひとりでトラッドクライミングの本場イギリスに乗り込み、当地の有名課題を総ナメにした記録。トラッドクライミングの金字塔として知られるビデオ「Hard Grit」をテープが伸びてしまうほど繰り返し見ていた私は、ビデオに出てきた有名課題を15歳の日本人の少年が次々に切って落とす姿に目を見張った。同時に、そのパフォーマンスのレベルの高さだけでなく、読み手に手汗握らせる文章力の高さにも驚かされた。

「クライミングにルールはありません。僕たちはボルトを否定することはできないのです。しかし自由であるからこそ、なんでもできるからこそ、ひとりひとりが責任ある行動をとることが求められているのです。それは、ほかのクライマーに対してであり、未来の世代に対してでもあります。
『高校生が生意気なことを言うな』と思う方もいらっしゃるかと思いますが、高校生に指摘されるほど、ひどい現状があると思います。」

ここを読んだときは背筋が伸びる思いがした。この高校生の言うことこそが正義だと。





●VOL. 072(2016年夏号):「厳冬期黒部横断32日間 剱沢大滝左壁ゴールデンピラー」

厳冬期に32日間もかけて黒部の山奥にある課題を登った3人の男の記録。記事を書いたのは3人のうちのひとり、佐藤裕介さん。10ページにもわたる長い記事で、読み終わったあと、私は放心状態に陥った。「すごいものを読んでしまった……」と。

この記事については、別の雑誌(PEAKS)に書いたことがあり、その感想が的確なので以下に引用しておく。

「6月に刊行された『ROCK & SNOW』というクライミング雑誌に、2016年の全アウトドア雑誌中ベストワンの記事が掲載されている。<中略> アウトドア雑誌という狭い世界のなかでも、一年間に掲載される全記事の数となれば膨大になるはずだ。もちろん私はそのすべてを読んでいるわけではないが、この記事がベストであることは疑う余地がない」

「私は物書きを職業としているが、ここまで力のある文章を書けたことはないし、これからも書けるとはまったく思えない。ライターという職業に絶望を覚えるほどだ――と感じることすらなく、あまりの別次元に、ただただ、すごいという感情しか湧いてこなかった」





<番外>

ちょっと毛色の違ったところで、以下ふたつのインタビューもメチャクチャ面白いのでおすすめ。


●VOL. 016(2002年夏号):「驚異、一本指キャンパスの秘密」

クライミングジム「ビースリー」の元祖オーナー・大島次郎のインタビューなんだけど、話し手も聞き手も自由奔放すぎて面白い。全編、以下のようなカオスが展開されている。

「――高校時代は何かしてたの?」
「ラグビー。ラガーマンですよ。ラガーといえば、サッポロの”ファインラガー”、あれニセモノですよ。1月23日発売で誕生日と一緒だったから『やったー、俺はやっぱりラガーの申し子だ』って大喜びして、箱で買って帰ってきたんです。そして、プシュッて開けて飲んでみたら、発泡酒じゃないですか。『なんだこりゃ!』って感じで。頭にきて全部地面に捨ててやりましたね。やっぱラガーはキリンですよ」




●VOL. 028(2005年夏号):「A DAY IN THE LIFE ソン・サンウォン」

当時22歳の若手トップクライマー・松島暁人が、同じく22歳の韓国トップクライマー、ソン・サンウォンをインタビュー。やたら「!」が多くて発言が短く、若者は国が違えど同じだな~と思えたインタビュー。

「――1年の契約金ってどのくらいなの? シークレットだったら言わなくていいよ」
「大丈夫、韓国のクライマーで知ってる人がけっこういるから、シークレットじゃないよ。300万円ちょっとだね」
「――300万! ウォンじゃないよね?」
「ちょっと待って。ん~、ネルソンとコロンで……そうね、300万円くらいだね」
「――じゃ、新しい車買えるね! 足りてる?」
「うん」
「――グッドか?」
「うん、グッドね!」



2022年6月2日木曜日

アルパインクライミングとバリエーションルートと本チャンの違い

ロープやクライミングギアを使うなど、普通の登山と比べて難しい登山行為をなんと呼ぶか。いろいろ呼び方はあるのだけど、そのそれぞれが人によって少しずつ認識がズレていることを感じる機会がしばしばあるので、ここで整理してみようと思う。



アルパインクライミング

急峻な岩場や雪、氷などが出てくる難しい山を登ること。



マッターホルンやアイガーなど、ヨーロッパアルプスの山がまさにこれに当てはまります。アラスカやロッキー山脈、南米のアンデス、ニュージーランドのサザンアルプスなどもそうですね。ヒマラヤでやっていることも大きくとらえればアルパインクライミングといえるのですが、8000mなど標高が高くなってくると独特の行動様式やスキルが必要になってくるので、そこは「高所登山」として分けて考えるほうがよいと思います。

日本でアルパインクライミングに相当するのは、まずは冬の岩壁登攀。「冬壁」などといわれるやつです。剱岳や穂高、谷川岳、八ヶ岳などが代表的。

剱岳の岩壁や岩稜は、夏でもアプローチにそこそこの雪上技術を要求されるので、アルパインクライミングといっていいと思います。一方で、瑞牆山のマルチピッチルートなどは氷雪要素ゼロなのでアルパインクライミングではない。夏の北岳バットレスや谷川岳一ノ倉沢などもアルパインとはいいにくいけど、わずかに簡単な雪渓があったりもするので微妙なラインといえなくもない。――という感じ。


