ラベル 登山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 登山 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年5月16日土曜日

「登山再開に向けた知識」を読んで思ったこと


登山再開に向けた知識(計画と準備編)


登山をよく知る医師、大城和恵さんが作ったこの提言が先日来話題になっています。新型コロナウイルスの感染をいかに防ぎながら登山をするか、その注意点について医師としての見地からまとめたというものです。


一読しての私の感想;



感染者が大量発生したダイヤモンドプリンセス号では、トイレの床に次いで枕から多くのウイルスが検出されたそうです。そこで、これからは山小屋泊でも自分の寝袋を持参しようと提言されています。


ただ、寝袋持参というのは少しハードルが高いので、枕カバーやシーツではどうでしょうか。カバーだけだったらウイルスが突き通してしまって意味ないというのであればダメなんですが、多少なりともウイルスの防御効果があるのであれば、カバーやシーツのほうが現実的な落とし所になるのではないかと。家庭で使っているものをそのまま持っていってもいいかもしれないし、アウトドア用のものだったらかなり軽量コンパクトなものがあります。


ちなみに私のおすすめはシートゥサミットの製品。枕はものすごく軽いのに頭の載せ心地がとてもよく、山小屋泊だけでなくテント登山者にもかなりおすすめ。シーツはシルク系のライナーが肌ざわりがよくて軽くていいですが、コスパ重視派はノーブランドのコットンや化繊のものでもいいでしょう(ちょっと重くなりますが)。











【5月17日追記】
この素人案はダメみたいです。大城さんが上記提言の補足として5月16日に公開したQ&Aによれば、「インナーシュラフ等を使用して、共用の寝袋を使うことは、インナーの素材に関わらず、感染リスクを減らすことはできません」とのこと。寝ている間等に無意識に共用の布団にふれたりしてしまうからだそうです。詳しくはこちらを参照。

【7月10日追記】
厳密を求めれば上記の通りですが、シーツなどでもないよりはずっとマシのようです。山小屋でも、可能であれば寝袋やシュラフシーツを持ってきてほしいとしているところがかなりあります。





***


ところで、この提言をめぐって、山小屋界隈が荒れているようです。


この提言書、全25ページのうち11ページが山小屋事業者に向けてのもので、登山者向けというより山小屋事業者向けの内容になっています。しかしこれが徹底的すぎて「こんなのできるわけない」「現実を無視している」と、山小屋関係者から大不評だというのです。


不評だけならまだいいのですが、長野県ではこれをガイドラインとして各山小屋に対策を要請しているといいます。その結果、「実行できないので休業するしかない」という議論になっているところもあるそうです。


大城さんは医師として、考えられる対策をすべて網羅したのだと思いますが、ひとたびその手を離れると、いつの間にか「全部やらなきゃダメだ」という金科玉条になって流通していき、現実との齟齬をきたす。そんなだれも幸せにならない不幸な状況になってしまっているようです。


この提言に書かれていることを山小屋がすべて実行するのは、私も無理だと思っています。このなかから実行可能な対策のみ行なっていくというのが、提言の現実的な活用法でしょう。


で、そのとき、どういうことを優先的にやれば対策効果が高まるのかが素人にはわからないので、もっとも重要な対策5項目くらいにしぼった簡易提言書があるといいなと思いました。電子機器などでは、分厚い取扱説明書に加えて、重要なことだけにしぼった簡易説明書が付いていることがありますが、ああいうイメージ。


今回の提言書はVersion.1となっているので、Version.2あるいはVersion.1_aなどというかたちで、そういう簡易バージョンができればよいのではないでしょうか。



2020年4月29日水曜日

今シーズンは見たことがないほど登山者が少なくなるかもしれない




4月中旬、八ヶ岳の赤岳鉱泉が11月まで休業することを発表。大胆な決断に驚かされたが、富士山吉田ルートの山小屋も今年は休業することに決定したらしい。


今後注目されるのは、北アルプスの山小屋の動向だろうか。北アルプスの山小屋は例年、早いところはゴールデンウイークから営業を開始し、10~11月くらいまで営業している。今年はすでにゴールデンウイークの営業は休止が発表されているが、その後のことは未定である。


北アルプスの5月と6月はもともと登山者が少ないので、山小屋が営業しているか否かは登山者にとって影響が少ないといえるけれど、7月からの夏山シーズンがどうなるか。これはかなり注目されるところだ。


北アルプスでいえば、仮に全山小屋が夏の営業を休止したら、登山者の数は例年の半分くらいになるのではないか(富士山では2~3割に落ち込んでもおかしくないと思う。逆に南アルプスは減ったところで7割くらいにとどまるような気がする)。


となると、ひとつのことを思い出す。


昔、6月の平日に穂高に登ったことがある。天気がイマイチだったこともあってか、登山者の姿はほとんど見かけず、涸沢にはテントは1張もなく、まるで無人空間のようだった。


そこで見た風景に私は圧倒された。むき出しの自然と圧倒的な造形美。やっぱりこれは日本一の山岳風景なんじゃないか。明治時代に初めてここに来た人はさぞかし驚いたことだろう……。


それまで涸沢には何度も来たことがあったのだけど、そんなことを感じたことはなかった。そこで私は、これまでは登山者の姿に気を取られて、目の前の自然をいかに見ていなかったかということに気づいた。人がいるということが、山が本来持っている迫力をいかに損なってしまうかということに気づいたのである。


