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2016年2月17日水曜日

登山のグレーディング

3年前にフェイスブックにこんなことを書いたことがあります。


山のグレード


山の難易度をわかりやすく表すのって難しい。


たとえば富士山と屋久島宮之浦岳の難易度を比較せよと言ったときに、ひとことで言い切れる人ってたぶんいないはずだ。それこそ剣道初段とかみたいに、だれにでもわかりやすい尺度って作れないものかとずーっと考えているんだけど、まだ思いつかない。


山登りって考え合わせる条件があまりにも多岐にわたるから、そもそも統一的な尺度を作るのは無理なのかもしれない。いや、でも、これまでだれも本気で考えていなかっただけで、本気で取り組めば現状よりはわかりやすい何かができるんじゃないか。……という気もしている。


こういうことを考えるときにいつも思い出すのがクライミングのグレード。


これは結局、100%、登った人の主観に過ぎないわけです。傾斜が90度以上あれば5.11だとか、ホールドが5mm以下だったら1級だとか、そんな客観的な基準は何もない。「これくらいなんじゃないの」という、いわば感想の積み重ねによって形成されている。


ところがそんなものが驚くほど正確で。リードグレードだと25段階くらいに分かれているのだけど、実際登ってみると、だいたい合っている。たまに1段階前後のズレはあっても、2段階ズレていることはほとんどない。自然の岩という曖昧なものを相手に、25段階もの正確な基準が作られているというのはすごいことである。


どうしてこんなことが可能になったかというと、考えてみればこれってウィキペディアと同じ仕組みなんですよね。だれかがグレーディングしたものを、別のだれかが違うと思えば書き換える。それがまた違うとなれば……の繰り返し。まさに典型的な集合知。


自然という複雑怪奇なものを相手にした場合、先に理屈を設定してそれに基づいて整理していくより、クライミンググレード方式が合っているような気がする。みんなでよってたかって意見を言い合ってそれをすりあわせていくという。この考え方を登山にも応用すれば、もう少しわかりやすく山の難易度が表せる方法が見つかるんじゃないのか。


しかしその一方で、山をグレーディングするということには味気なさを感じてしまうのも事実。山登りの大きな魅力のひとつに「不確定要素」があると思う。あそこの山の上に行ったら何があるんだろう、行ってみないとわからない、というドキドキ感。グレードシステムが完璧であるほど、そのドキドキ感は少なくなってしまう。だって、事前にかなりの部分が正確に予想できてしまうのだから。それはつまらない。


しかしそこでもう一回ひっくり返して、それでもやっぱりグレードは必要なんじゃないかと考えている。そう思う最大の理由は、文化を異にする人との対話が可能になるから。グレードってのはひとつの言語だ。共通のものさしを持つことで、知らない人、さらには山登りをしたことがない人とでも、正確なコミュニケーションが簡単にできるようになるはず。


クライミング界がまさにそう。たとえば、チェコのクライマーがすごいルートを登ったらしいとだけ聞いても、「ふーん」くらいしか思わないけれど、そのルートが5.15cだと聞けば、全世界のクライマーが一瞬にしてその価値を理解する。しかも理解度にそれほどのブレなく共通に。


それだけじゃない。日本のクライマーがアメリカやヨーロッパに行ったとき、言葉がろくにできないのに現地のクライマーとコミュニケーションが成立することには、グレードの存在が大いに関係しているはずだ。


これを登山に置き換えて考えてみると。


たとえば高尾山に登って、高尾山が2級というグレードの山であることを知った人が、「私たちは1級~3級の山をよく登ってます」という山岳会の告知を目にしたら、気になるんじゃないだろうか。あるいは、登山用具店で「ふだんは10級前後の山を登ってます」といえば、店員もおすすめすべき道具が何か、正確に判断できるだろう。


まだある。たとえば富士山が6級だったとする。富士山に登った人が、国内には10級なんて山もあることを知る。いちばん難しいのは25級なんて山もあるらしい。となると、だれでも興味が湧くんじゃないだろうか。もうひとついえば、ふだん登っている山が3級前後の人が剱岳に興味を持ったとする。しかし剱岳のグレードは15級だと知れば、「もうちょっと経験積んでからにするか…」となって、剱に実力不相応の人が押し寄せて事故が起きるなんてことももう少し減るのではないか。


グレードシステムには弊害もあり、それを整えるほど本質を壊しかねない危険を孕んでいるものではあるけれど、クライミング界がこれまでグレードシステムから受けてきたメリットの大きさを考えると、個人的に天秤は「グレードあり」に傾く。同様にして、山登りにも、もう少しわかりやすいものさしが必要なんじゃないか。


……なんてことを、山のガイドブックを編集しながら日々妄想しているわけです。


なんでこんな文章思い出したかというと

近ごろ、長野県を中心に、登山道のグレーディングを進める事業が活発になっています。1カ月くらい前には、こんな発表がありました。


「信州 山のグレーディング・ピッチマップ」事業の評価結果を公表します


これだけだとなんのことかよくわからないけど、登山道を区間ごとに5段階でグレーディングしたというものです。そしてそれを、ヤマレコというサイトが地図上でわかりやすく図示してくれています(「大きな地図で確認する」というボタンをクリックすると地図が見られます)。


この方式が、登山のグレードシステムの決定版なんじゃないかなー。上の文章をフェイスブックに載せたときに、花谷泰広ガイドが、「スキー場のコースのように緑・赤・黒みたいに地図上に示せばいいと思います」というコメントをくれて、それだ!と思った覚えがあるのだけど、今回の長野県の取り組みはまさにそれ(花谷ガイドがアイデアを提供したのかも?)。昭文社の山と高原地図でこれが採用されれば、いっきに普及するでしょうね。


いくつか注文をつけるとすれば、

・ヤマレコの図は5段階の色の区別がわかりにくい(ここは昭文社の優秀な地図デザイナーの手にかかればすぐに解決するでしょう)

・グレード改訂の機会を設けておく(「ここのグレードはおかしいんじゃないか」とか登山者が投票できるシステムがあると面白いなあ〜)

そんなところ。


始まったばっかりだけど、登山者全体でうまく育てていきたいところっすね!



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