瑞牆山のマルチピッチルート


夏の谷川岳一ノ倉沢


これは夏の剱岳八ツ峰




バリエーションルート

ノーマルルートの対概念。

登頂しやすい一般的なルートがまず存在することが条件で、それ以外の登路をバリエーションルートと呼ぶ。

たとえば槍ヶ岳でいえば、もっとも登りやすいノーマルルートは、槍沢(もしくは飛騨沢)~山頂。それに対して北鎌尾根はバリエーションルート。登山道がなく、北鎌尾根でもない場所を千丈沢かどこかから適当に登ってもそれはバリエーションルート。

ここには、雪や氷があることとか、クライミング技術が必要とかの条件はありません。その意味では、沢登りは多くの場合、バリエーションルートに当たります。「多くの場合」と書いたのは、まれに、山頂に達するにもっとも容易なルートが沢登りになる山もあるからです。


ここで説明のために極端な例をあげましょう。

下の写真は私が昔登ったアフリカの岩山ですが(サントメ・プリンシペ民主共和国のピコ・カン・グランデ663m)、私たちが初登頂であり、いちばん簡単そうなところから登ったので、やってることはクライミングそのものではありますが、「バリエーションルートを登った」とはいえません。

近ごろ、欧米のクライマーが数パーティ訪れて私たちよりはるかに難しいルートで登頂に成功しています。彼ら彼女らが登ったのがバリエーションルートということになります。




逆の極端な例をあげると、高尾山北面の樹林をヤブこぎして山頂に達するのはバリエーションルートといえます。




本チャン

古い山ヤにしか通じない言葉かも。これはゲレンデの対概念です。

昔は、ゲレンデと呼ばれる近郊の岩場でクライミング技術の練習をしてから、剱や穂高、谷川岳などのルートに向かうのが一般的でした(関東では三ツ峠や越沢バットレス、関西では六甲堡塁岩などがゲレンデとして有名)。

「ゲレンデは卒業して、そろそろ本チャン行くか!」

なんて会話が行なわれていたものです。要するに、本チャン=本番という意味ですね。

ただし、フリークライミングの普及にともなってゲレンデという呼称がほぼ死語になったので、その対概念たる本チャンも自動的に死語となりました。

――となるのが本来であるはずなのだけど、なぜか本チャンだけは今でもけっこうしぶとく使われているようです。山岳会で登山を覚えた人とかが使っているのかな?




以上のことからまとめると

・アルパインクライミングは登山のカテゴリー

・バリエーションルートは登山ルートの種別

・本チャンはゲレンデの対義語

ということ。

それぞれまったく別のレイヤーの話なのです。


なのだけど、これを全部同じ意味でとらえている人も少なくないようです。私も言葉を扱う仕事をしていなければ、そんなにこだわらなかったと思いますし、難しい所を行くチャレンジングな登山を「アルパイン」とか「バリ」とか「本チャン」とかの言葉でざくっとひとまとめに言い表すのが便利であることも確か。

ただし、もともと意味が異なる用語なので、正しく使うにこしたことはない。人それぞれに認識のズレがある用語を使っていると、コミュニケーションにもズレが生じるし、これから登山を始めようとする人が混乱してしまうこともあるだろうしね。。



2020年1月9日木曜日

赤岳鉱泉でG5使ってみました。注目ブランドKAILASもあったよ


1月5日・6日で八ヶ岳に行ってアイスクライミングしてきました。上の写真は裏同心ルンゼ。10年ぶりくらいに行きました。どんな感じだったか、行く前はあまり思い出せなかったのだけど、現場に立ってみると風景はほとんど記憶にありました。


今回は取材仕事。泊まりは山小屋(赤岳鉱泉)で、初日はアイスキャンディで登りました。

アイスキャンディ





ところで赤岳鉱泉では、ギアのレンタルを行なっています。これまで利用したことがなかったのですが、ちょうど試してみたい靴があったので、レンタルしてみました。


使ってみたのはこれ。



スポルティバのG5


いやー、これ、いいですわ……。


とにかくめちゃ軽い。いま履いている靴(ネパールエボ)より200gくらい軽いだけなんだけど、なんだか数字以上に軽さを感じます。歩きもクライミングも明らかに軽快になれる。冬靴も軽くなったなあ。


あと、Boaシステムが便利。靴紐じゃなくてダイヤルで締め込む仕組みなのだけど、調整や脱ぎ履きがものすごくラクです。これはいい。壊れたときに現場で直せないという不安はありますが、このラクさには抗いがたい魅力がある。


あまりにも難点なのがその価格。消費税込みで93500円というのは、あんまりでございますよ。シャモニではスポルティバそんなに高くなかったので、ヨーロッパ行く機会があったらそこで買いたいなと思います。行ける機会がいつあるのか知らんけど。






さて、赤岳鉱泉のギアレンタル、初めて利用してみましたが、これいい仕組みだと感じました。冬ギアを実際に使って試すことができるところって、ここくらいしかないですからね。買うの迷ってるギアがあったら、一回ここ来て試してみる価値はあるんじゃないかと思いました。