登山者の数が半分に減ってしまうというのは、ここ数十年で例がないこと。もしかしたら今年は、現代人には体験することができなかった北アルプスの姿を拝める千載一遇のチャンスなのではないか。


チャンスなどと言うと、生き残りをかけて究極の選択を迫られている山小屋の方々に大変失礼な言い方になってしまうし、そもそもこういう状態が続いたら私も職を失う可能性すらあるわけだけど、単純に一登山者の目線からすると、こういうことも考えてしまう。




ただし、人が入らないと山は格段に難しくなるということも申し添えておきたい。6月だからといって装備をナメていたこともあって、このときの穂高で私は死ぬ思いをした。30年以上の登山歴のなかで、2番目にやばかったのがこのときだ(1番目の話はまたいずれ)。





これは上記の6月ではなく、別の年の7月に撮った写真なので、雪の状況など誤解なきよう(6月はもっと残雪が多いです)


2020年2月27日木曜日

経歴詐称記事のあとがき的なもの


「山写」なる人物のこと


こういう記事を書きました。


登山ライターとしてこういうことに関わるのは、気が進むものではありません。そもそも人の批判をするのは気が重い行為であるし、やたら時間と神経を使うわりにいいことがあまりないからです。ネット上でへんな誹謗中傷を書かれたりもします。


以前、栗城史多さんについて私が書いた記事がかなり注目されたことがありました。以来、登山の正義を追求する”山岳警察“としての役割を期待されているような気がするのですが、積極的にやりたいとは思いません。というのも、それをしたことろで、私には実利がないからです。


私が仕事をしている登山・クライミングメディアというのは、趣味レジャーのものであって、基本的には読者のためになるポジティブな情報を提供することがテーマであります。そこでは闇を暴くようなネガティブな記事はあまり好まれません。私が文春の記者だったら違うのでしょうが、登山界では、微妙な案件にすぐ首を突っ込む危ないライターとして避けられてしまうおそれがあります。


それでもこういうことをやってしまうのは、第一に、本当のことを知りたいからです。正義ではありません。求めているのは真実です。私は真実を知りたいという欲求が人より強いのだと思います。デマや嘘に踊らされることがものすごく苦痛なのです。自分が踊らされるのもいやだし、踊らされている人の姿を見るのもいやだ。


東日本大震災で原発事故があったときや、STAP細胞事件があったときなどは(最近ではコロナウイルスも)、自分には判断不能な情報が飛び交い、何が真実なのかまったくわからない状況が続いて、個人的にはとてもストレスでした。本当のことが知りたい!


首を突っ込む第二の理由は、本当のことを伝えるのが専門家の仕事だろうと思っているからです。原発事故のときもSTAP細胞のときも、おそらく真実はここだとわかっていた専門家はいたはずだと思います。でも伝え方が下手だったり、内部者ならではのしがらみがあったり、さらには陰謀論が好きな人が事態を混乱させたりして、そういう人の声が表に強く出てこなかったのでないか。


山写さんの件でいえば、私にはすぐわかってしまったような嘘でした。でも、こんな稚拙な(と私には思える)嘘でも、カンチェンジュンガとマナスルの違いを知らず、ヒマラヤン・データベースなど存在すら知らない人にはわからないのだ。ということを、5ちゃんねるやツイッターで交わされている議論を見ていて強く感じました。これは栗城さんの件のときに感じた感覚とまったく同じものでした。


そこでは、意図的な嘘や間違った思い込みでも、伝え方が巧みであれば世論は容易に流されてしまう。ならば、だれの目にも動かしようがない真実を、事情をよく知っている専門家がガツンと立ててやらなければいけない。それがこの世界でメシを食っている人間の使命であろう。


カッコよくいえば、そういうことが、こういうことをやってしまう動機です。所詮、自己満足ではあります。でも、だれかの役に立っていることを願っているし信じてもいます。


2020年2月26日水曜日

「山写」なる人物のこと

先日、山岳写真の分野で経歴詐称事件が発覚しました。詐称していたのは、「山写」と名乗って山岳写真家として活動していた人物。顔と本名を公表していないので何者なのかがよくわからないのですが、ツイッターで1万人以上のフォロワーを抱え、各種企業とコラボして山岳写真のセミナーなども開催し、ある種のインフルエンサー的な存在となっていました。


登山と写真で仕事をしている人。rel="nofollow"


一般にはほとんど知られていないと思われるのですが、登山と写真両方に関心のある人たちにはそれなりに影響力と存在感を持っていたと思います。とくにここ一年ほどは、ファイントラックの山岳写真用ジャケットの開発に協力したり、ペンタックスとコラボしたセミナーが開催されたり、YAMAPで連載が始まったりなど、活動が本格化していました。


本人が自称している経歴は以下のようなもの:


・20代は海外で山岳写真の修行をつむ

・現在は海外の組織に所属する立場。日本の山岳風景の撮影と、山岳写真の啓蒙のため帰国して活動している

・自身の写真作品は海外で高額で取引されている

・登山実績も豊富。これまでにエベレスト、マカルー、カンチェンジュンガ、モンブランなど多くの海外高峰に登る

・フリークライミングもうまく、これまでの最高グレードはオンサイト5.12b

・WEBディレクター/デザイナーとしての顔も持ち、さまざまなプロジェクトに参画してきた

・平湯温泉で各種広報、地方創生的な事業を行なってきた


年齢は30代と思われるのですが、こうして並べてみるとスーパーマンというか、そんな人いるの!?って感じです。






私が初めてこの人の存在を知ったのは、2016年、この記事を見たことがきっかけでした。


登山用ザックに一眼レフと大量のレンズをパッキングをする方法rel="nofollow"


まず引っかかったのがブログのタイトル「登山と写真で仕事をしている人。」


私は職業柄、登山と写真で仕事をしている人はたいてい知っているのですが、こんな人がいることはまったく知らなかった。登山と写真で仕事をしている人というのは大変少なく、私のような山岳ライター/編集者にとっては、常時大募集しているような人材であります。しかもブログを見ると、かなり登れるようであり、年齢も若そうだ。これは貴重人材!