レンタル品はこんな感じ。


【ブーツ】
・スポルティバ G5
・スポルティバ ネパールエボ(旧型)
・マムート ノードワンド
・スカルパ レベルウルトラ
・ミレー ダヴァイ
・(もうひとつあったけどメモし忘れた)






【アックス】
・ペツル ノミック
・ペツル クォーク
・ブラックダイヤモンド バイパー
・カシン Xドリーム
・クライミングテクノロジー ノースクーロワール
・ミゾー きら星
・ミゾー 北辰
・グリベル ノースマシンカーボン
・DMM スウィッチ
・コング ソウル
・サレワ ノースX
・カイラス エンテオスⅡ
・カイラス ダガー






【クランポン】
・ペツル 新型ダート
・ペツル リンクス
・ペツル サルケン
・グリベル G22
・グリベル G20
・グリベル ランボー4
・グリベル G14
・カシン ブレードランナー
・クライミングテクノロジー ハイパースパイク
・クライミングテクノロジー ライカン
・カイラス クランツ





アイスツールについては主要どころはほぼ揃っている感じ。


注目はカイラス。最近、マニアの間で話題になっていた中国のブランドです。というとクオリティに疑問を持ってしまいそうですが、これがよくできているというのです。私も現物は初めて見ましたが、質感は欧米ブランド品と遜色ないように感じました。


レンタルは1日500円。詳しい利用規程はここに書いてあったので、参考にしてみてください。







2019年11月3日日曜日

オリンピックのスポーツクライミングに大問題勃発

クライミング協会、代表選考巡りCASに提訴(写真=共同)


東京オリンピックのスポーツクライミング競技が大混乱に陥っています。


オリンピック代表選手の決定方法をめぐって、日本の協会(JMSCA/日本山岳・スポーツクライミング協会)と、国際スポーツクライミング連盟(IFSC)が食い違いを起こし、スポーツ仲裁裁判所という機関での法廷闘争に発展しようとしているのです。


現在、オリンピック代表入りを目指してがんばっている選手が何人もいますが、この騒動の行方次第では代表への道が絶たれてしまう選手もいるのだから、これは大きな問題です。


東京オリンピックの代表決定方法はけっこう複雑で、私も正確に把握しないまま、これまでJMSCAの発表を鵜呑みにしてきました。が、この機会にちょっと整理してみました。


まずは原典にあたる必要があります。以下は、IFSCが定めた、オリンピック選手選考システムの規約です。ここに書いてあることを前提にしながら、話を進めていこうと思います。


QUALIFICATION SYSTEM – GAMES OF THE XXXII OLYMPIAD – TOKYO 2020

第32回オリンピック競技大会(2020/東京)選手選考システム(上記の和訳)





東京オリンピックには何人出られるのか

・男女各20人が出場可能
・20人のうち1人は開催国枠
・20人のうち1人は三者委員会招待枠
・ひとつの国から最大2人(男女合わせて最大4人)出場できる


選手数規定の要点は上記のようなところです。


日本は開催国枠として男1人+女1人は出場できることがすでに確定しておりますが、これは各国ごとの上限人数に含まれるので、日本だけ5人以上出場できるということにはなりません。他国と同様、最大で男2人+女2人までです。



「三者委員会招待」というのは詳細が書かれていないのでわかりません。選考に漏れた選手のなかから、最終的にIFSC権限で出場させたい人を1人選ぶということなのかな?




どうやって出場選手を選ぶのか

選手は以下の大会のどれかに出場することが条件になっています。


1)世界選手権(2019年8月/すでに終了)

2)オリンピック予選大会(2019年11月28日~12月1日/フランス・トゥールーズ)

3)大陸別選手権(アフリカ・アジア・ヨーロッパ・パンアメリカン・オセアニアの計5エリアで、2020年2~5月に開催される)


各段階において、以下のように選考方法が定められています(男女とも同じ)。


1)世界選手権……上位7人までに入るとオリンピック出場権を得られる。

2)オリンピック予選大会……世界選手権でオリンピック出場権を得た選手をのぞいたワールドカップランキング上位20人がこの予選大会に出場できる。ここで上位6人に入るとオリンピック出場権を得られる。

3)大陸別選手権……優勝者がオリンピック出場権を得られる。優勝者が1か2ですでに出場権を得ている選手だった場合は、次点選手を繰り上げ。


7+6+5(大陸別選手権優勝者は5人いるので)=計18人
これに開催国枠1人と三者委員会招待枠1人を加えて、計20人が、オリンピック出場選手となります。


注意点としては、各国ごとの上限人数。たとえば世界選手権で7位以内に入っても、同じ国の選手が上位に2人いたらオリンピック出場権は得られません。実際、世界選手権で日本は男子・女子ともにそういう状況になりました。




JMSCAとIFSCの言い分

8月の世界選手権の結果は以下のとおりです。


男子名前
1位楢﨑智亜日本
2位ヤコブ・シューベルトオーストリア
3位リシャット・カイブリンカザフスタン
4位原田 海日本
5位楢﨑明智日本
6位藤井 快日本
7位ミカエル・マエムフランス
8位アレクサンダー・メゴスドイツ
9位ルドビコ・フォッサリイタリア
10位ショーン・マッコールカナダ

女子名前
1位ヤーニャ・ガンブレットスロベニア
2位野口啓代日本
3位ショウナ・コクシーイギリス
4位アレクサンドラ・ミロスラフポーランド
5位野中生萌日本
6位森 秋彩日本
7位伊藤ふたば日本
8位ペトラ・クリングラースイス
9位ブルック・ラブトゥアメリカ
10位ジェシカ・ピルツオーストリア


・上位7人まで
・ただし1国につき2人まで
という規約を文面どおりに当てはめると、この世界選手権でオリンピック出場権を得た選手は以下のようになります。


男子名前出場権
1位楢﨑智亜日本
2位ヤコブ・シューベルトオーストリア
3位リシャット・カイブリンカザフスタン
4位原田 海日本
5位楢﨑明智日本
6位藤井 快日本
7位ミカエル・マエムフランス
8位アレクサンダー・メゴスドイツ
9位ルドビコ・フォッサリイタリア
10位ショーン・マッコールカナダ


女子名前出場権
1位ヤーニャ・ガンブレットスロベニア
2位野口啓代日本
3位ショウナ・コクシーイギリス
4位アレクサンドラ・ミロスラフポーランド
5位野中生萌日本
6位森 秋彩日本
7位伊藤ふたば日本
8位ペトラ・クリングラースイス
9位ブルック・ラブトゥアメリカ
10位ジェシカ・ピルツオーストリア


これが、現在、IFSCが主張している結果です。日本人は男女ともにすでに上限の2人が埋まったので、これで最終決定といいます(JMSCAによれば「新解釈」と呼ばれるもの)。


それに対してJMSCAが主張しているのは、日本人で出場権を得たのは、男子は楢﨑智亜、女子は野口啓代のみで、他はまだ未定だとするもの。


これだけ聞くと、IFSCの言うことのほうに理があるように思えます。


ただし、JMSCAが主張する決定方法は、すでに今年5月に発表されており、それはIFSCも理解していたはず。JMSCAの方法は本来の規約の拡大解釈と読める部分もあるのですが、JMSCAによれば、IFSCと何度も協議を重ねて問題がないことを確認したうえで作成したものといいます。


このJMSCAの決定方法をIFSCが認めていた証拠もあります。




Day 9: I’m going to the Olympics! 🤯 ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ This morning could not have gone worse; I slipped twice in speed, had a terrible boulder round, and threw a Hail Mary in Lead. Through events, some uncontrollable by myself, I managed to get enough points to qualify for the Olympics. 😍🔥 ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ It feels like a weird dream that I might wake up from at any given second. 🙈 ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ I have to take this moment, this post, to thank everyone around me. The support I feel from everyone is nothing short of amazing. My Canadian Team here on the ground (@alannah_yip @allisonvest @jason.holowach @becca_frangos @lucasuchida , the Canadian staff @head.wilson @climbCanada , our wonder Physio @lenlenlemon , all my sponsors listed below, my management team @delve.media , the whole b2ten organization; people know who they are and I appreciate every one of you. ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ I have had the dream of going to the Olympics since before I can remember; that becoming a reality now, in the sport of climbing that I love so dearly is just ... unbelievable. ❤️ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ ⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀⠀ @adidasterrex | @scarpana | @joerockheads | @verticalartclimbing | @flashedclimbing | @perfect_descent | @visaca #verticalart #climbing #train #canada #instagood #picoftheday #photooftheday #athlete #igers #amazing #sports #fitspo #gymlife #power #fitfam #adventure #fitness #work #workhard #workout #strength #challenge #follow #ninja #gym #fun #olympics #olympics2020
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これは、男子10位のショーン・マッコールと、女子10位のジェシカ・ピルツが、世界選手権直後に更新したインスタグラム。「オリンピック決まったよ」と報告しています。


IFSCが主張するとおりなら、このふたりはオリンピックの出場権は獲得できていないはず。


つまり、少なくとも世界選手権直後の段階では、原田海と野中生萌の出場権は決定しておらず、JMSCAの主張のとおりに物事は進んでいたのです。




ねじれはどこにあるのか


いったいなぜこんなことになっているのか。


関係者に事情を聞いたわけではないので、ここから先は推論になりますが、問題の核心は「事前協議」の内容にあるのではないでしょうか。


JMSCAは、代表決定方法についてIFSCと協議を重ねて作成したと言っておりますが、そこでどんな話を、だれと、どのような形で行なったのか。そこに今回の問題のカギがあるように思えます。


ひとつ考えられるのは、口頭でのやりとりしかしていなかったのではないかということ。書面等で明確に残していなかったため、IFSCの態度にブレが生じてしまっているのではないか。あるいは、JMSCA側になんらかの誤解などがあった可能性もあります。


【2019/11/3追記】
上記の可能性はほぼないということが判明しました。


ともあれ、こうなった以上、行く末は、スポーツ仲裁裁判所の調停を見守るしかなさそうです。






それにしても、IFSCも、原田・野中が代表決定とあくまで主張するなら、ぬか喜びさせてしまったショーン・マッコールとジェシカ・ピルツへの対応はどうするんでしょうね。ふたりはすでに来年のオリンピックに照準を合わせていて、今月末のオリンピック予選大会の準備などしていないでしょうし。