ところが、記事をよく読んでみると、なにかがおかしい。とくに、カメラの予備ボディを持っていないところと、荷物が多すぎるということに違和感を抱きました。私の知っている山岳カメラマンは、山中での故障に備えて予備のカメラボディを必ず持っていたし、撮影機材をできるだけ持つために、登山装備は限界まで切り詰める人がほとんどでした。それに比べると、どうもプロっぽくない。


そのへんの疑問をFacebookに投げてみると、知り合いが「それ、たぶん平湯の人だよ」と教えてくれました。平湯温泉の観光協会で仕事をしている人だというのです。平湯というのは北アルプスの玄関口となる町。なんらか写真の心得がある山好きの職員が、写真素材を自分で撮影して観光協会の仕事をしているということなのだろうか。なるほど、それなら「登山と写真で仕事をしている人。」というタイトルもあり得ると納得して、しばらくは存在を忘れていました。


再びその存在を意識するようになったのは、2017年末か2018年初頭ごろ。この人がカンチェンジュンガを登ったらしいという話がSNSで回ってきたのを目にしたときでした。――えっ、カンチェンジュンガ!? 


カンチェンジュンガというのは、ヒマラヤ8000m峰のなかでも難しい山で、日本人でここに登ったことのある人はそう多くはありません。


あらためてプロフィールを見てみると、すでにエベレストとマカルーにも登ったことになっている。エベレスト、マカルー、カンチェンジュンガの3山に登ったことがある日本人となると、ごく限られるはず。そんな人を知らないということはあるだろうか……。


これが、同じ8000m峰でも、エベレスト、チョー・オユー、マナスルの3山を登ったということだったら、ここまで違和感は抱かなかったと思います。この3山はガイド登山が発達していて、いまや日本人登頂者なんて無数にいるからです。しかしカンチェンジュンガとマカルーは違う。


そこで、ヒマラヤの登山者がほぼすべて記録されている「ヒマラヤン・データベース」を見てみました。案の定、それらしき人物の記載が見つからない。名前と年齢がわからないのではっきりしたことはいえないけれど、これはかぎりなく嘘っぽいのではないか……。





【ここでおまけ】

ヒマラヤン・データベースというのは、エリザベス・ホーリーという伝説的な山岳ジャーナリストが始めたもので、世界中の山岳メディアが第一級の参考資料としているものです。その網羅性と正確性は驚くべきもの。ただし閲覧の仕方がちょっとわかりにくい。私も使うたびに忘れていて困っていたのですが、今回、ある人が非常にわかりやすく使い方をまとめてくれていたので、自分の備忘録を兼ねて掲載しておきます。引用が長くなるので、先に進みたい人はとばしてかまいません。


ちなみにこの一連ツイートはツイッター上で発見したものなので、この「ひゅ〜む」さんが何者なのか私にはわかりません。が、記述内容からしてヒマラヤ登山に詳しい人と思われます。


















【ここから本文再開】

これで俄然、この山写なる人の言うことが眉唾っぽく感じられてきました。あらためて見ると、登山実績のほかの経歴も、上に書いたようにキラ星のような実績が並ぶにもかかわらず、それが事実だと信じるに足る具体的な記述がほとんどありません。


なんなんだろな、この人は……。


と思っているうちに、山写さんがセミナーを開催するという情報を得ました。どういう人なのか見てみたいという好奇心で、私はセミナーに応募してみました。まあ、さすがに好奇心だけでは応募はしなかったところですが、セミナーのテーマがちょうど私が知りたかったこと(Lightroomを使った色調調整の方法)だったことと、ちょうど購入を考えていたモニターを使えるということが後押しになりました。


セミナー会場で実際に目にした山写さんの印象をひと言で言うと、「ああ、これはやっぱり登っていないな」というものでした。


8000m峰を3山登り、フリークライミングでも5.12をオンサイトする人といえば、日本のトップクライマーの一角といっていい実力です。国内最高の”猛者の集い”とされるWCM(ウィンタークライマーズミーティング)に参加する資格が十分にあるといえるでしょう。


そのレベルの人たちには一様のある”雰囲気”があります。まず体型。細身で全体にキュッと引き締まった体格をしています。立ち方もシュッとしているというか。筋肉が引き締まっているため、スッと立っているだけで関節が正しい位置におさまっているんでしょうね。そして手がゴツい。日焼けするため肌が浅黒い人が多いのも特徴です。


対して山写さんはごく普通の人でした。トップクライマー特有の雰囲気がまったくないのです。見た目だけでわかるのかと思われるでしょうが、トップクライマーにたくさん会ってきた経験があれば、違和感はすぐ感じ取れます。会って得られる情報というのはものすごく多く、それは言葉にはならなくても、感覚的な確信をもたらすにはとても重要なのです。


とはいえもちろん、それは私の主観でしかないので、これだけで登っていないと公に決めつけることはできません。ただし、自分のなかでの評価としてはもう十分でした。「この人は自分で言っているような登山はしていない」と。


余談ですが、セミナー自体はよいものでした。ひとりに1台パソコンが用意されていて、実際に操作しながら解説を聞けるのでわかりやすく、自分的には得るもののあるセミナーでした。3時間みっちり、山写さんが全部自分で作ったという36ページのテキスト付き(パワーポイントのホチキス止めとかじゃなくて、ちゃんとオールカラー印刷してある冊子)。かなり力の入ったものであったことは付言しておきます。しかも参加費無料!