今後の大会で結果を出してオリンピックに出たいとがんばっていた日本の他の選手も本当に気の毒です。じつはつい数日前、その対象選手のひとりにインタビューしたばかりで、オリンピックへの抱負をいろいろ聞いたところでした。その人がいま何を感じているかと考えると、私自身も気が重いです。


記者会見でJMSCAは「大人の事情で混乱させられ、出られるか出られないかわからない状況になった。選手には申し訳ない」とコメントしたそうです。個人的にこの言葉には、JMSCAの誠意を感じました。選手の情熱が空振りで終わることがないように、解決に全力を尽くしてほしいと願うばかりです。




2019年2月7日木曜日

NumberWebで連載始めました

スマホアプリは山岳遭難の救世主?老舗『山と溪谷』も"推奨"に方針転換!(森山憲一)

登山とクライミングをテーマにしたコラム連載をNumberWebで始めることになりました。


基本的に1カ月に2回のペースで、登山ネタとクライミングネタを交互にやっていく予定です。Numberなのでスポーツ寄りのテーマが多めになるとは思いますが、初回からかなり山っぽいテーマなので、どうなるかは自分でもわかりません。クライミングは純粋スポーツクライミングからときにはアルパイン系ネタまで入ってくるんじゃないかと思います。


このブログでときたま書いていたオピニオンチックな話も、それなりに一般性をもつものはNumberで書くようにするかもしれません。逆にこのブログはNumberでは書けないようなマニアックな話を中心にしたいなと思っています。やたら突っ込んだ長文の道具レビューとか角幡唯介のおちんちんがどうしたとかいう話ですね笑


「こんなテーマ読みたい」などのリクエストがありましたら、コメントなどでお寄せください。ぜひ参考にさせていただきます。


よろしくどうぞ~


2019年1月30日水曜日

クライミングコンペ撮影の勘所










ふと思いついて、ツイートの転載という手抜きエントリーやってみました。すみません。

2018年6月11日月曜日

Youtuberとフリーソロイスト

栗城史多さん関連で、ブログのコメント欄に「彼は、ビルパフォーマンスで落ちて死んだYoutuberみたいなものだった」という意味のコメントを多く目にしました。


そんなYoutuberがいるのか。私は知らなかったので、検索して発見。見てみました(かなり衝撃映像なのでリンクは張りません)。なんというか、こんなみじめな死に方ってあるのか、というのが見てすぐの感想でした。


が、その後、ちょっと考えてしまいました。このYoutuberと、クライミングのフリーソロで死んだ人の違いを、私は言葉にできなかったのです。いや、全然違うだろ、と心では直感するのですが、じゃあ、その違いを説明しろと言われたら、すぐにはうまい説明ができない。


ジョン・バーカーがYoutuberと同じ? そんなわけないだろ。しかし、その違いを、普通の人にもわかる理屈で説明しろと言われたら、けっこう難しいと思う。


ましてやダン・オスマンとなったら。この人なんて、ノリ的にYoutuberにかなり近いものもある。これもある意味衝撃映像かな。





おそらく両者の違いは、「目的とするもの」なのだろうが、自分の中で未整理で、まだシンプルな言葉にならない。ここらへんをきちんと考えて、わかりやすい言葉で提示するというのも、自分の仕事なのだろう。




ところで、先日、史上最強のフリーソロイスト、アレックス・オノルドの取材をしました。彼は、フリーソロをする前に、徹底的に準備をするそうです。


たとえば、件のビルパフォーマンスをオノルドがすることになった場合、少なくとも以下くらいは絶対やるでしょう。

・ビル屋上の手で持つ部分のフリクションを徹底的に確かめる
・チョークなど、効果的な滑り止めがあるなら使う
・この体勢で50回懸垂しても全然問題ないくらい懸垂を鍛えまくる
・万一のときに使える足置き場を探しておく
・可能なかぎりフリクション性能の高い靴を履く
・突風の有無など、自然現象の研究


こういうことを、Youtuberがやっていたかどうかは疑問です。だって、やっていたら、あんなに簡単に落ちないと思うんですよね。このへんにも違いはありそうな気がします。そこらへんもまだうまく言葉にできないんですが。





オノルドの記事はROCK & SNOW No.80に。興味のある方はぜひ。なんと表紙撮影私です。




2018年4月3日火曜日

2017年に取材したクライマー15人

なんと4カ月ぶりのブログ更新。今年初の更新となってしまいました。あけましておめでとうございます。


年末にやっておこうと思っていながらのびのびになってしまって気になっていた企画がありまして、ようやくスキができたのでここで片付けておこうと思います。


2017年に取材させてもらったクライマー一覧。数えてみたら、1年間で15人(そのうち3人は2回)を取材していました。下は14歳から上は48歳まで(取材当時)。人工壁のスポーツクライマーからゴリゴリの岩場派まで多種多様。


クライマーの取材、いまいちばん楽しい仕事なのです。みんな「登りたい!」という純粋なモチベーションにあふれていて、そういう人に会うのは、こちらもすごい刺激になります。心が洗われるようです。


では、取材日順にいきましょう。




2月

伊藤ふたば



1月に行なわれたボルダリング・ジャパンカップで、野口啓代・野中生萌の2大巨頭を抑えて優勝し、2017年いっきに注目が集まった14歳。


この1年前にも取材させてもらっていたのだけど、そのときとは環境が激変。地元盛岡の山岳協会が取材を取り仕切るようになり、単独取材は許可が出ず、テレビや新聞などの記者が多数集まるなかでの合同取材でした。



この写真がいちばん現場の雰囲気を示してるかな。四方から無言でカメラを向けてくる無数の報道カメラマンに加えて、記者はというと、「好きな食べ物はなんですか」みたいな質問ばかり。クライミングに大して興味もないのに大人の事情で取材を続ける報道陣に囲まれて、ひとり置いてきぼりのような14歳の女の子。


これがオリンピックのホープの定めとはいえ、あんまりかわいそうに思えて、くだらない雑談含めて意識的に声をかけてあげるようにしていました。あれから1年。もうこういう状況には慣れたかもしれないけど、負けるな、ふたばちゃん!


記事はこれに






大場美和





こういう動画とか


「ファイト不発」のCMとか



で有名になった、19歳のユースクライマー。動画のイメージどおり、おっとりぽわんとした女性でした。取材は彼女がホームとしている横浜のクライミングジム、プロジェクトで。じつはここ、のちほど出てくる小山田大さんのジム。ほわっとした10代の女性と、世界最強ボルダラーの組み合わせは意外に思えましたが、行ってみて納得しました。


大場さんは小学生だか中学生だかのころに、地元のジムに来た小山田さんに接して、人柄に自分と通じるものを感じたそうです。小山田さんは、パブリックなイメージはストイックで気難しそうですが、素顔は子どものように無邪気な人物。その裏表のないところに惹かれて、進学先を決めるときにプロジェクトに近い大学を選んだということでした。


2016年は、コンペの成績に伸び悩んでいたようでしたが、秋に小山田さんに誘われてドイツの岩場ツアーに行き、岩場に新たな楽しみを見出したそうです。


小山田さん自身が、コンペから岩場に転身してクライマーとして開花した人物。スポーツ化が進む現在のクライミングは、競技者としていったん壁に当たると袋小路に入ってしまいがちですが、本来クライミングは多様なベクトルをもったもの。それを身をもって知る師匠に恵まれたのは、大場さんの大きな財産のように思えました。


記事はこちらで読めます(要PDFダウンロード)




村井隆一



外岩の若き刺客。「小山田大を超えるのはこいつだ」とささやかれるほどの才能。大学を卒業し、アルバイトしていたジムAPEXに春から就職するタイミングでの取材になりました。


2016年に岩場での大活躍で注目された村井さんですが、『インドアボルダリングブック』という本の取材だったので、聞く内容はジムのこと。ええ~、いま村井隆一を取材するなら岩場のこと聞かないとヘンでしょ~と思ったのですが、担当編集部員Nが村井さんのファンで、ぜひ登場させたいというのでジムのことを聞いてきました。村井さん初対面だったのですが、クレバーな人で、本の趣旨を理解してちゃんと意味あること語ってくれました。


村井さん、近ごろは岩場での活躍が圧倒的に目立っていましたが、もともと競技クライミングのナショナルチームの一員でもあります。今年2月には、久しぶりにコンペの場でも爆発。ボルダリング・ジャパンカップで楢崎智亜さんをも抑えて2位に入りました。やはり才能は底知れないです。




小山田 大



泣く子も黙る最強ボルダラー。国内外で初登した課題の難しさは他の追随を許さず、40歳となっても日本のボルダリング界に君臨しています。


この岩場の申し子になぜか、ジムのことを聞いてきました。理由は、これまた編集部の希望によるもの。ビッグネームを登場させたいという気持ちはわかるが、企画内容との相性というものもあるだろ~と思いつつ取材。が、岩場の申し子とはいえ、ジムの経営者でもあり、人工壁でクライミングを覚えた第一世代ということもあり、普段とは違った角度でいろいろ面白い話が聞けました。




室井登喜男




なんでこの人をインドアボルダリングムックで?3連発の3人目は、なんと室井登喜男。日本の岩場ボルダリングを現在のかたちに作りあげた人物といっても過言ではありません。


いま日本を代表するエリアのひとつになっている御岳は、この人が自費出版で作ったルート図集をきっかけに、人気エリアとなりました。もうひとつの一大エリア、瑞牆に至っては、訪れる人などだれもいなかった時代に、ひとりでコツコツと通って1000本以上の課題を初登することで現在の姿になったのであります。まさに伝説の男。


そんな男にジムのことを聞くのは気が引けましたが、素顔の室井さんって、やたら腰が低く、柔軟な人なんですよ(体も異常にやわらかい)。「岩場にはジムにない魅力があるし、ジムには岩場では体験できないおもしろさがある」という言葉が印象的でした。




3月

渡辺沙亜里



いまコンペで、いちばん”魅せる”クライミングをしてくれる女性クライマーはこの人でしょう。ガッツあふれる登りは思わず応援したくなります。天才少女として騒がれ、23歳で結婚・出産、25歳で再びコンペの第一線に戻ってきたという、激動のクライミング人生。


子どもをもつ身でありながら、アスリートとしても活躍する日々について、福岡まで行って聞いてきました。夫はこれまた有名強強クライマーの渡辺数馬さん。福岡でジップロックというジムを夫婦でやっています。