経歴を詐称していると個人的には確信したので、以降は関わり合いを持たないようにしていました。私が仕事上で付き合いのある会社や個人が山写さんとも付き合っていて、そういうのを横目で見ながら「大丈夫なのかな……」と思いつつも、部外者が口出しをするのも気が引けるので、あくまで横目で見るだけにとどめていました。


そういう期間が1年半ほど続いたのち、今年に入ってから「ちょっとこれはまずいかも」と思い始めました。


ひとつは、山写さんが活動の場を広げ、影響力を強めてきたこと。実体のない経歴を土台にした人が影響力を持つのは、どんな事情があったとしてもいいことではありません。


ふたつ目は、私が新たに連載を始めたYAMAP MAGAZINEで山写さんも連載を始めたこと。山写さんはかなりド派手な詐称をしていたので、バレるのは時間の問題だと思っていました。そんな地雷みたいな人が同じメディアで連載をしていれば、こちらも巻き添えを食うおそれがある。立ち上がったばかりのYAMAP MAGAZINEにとっては、時間を置くほど、嘘が爆発したときの痛手は深くなるだろう。


さらにこれ。


これからエベレストに挑戦しようとしている新進の山岳写真家に、ドヤ顔でエールを送っている。これはちょっと見ていられなかったな。


どういうつもりなのか知らないが、この上田さんという写真家に対してあまりにも失礼でしょう。他人の話題に乗っかって「サミッターのフォトグラファー」と言いたかっただけなんじゃないのか。


上田さんはアマダブラムやマナスルに登っている人。山写さんの怪しさには気付いていたと思うし、その人物から公の場でこうして先輩面でコメントされたときの感情を想像するとやるせないものがあります。




自分には関係ないし……と見過ごしてもいられなくなってきたなと考え始めたころ、山写さんのあるツイートが目に入りました。ネットの掲示板で誹謗中傷されているので訴訟を起こすというのです。検索してみると、5ちゃんねるのカメラカテゴリーにそのスレッドはありました。


中を見てみると、山写さんの経歴がおかしいという議論で燃えさかっていました。ああ、ついに地雷が爆発するときがきたのかな。


掲示板の指摘はかなり具体的なものもあって、訴訟を起こすと言っていたわりには第三者からしても山写さんに分が悪く見えました。そのうち山写さんのツイッターでも弱々しい発言が目立ってきました。しかし、経歴が虚偽なのかどうかについてはのらりくらりと明言を避け、一方で、5ちゃんねるで言われていることも匿名掲示板であるがゆえに決定的な説得力に欠け、白黒はっきりしないまま、議論はなんとなくフェードアウトしていきそうになっていました。


それまでずっとネット上の議論を見物していた私は、ここで我慢できなくなってつい口を出してしまいました。



ツイッター上で尋ねたのは、登山歴は山写さんが公に発表していることなので、その返答は公の場でしてもらう必要があると考えたからです。そして3山を登頂したかどうかについて尋ねたのは、はい/いいえで答えられるシンプルな質問にしたかったから。解釈の余地を残す複雑な質問をすると、あいまいな答で逃げられるからです。


回答はこの場で欲しかったのですが、DM(1対1のクローズドなメッセージ)で来ました。本人曰く、3山いずれも登頂していないということでした。その結果を私が公開したのがこれです。




そしてこちらは山写さん本人のツイート。




DMでは、登頂していないのならどこまで登ったのかとも聞きました。標高で答えてくれましたが、それは所属組織の守秘義務にあたるので公表しないでくれと言われたのでここには書きません。では所属組織の名前を教えてほしいとも聞きましたが、それも言えないとのことでした。


全然納得はできませんが、自称していた登山実績のうち最重要なものが虚偽であったことを証明できただけで十分なので、それ以上は突っ込みませんでした。


ひとつ私の印象を付け加えるならば。


答えてくれた最高到達高度もおそらく事実ではないでしょう。エベレスト、マカルー、カンチェンジュンガには行ってもいないと私は想像しています。仮に行っていたとしても、トレッキングで行ける範囲で山麓からの撮影にとどまっているはず。しかしその写真すら一枚も見たことがないのだから、そもそも行ったことがないと判断するのが常道というものだと思います。


これ以降、山写さんは1日に数十ツイートもしていたツイッターでぱったり口を閉ざしてしまいました。その間に5ちゃんねる上では、山写さんが過去に書いたブログなどが次々に発掘されて、登山実績のほかにも、自称していたさまざまな経歴が8割方虚偽であったことがほぼほぼ証明されてしまいました。


なんだか、かのショーンK事件を見ているようでしたが、ショーンK氏にしろ山写氏にしろ、なぜこんな危うい経歴で表舞台に出ていこうとしたのか、そこはまったくわかりません。


当初は軽い気持ちで盛って話していたことが意外に疑われることもなく、それに気をよくして次第にエスカレートしていくうちに自分でも整合性がとれなくなっていった……ということなのかとも想像しますが、本当のところはなにもわからないですね……。







最後に山写さんについて擁護もすると、基本的には能力のある人なんだと思います(他人に対して上から目線な言い方ですが)。セミナーが充実していたことは上に書きましたし、平湯温泉にいたころに乗鞍岳で登山道整備プロジェクトを仕切った実績も事実のようです。


そして私がブログやツイッターを見て驚いていたのは、経験がないはずのことをよくここまでリアルに書けるなということ。大ポカも随所にあったにせよ、先鋭登山やクライミングについてけっこう細かいことを正しく書いていたことも多かったのです。おそらく、想像力に長けた人なんだと思います。ライターや編集者にたまにいるのですが、あまり知らない分野のことでも、いくつか資料を読んだだけで、その世界の核心や微妙なニュアンスを正確につかめる勘のいい人がいるんです。山写さんにもその匂いを感じました。


あとは、たとえそれぞれがトップレベルではなくても、ウェブに強くて、写真が撮れて、登山のことをわかっている。この3つが揃っている人材は登山業界ではとても貴重です。その力は正しく発揮されれば、欲しがる会社はたくさんあるはず。おかしな嘘で台無しにしてしまうのはもったいないとも思っています。






*本論とは離れた部分で個人的な思いをあとがき的に書きました。

経歴詐称記事のあとがき的なもの



2020年1月9日木曜日

赤岳鉱泉でG5使ってみました。注目ブランドKAILASもあったよ


1月5日・6日で八ヶ岳に行ってアイスクライミングしてきました。上の写真は裏同心ルンゼ。10年ぶりくらいに行きました。どんな感じだったか、行く前はあまり思い出せなかったのだけど、現場に立ってみると風景はほとんど記憶にありました。


今回は取材仕事。泊まりは山小屋(赤岳鉱泉)で、初日はアイスキャンディで登りました。

アイスキャンディ





ところで赤岳鉱泉では、ギアのレンタルを行なっています。これまで利用したことがなかったのですが、ちょうど試してみたい靴があったので、レンタルしてみました。


使ってみたのはこれ。



スポルティバのG5


いやー、これ、いいですわ……。


とにかくめちゃ軽い。いま履いている靴(ネパールエボ)より200gくらい軽いだけなんだけど、なんだか数字以上に軽さを感じます。歩きもクライミングも明らかに軽快になれる。冬靴も軽くなったなあ。


あと、Boaシステムが便利。靴紐じゃなくてダイヤルで締め込む仕組みなのだけど、調整や脱ぎ履きがものすごくラクです。これはいい。壊れたときに現場で直せないという不安はありますが、このラクさには抗いがたい魅力がある。


あまりにも難点なのがその価格。消費税込みで93500円というのは、あんまりでございますよ。シャモニではスポルティバそんなに高くなかったので、ヨーロッパ行く機会があったらそこで買いたいなと思います。行ける機会がいつあるのか知らんけど。






さて、赤岳鉱泉のギアレンタル、初めて利用してみましたが、これいい仕組みだと感じました。冬ギアを実際に使って試すことができるところって、ここくらいしかないですからね。買うの迷ってるギアがあったら、一回ここ来て試してみる価値はあるんじゃないかと思いました。


レンタル品はこんな感じ。


【ブーツ】
・スポルティバ G5
・スポルティバ ネパールエボ(旧型)
・マムート ノードワンド
・スカルパ レベルウルトラ
・ミレー ダヴァイ
・(もうひとつあったけどメモし忘れた)






【アックス】
・ペツル ノミック
・ペツル クォーク
・ブラックダイヤモンド バイパー
・カシン Xドリーム
・クライミングテクノロジー ノースクーロワール
・ミゾー きら星
・ミゾー 北辰
・グリベル ノースマシンカーボン
・DMM スウィッチ
・コング ソウル
・サレワ ノースX
・カイラス エンテオスⅡ
・カイラス ダガー






【クランポン】
・ペツル 新型ダート
・ペツル リンクス
・ペツル サルケン
・グリベル G22
・グリベル G20
・グリベル ランボー4
・グリベル G14
・カシン ブレードランナー
・クライミングテクノロジー ハイパースパイク
・クライミングテクノロジー ライカン
・カイラス クランツ





アイスツールについては主要どころはほぼ揃っている感じ。


注目はカイラス。最近、マニアの間で話題になっていた中国のブランドです。というとクオリティに疑問を持ってしまいそうですが、これがよくできているというのです。私も現物は初めて見ましたが、質感は欧米ブランド品と遜色ないように感じました。


レンタルは1日500円。詳しい利用規程はここに書いてあったので、参考にしてみてください。







2019年7月1日月曜日

海外登山技術研究会に登壇しました




先週6月23日、日本山岳・スポーツクライミング協会が開催している「海外登山技術研究会」というイベントに登壇してきました。


このイベントは、澤田実さんが中心となって企画されてきたものですが、5月に亡くなってしまったので、急遽私に代役の依頼がきたというものです。講演的なものは苦手意識があるし、澤田さんの代役というのも正直荷が重いと思ったのですが、話が来たのがイベントまで2週間ちょっとというタイミング。迷っているヒマはないと思い、思い切って即断で引き受けました。