伊藤・村井・小山田・室井・渡辺さんの記事はこちらに収録






4月

倉上慶大



いまいちばんヤバい男。ただでさえ危険なことで名高い湯川の「白髪鬼」(5.13d R)というルートを、ソロで登る!(ロープは使用)ので写真撮ってほしいと頼まれて行ってきました。


これは何かの取材というわけではなくプライベート。しかしルートがルートだけに、こちらも気合と細心の注意をもって臨みました。結果は目を覆いたくなるようなグラウンドフォール。カムが3本くらい吹っ飛びました。


幸い足首のねんざだけですみ、2週間後くらいに早くも再トライして、白髪鬼のダイレクトフィニッシュとなる「燈明」(5.13d/14a R)というラインまで完成させてしまいました(このときは私は不在)。


倉上さんはヤバいクライマーとして知られていますが、素顔はきわめて常識人かつ、絵に描いたような好青年で愛すべき男。ところが自身でも制御不能なほどのモチベーションモンスターで、やりたいプロジェクトがまだまだいくつもあるそうです。大ケガだけはしないようにと見守るのみです。


この雑誌にこのときの写真が使われています。


それからアメリカのクライミングメディア「Alpinist」のウェブに記事が出ました。Alpinistといえば、世界でもっとも格調高いクライミング雑誌。ここに自分の名前が載ったというのは感激。倉上さんのおかげです。ありがとう。




澤田 実



アルパインクライマーであり山岳ガイド。澤田さんが使っているグレゴリーザックの広告企画として記事を書かせてもらいました。


澤田さんは私と同年代で、北海道大学探検部出身。同じく大学探検部出身の私は一方的に親近感を抱いておりました。探検部出身の登山家やクライマーはなんとなく共通した雰囲気があるような気がします。ひとことでいえば自由。それが悪いほうに出ると私や角幡唯介のようになり、いいほうに出ると澤田さんのようなキャラクターになるようです。


ところでこの記事、ちょっとした手違いがあり、一度完成していながらお蔵入りになってしまった別バージョンがあります。自分的にはそちらのほうが気に入っていたので、機会があれば公開したい。小川山レイバックギター初登(=ギターを背負っての初登。ついでに中間のレッジで尾崎豊を熱唱)の話も出てきますよ。


記事はこちら。

「その隔絶感、辺境感が最大の魅力」。山岳ガイド澤田実さんが挑み続ける冬の黒部横断の記録 | Akimama



5月

今泉結太



自分としても毎回楽しみな『Guddei research』(好日山荘情報誌)での次世代クライマーの連載。八王子で行なわれたワールドカップに16歳という男子最年少で出場した今泉結太くんを取材しました。ヤンチャな「ザ・男子高校生」という感じでしたが、なかなかイケメンで、侍ギタリストのMIYAVIになんか似てるなと思いました。


ところで今泉くん、基本は競技クライマーなのですが、将来的には岩場指向とのこと。彼のSNSも、最近はすっかり岩場の話が中心。次に出てくる青木達哉さんがクライミング師匠で、「ティミー、ティミー(青木さんの愛称)」とタメ口で慕う青木さんにくっついて、岩場によく行っているそうです。


世界的なアルピニストのいるジムなんてそうはなく、恵まれているといえるでしょう。どういうジムで育つかというのは、クライマーとしてのその後を大きく左右するのだなあとも感じました。


記事はこちらで読めます(要PDFダウンロード)




青木達哉



今泉くんの翌週に小川山で取材させてもらったのが、今泉くんのクライミング師匠、青木達哉さん。K2の日本人最年少登頂者、ピオレドール受賞者、つくばスポーレの店長など、さまざまな肩書きをもつクライマーです。


これはマムートの広告記事だったのですが、取材はマラ岩「ペタシマン」(5.13c)で本気トライ。登れませんでしたが、いいものを見せてもらいました。近ごろクライマー取材は自分で写真も撮ることが多いのですが、この取材では私はビレイ役。撮影は、スーパーアルパインクライマーとしても知られる高柳傑さんでした。


記事はこちらに





小山田大



再び小山田さんであります。今度は本業というべき岩場の話を聞きに行ってきました。取材地は、小山田さんがエリア開拓に中心的にかかわった、岐阜の笠置山。かなり暖かくて、本気で登るにはもう暑すぎるという時期でしたが、エリア整備作業のかたわら、現地の東屋でのんびりと話を聞きました。


「ぼくスポーツきらいなんですよ」という言葉が印象的で、この人は本当にスポーツマンではなくアーティスト気質の人なんだなという思いを強くしました。こういう人がトップに立っているというのが、クライミングというものの面白さや豊かさを表しているようにも思うのです。




6月

安間佐千



2012年・2013年とワールドカップ連覇を果たした「世界のサチ」。2015年ごろから活動の場を完全に岩場に移しています。あれほど実績を残した競技をすっぱりやめたのはなぜか、そして岩場の魅力はなんなのかということを聞きました。


ハイボルダーに興味があるという意外な話も聞けましたが、このときはどうも方向性に迷っているようにも見えました。が、その後、年末から今年にかけて、5.15a、5.15bと国内最難グレードを相次いで更新。新たな目標を見出して、最近はまたノリノリに見えます。