テーマは「無補給登山の可能性」。昨年、トランス・ジャパン・アルプス・レースを無補給で完走した望月将悟さんを主役に、「無補給」なる行為の意義や可能性について掘り下げようというものです。


澤田さんがこのテーマで何を表現しようとしていたのか、正確にはわかりません。が、なんとなく想像できるものはあります。


レースといえど、食料や燃料をすべて自分で持ち運ぶ行為は、まさに登山そのもの。そこに望月さんのような先鋭的なフィジカルを掛け合わせれば、これまでに考えもつかなかったようなことが可能になるのではないか。かつてヨーロッパの山岳スキーレースに刺激を受けて、冬の黒部横断でそれまでの常識を超えたような登山を実践した経験をもつ澤田さんであるからこそ、望月さんのチャレンジに特別な可能性を感じ取ったのではないか……。そういう方向なら話せることもあるだろうと。


そんな基本線に沿って、スライド使いながら30分ほどしゃべりました。詳しい内容は省きますが(トークの情報量ってすごく多くて、文字再現すると30分ほどでも1万字くらいになってしまうのです)、ひとつ、自分でもいいこと言ったなと思うのがこれ。




登山の原初的動機ってこれじゃないかと私は考えています。「行けなかった所に行く」ために、さまざまな技術や登り方を開発・発展させてきた歴史が登山にはあります。


エイドステーションや荷物のデポを前提とした山岳レースは、肉体的パフォーマンスを純粋に追求するには適した場ですが、レースの運営体制やコースが変われば、同じパフォーマンスは発揮できなくなってしまう。一方、デポや他人のサポートを前提としない望月さんの無補給スタイルならば、仮にコースが無人の原野を行く400kmに変わったとしても対応できるわけです。


どんな条件、どんなコンディションが出てきても突破できるような術を身につけることが登山の原初的目的であるとするならば、望月さんが目指したことはまさに登山の源流。


で、重要なことなんですが、源流がよいのは、たんなる懐古趣味とか伝統主義ということではなく、行ける場所の範囲が広がることにあります。だって、他人の助力なしに400kmの山岳コースを6日間で踏破できる能力があるわけですよ。それができるのならば、これまでは思いも付かなかった場所や課題すら視野に入ってくる可能性が広がるのではないかと思うのです。




ーーというようなことを、会場ではしゃべりました。


すると、望月さんは最前列で、「なるほど!」というような顔をしていました。いやいや、あなたのことですよと、ツッコミを入れる場面ですが、望月さんはキラキラした目で他人事のようにうんうんとうなずいているのです。


望月さん、まともに話したのはこのイベントがほぼ初めてでしたが、無邪気というか子どものような人でした。「これやりたい!」「おおーっ! やろうやろう!」という感じ? 「子どものよう」というと失礼にあたるのだとすれば、純粋というか。私がしゃべったような理屈っぽい動機で無補給チャレンジをやったのではなく、ただただ「それは面白そうだ」と感じて無補給をやったというのです。


この感じ、思い当たる人が他にもふたりいます。平山ユージさんと三浦雄一郎さん。彼らは、自分がやりたいと思ったことに一点の曇りももたず、子どものように全力で突き進めるメンタルをもっています。望月さんも同じ人種だった。話していて、ユージさんと三浦さんが思い浮かんでしかたなかった。


この人たちは、理屈抜きに直感で本質を突く能力をもっているところも共通しています。たとえばユージさんのレッジ・トゥ・レッジ。詳しい説明は省きますが、このことって、それまでのクライマーが全員、心のどこかに引っかかっていたことではありながら、見て見ぬふりをしてきたことであるのです。が、ユージさんはビッグウォール経験数回でこのことに気づき、裸の王様を指摘するがごとく、「だってそのほうがよくない?」と、まったくもってストレートにレッジ・トゥ・レッジを実践しました。これは世界のクライミング史に残る意識革命だったと私は思っているのですが、望月さんの無補給トライにも似たようなものを感じます。一流は、理屈抜きに一撃でコトの本質を見抜く能力を持っているのだと。


イベントでもしゃべりましたが、じつはこの無補給思想、トランス・ジャパン・アルプス・レースが始まったころすでにあったのです。




これは、トランス・ジャパン・アルプス・レース創始者である岩瀬幹生さんがレースを始める前、ひとりで日本海~太平洋トライを重ねていた20年くらい前に書いた記録の一節です。


レースが回を重ねるにつれて、途中の山小屋などで食料を補給することはほぼ前提となっていきましたが、創始者が最初に思い描いたのは無補給であったわけです。


「このこと、知ってましたか?」と望月さんに聞いたら、「いや、初めて知りました」と明るく答えました。やはり望月さんは直感で源流に行き着いていたのだ。





慣れないトークショー、しかも急遽代役ということで、かなり緊張して臨みましたが、まあまあしゃべれたかな。会場には私の妻(望月ファン)も来ていたので出来を聞いてみたら「すごく聞きやすかった。見直した」と言っていたので、まあよかったのでしょう。2週間背負っていた肩の荷が下りた気分です。




2019年5月22日水曜日

澤田実さん、寂しいです




遭難するような人ではないと思っていたので、不意打ちをくらったようで本当にショックです。


2年前、澤田さんについて書いた文章があります。結果的に公開されずじまいだったのですが、自分としても自信作で、なにより、澤田実という登山家の魅力をとてもよく表現できたと思っているので、ここに公開します。