ところでこの取材、奥多摩の大沢ボルダーで行なったのですが、本当は瑞牆山でやる予定だったのです。


朝、瑞牆で集合して、さあ行こうかというときに、安間さんが「ああっ!!」と絶叫。なにかと思ったら、シューズを家に置き忘れてきたとのこと。なにか手立てはないか、いろいろ考えましたが、結局シューズを取りに帰るほかないという結論になり、そこから時間的に転戦できる場として、大沢ボルダーになったというわけです。次の村井さんも瑞牆だったので、エリアがかぶらずにすみ、結果的にはむしろラッキーでありました。


撮影は、photo山さんこと山本浩明さん。10年以上前からお世話になっているボルダリング写真の巨匠です。




村井隆一



そしてこれもまた二度目の村井隆一さん。瑞牆山で、フォトセッション的な取材をさせてもらいました。撮影は、初めて組むカメラマンの茂田羽生さん。


村井さんが取り組んでいる「Decided」という激ハード課題から、「インドラ」などの有名課題で撮影。茂田さん、クライミング撮影は経験がないと言ってましたが、インドラの写真などはかなり印象的に仕上がっています。


しかしこの取材、今度は私が大寝坊。村井さんと茂田さんを数時間も待たせてしまいました。取材に寝坊したなど近年記憶になく、すっかり油断していました。以来、それまで寝るときには仕事部屋に置いたままにしていた携帯電話は、枕元に置くようになりました。村井さんと茂田さん、その節はすみませんでした。


小山田・安間・村井さんの記事はこちらに収録。
どれも4~6ページあるので、読み応えあります。





8月

中嶋徹×橋本今史




アメリカ・ビショップにある「Lucid Dreaming」という激ムズ課題に、2年間通い続けて成功した中島徹さんと、その一部始終をムービー作品に仕上げた橋本今史さんの対談原稿を作りました。


詳細はリンク先を見てほしいのですが、原稿作成時に発見したことがひとつ。中島さんは声の通りがよく、話し方も論理的な一方、橋本さんはなんだかふにゃふにゃしています。だから対談を聞いていたときは、圧倒的に中島さんの発言が記憶に残ったのですが、文字に起こしてみると、説得力抜群に聞こえた中島さんの発言が思ったより内容が薄かったり、逆に、橋本さんがじつは深いことを言っていたりしたことを発見しました。同じ内容でも、しゃべるのと文字にするのでは、受け取り方が驚くほど変わるということにあらためて気づいた取材でした。


対談はこちら。SPECIAL TALK SESSIONというページに対談は収録されています。




原田 海




現在、世界最高の選手層の厚さを誇り、世界で勝つより日本で勝つほうが難しいといえるほどの男子ボルダリング界で、つい最近もオリンピック強化選手枠を勝ち取った19歳(取材時は18歳)。ルックスはなんだかチャラそうなのですが、実際に会ってみると、伏し目がちでおとなしく真面目そう。中身と見た目にギャップがあるタイプでした。


驚いたのは、4年くらい前までコンペの存在も海外の有名クライマーなどの名も知らなかったということ。外の情報をほとんど知らないままに、地元のジムでひたすらクライミングしていただけというのです。初めてのコンペが初リードだった(しかもそれで国体入賞)というのも驚き。


記事はこちら



11月

小島果琳



岐阜に住む16歳。小学生時代にコンペで圧勝する姿を見たことがあり、そのときから注目していました。


4年ぶりに会いましたが、クライマーとしての成長、人としての成長など、とても考えさせられ、思いのほか深い取材になりました。記事を読んだお父様から、娘に対する思いあふれる、じーんとくる言葉をいただいたことも感激的でした。ホームジムの「グッぼる」もとてもいいジムだと思いました。あたたかく支えてくれる人は宝ですね。がんばれカリンちゃん。応援してますよ。


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12月

中嶋 徹



そして再び中嶋さん。Lucid Dreaming成功へのメンタルについて詳しく聞きました。メンタルという言葉にしにくいものを、めちゃくちゃわかりやすくしゃべってくれました。もう、すばらしいのひとことです。中嶋徹最高。クライマーにとって大いにヒントとなる金言がつまったインタビューになりました。この記事は必読かと思います。


取材は、京都大学のクライミングウォール(通称京大ウォール)で。有名な吉田寮の横にあり、この吉田寮がまたインパクト絶大。日本とは思えない風景です。記事冒頭の写真もここで撮りました。


記事はこちらに







以上が2017年に取材させてもらった人たちです。


2018年の今年も、すでにふたりを取材済み。ひとりはこの人。


高校生クライマーの土肥圭太くん。この写真、カッコいいでしょ!? 近年一の自信作。土肥くん自身もかなりイケメンであり、人気が出そうです。つい最近、オリンピック強化選手枠にも滑り込みました。自信なさげなことを言っていながら、結果的にはデカいことをやってのける。記事で書いたことそのままを早くも地で行ってます。4月10日に好日山荘で発売開始の『Guddei research』に記事は載っています。




もうひとりは、なんとこの人であります。


驚異のフリーソロイスト、ヨセミテのエルキャピタンをボルダリングした男(実際に、「エルキャピタンは1000mのV7だね」と言ってました)、アレックス・オノルド。つい最近取材したばっかり。6月発売の『ROCK & SNOW』にがっつり記事が載るほか、PEAKSとかにもニュース的な記事が出る予定。ご期待ください。私も楽しみ。