***************


首都圏に住む登山歴数年以上の人は、この顔に見覚えがあるんじゃないだろうか? 「あっ、カモシカの人だ!」と気づいたあなた、あなたは鋭い。東京・高田馬場にある登山ショップ「カモシカスポーツ」に行くと、いつもニコニコと人なつっこい笑顔で立っている店員さん。それが澤田実さんである。


「でも久しぶりに見た気がする……」と感じたあなた、あなたはさらに鋭い。澤田さんは3年前にカモシカスポーツを辞めている。現在は山岳ガイドとして活動しているのだ。


澤田さんのガイド資格は、「日本山岳ガイド協会認定・山岳ガイド・ステージⅡ」というもの。技術レベルでいえば国際山岳ガイドに次ぐもので、国内では取得するのがもっとも難しい資格。やさしそうな見た目とは裏腹に、アルパインクライミングから山岳スキー、沢登りなど難しい登山を得意としているのが澤田さんの持ち味だ。


ガイドを始める前から、登山家としてもその名を知られていた澤田さんだが、その山遍歴はとにかく多彩である。





まずは高所登山。これまでヒマラヤ、アラスカ、アンデス、アフリカ、カムチャツカなど、海外の高峰に数多く登頂。ナンガ・パルバットやエベレストといった8000m峰にも登っている。





国内の雪山にも足繁く通う。なかでも北アルプスの黒部横断登山はライフワークといえるほど、さまざまなコース、さまざまなスタイルで挑戦している。





そしてクライミング。本場ヨセミテでのロッククライミングのほか、北アルプス錫杖岳や瑞牆山などで新ルートの開拓もしている。





沢登りにも強い。日本最大の滝といわれる立山・称名滝全4段を通して初めて登ったのはこの人だ。





山岳スキーに強いのも澤田さんの大きな持ち味。スキーを利用して、黒部横断を11時間で成し遂げてもいる。





こんなことまで。「小川山レイバック」という有名なクライミングルートを「ギター初登」。音楽も得意な澤田さんは、途中のテラスで尾崎豊を熱唱した。




こうして並べてみると、ほとんど登山の全ジャンルをこなしているといってもいいほど。しかもそのいずれもハイレベルで。このマルチプレイヤーぶりは日本の登山界では際立っている。それはガイドという仕事にも大いに生かされているようだ。







「どれがいちばん好きかって? うーん、ひとつには決められないなあ……」


高所登山からスキー、沢登りまで、まんべんなくハイレベルにやっている人ってあまりいないと思うんですが。


「面白そうだなと思うことをそのときどきにやってきただけなんですよ。山って、それぞれに、いちばんいい季節、いちばん合った登り方があるじゃないですか。そのいちばんおいしいところを選んでいったら、結果的にいろいろやることになっていたということなんです」


澤田さんが登山を始めたのは大学に入ってから。愛知県出身の澤田さんは、「北海道になんとなく憧れがあって」北海道大学に進学。そこで探検部に入部したことで登山と出会った。


探検部というのは、山だけでなく、川下りや洞窟探検、海でのダイビングなど、さまざまな活動を行なう。部の活動ではないが、澤田さんは、1年休学して150日ほどかけて日本徒歩縦断(北海道宗谷岬~九州佐多岬)ということも行なっている。





大学探検部時代、北海道天塩川をイカダで河口まで下った


いろいろやったなかでも「登山がいちばんバリエーション豊かで面白い」と感じた澤田さんは、卒業後も就職せず、山で生きていくことを決意。山小屋やスキー場など、山でのアルバイトを見つけて働くようになる。しかし、こうした山での仕事は意外と登山には行けないことがわかり、当時はクライマーの職場として人気があった窓拭き会社のアルバイトに転身。同時に上京して山岳会に入り、実力のある仲間を得た澤田さんの登山熱は爆発していく。


1994年にアラスカのデナリ(6190m)に登り、90年代は毎年のように海外登山に出かける。ヒマラヤ8000m峰も登るようになり、その実力と大学で地質学を学んだ経験を買われて、エベレストの山頂で化石を探すというテレビ番組の企画にも起用された。「化石探しが目的だったんですが、いい化石が見つからないうちに山頂に着いちゃった(笑)」





1997年に登ったナンガ・パルバット(8126m)


このころの澤田さんの生活は完全に山中心。窓拭きの仕事はかなり自由がきいたため、長期山行や海外登山にもしばしば出かけている。厳冬期2月の単独黒部横断にも挑戦し、11日間でこれを達成している。この時期の剱岳は非常に厳しく、登られた記録があまりない。そこにあえて挑戦した澤田さんは、山岳会の記録にこう書いている。


「休みが取れないことをうまい口実に敢えて避けてはいなかっただろうか。誰もやらなかったのならば、山のためにフリーター生活をしている僕が行かなくてどうするのか」


2004年には、スペインで行なわれた山岳スキーの世界選手権にも出場。4人チームで、ほかのメンバーは、松原慎一郎(山岳ガイド)、横山峰弘(トレイルランナー)、佐藤佳幸(元アドベンチャーレーサー、現アドベンチャーカメラマン)という強力なもの。





2004年の山岳スキー世界選手権


このレースで澤田さんは、海外の強豪選手のスピードに衝撃を受ける。このノウハウと装備を日本の山に持ち込んだら、それまで想像もつかなかったすごいことができるんじゃないか。そして黒部横断ワンデイという、当時としては途方もない発想にいたる。





黒部横断を11時間18分で達成


超軽量スキーとデイパックに、レーシングスーツで身を包んだ、冬山登山の常識を飛び越えた異様な風体の男が冬の黒部を疾走。11時間強という、それまで考えられなかったタイムで横断を達成した。







そして2004年にカモシカスポーツのスタッフとなる。家族ができ、不安定なアルバイトのままではいられなくなった末の決断だったが、自分の経験が生かせる職場は楽しく、好きなものに囲まれた毎日で、最新の道具事情にも詳しくなった。


接客業を経験したことも大きい。それまでは嗜好を同じくする仲間としか付き合ったことがなかったのだが、登山ショップには、ハイキングからクライミングまで、さまざまな趣味嗜好のお客さんが来店する。自分の発想にはまったくなかった相談を受けることもある。そんな経験を通じて、山を見る目も広がっていった。


気がつくと、ショップ勤務も10年になろうとしていた。カモシカスポーツの顔のひとりとして定着していた2014年、澤田さんはカモシカスポーツを辞め、山岳ガイドへの転身を決断する。


「やっぱり僕は山にいたかったんですよ。ショップは休みが限られますから、時間の自由がきかないし、長期の登山も行きにくい。もっと山にいる時間を増やしたい――その条件に合って、自分の経験も生かせる仕事はなにかなと考えたときに、出てきた答えが山岳ガイドでした」


もっと山に行きたい。そういう自分の欲求から選んだ新たな道だったが、ここにきて、マルチプレイヤーとして活躍してきた経験が生きている。さまざまな山、さまざまな登り方に対応できるのだ。この3月には、かつて自身が11時間で行った黒部横断コースを、お客さんに請われて2泊でガイドした。こういう、あらゆる技術と経験の複合技が必要なコースをリードできるガイドは多くない。


現在は年に200日近く山に入る毎日。ガイドの仕事だけでなく、自分の登山を磨くことも忘れていない。この冬には、10日ほどかけて穂高の継続登山をしてきた。「目標にしていた岩壁は、天気が悪くて逃げまくっちゃいましたけど(笑)」。


どんな山でも楽しい。そう語る澤田さんの表情は、カモシカスポーツでもおなじみだった、ニコニコとして人なつっこい笑顔のままだった。

***************






やりきったと思える人生を送れて幸せだったと思っていてほしいです。が、思い残すことはあったはず。ご本人とご遺族が安らかな日々を送れる日が来ることを願って。


2019年3月3日日曜日

「私にも登れますか」には答えられません




昔、山と溪谷編集部にいたころに、こういう問い合わせの電話をよく受けた。


「私にも○○山は登れますか」


これは絶対に答えられない質問なんですよ。だって、登れるか登れないかというのは、人によって大きく変わってしまうから。電話をかけてきているのが登山経験豊富な人である場合と初心者とでは、答は180度変わってしまうこともあるわけです。


「140kmのスライダーは私にも打てますか」と聞かれたら、相手がプロ野球選手なら「打てるんじゃないでしょうか」と答えるだろうし、野球素人なら「無理だと思いますよ」と答えますよね。それと同じことなのです。


もちろん、だからといって「わかりません」とひと言で切って捨てるのではなく、電話をかけてきた人の登山経験を聞いたりして、可能性を探る会話はするわけですが、いずれにしろ最終的に結論を提示することはありません。そこで安易に「登れると思いますよ」とか「無理でしょうね」とか言ってしまうほうが、むしろ無責任かと思うのです。


だから七ツ石小屋のケースも、問い合わせをするなら、こう聞くべきなのであります。


× 「アイゼンないけど今週末なら登れますか」

○ 「いま登山道に積雪ありますか」


登れるか登れないかの判断はできないけれど、積雪があるかどうかは客観的事実なので答えられる。その事実をもとに行けるかどうかを判断するのはあくまで本人。というか、本人あるいは近しい人にしかその判断はできない。


がしかし、客観的事実から登れるかどうかを判断できる人は、そもそもこういう質問をしないだろうという矛盾にいま気づきました。ならば百歩譲ってこう聞いてほしい。


「雪山経験○回で、これまで××山とか△△山などに登りました。それくらいの経験で今週末七ツ石山に登ることについてどう思われますか?」


これならば、質問というより相談といった類のことになるので、もう少し実のあることを答えられる余地はあります。


とはいえ、山小屋や雑誌編集部、山岳ガイドなどは発言に責任が伴う立場なので、会ったこともない人に対して確定的なことは言わないし言えません。そこはやっぱりお忘れなくとしかいいようがないモヤモヤした結論になってしまいましたがよろしくお願いします。



2019年2月7日木曜日

NumberWebで連載始めました

スマホアプリは山岳遭難の救世主?老舗『山と溪谷』も"推奨"に方針転換!(森山憲一)

登山とクライミングをテーマにしたコラム連載をNumberWebで始めることになりました。


基本的に1カ月に2回のペースで、登山ネタとクライミングネタを交互にやっていく予定です。Numberなのでスポーツ寄りのテーマが多めになるとは思いますが、初回からかなり山っぽいテーマなので、どうなるかは自分でもわかりません。クライミングは純粋スポーツクライミングからときにはアルパイン系ネタまで入ってくるんじゃないかと思います。


このブログでときたま書いていたオピニオンチックな話も、それなりに一般性をもつものはNumberで書くようにするかもしれません。逆にこのブログはNumberでは書けないようなマニアックな話を中心にしたいなと思っています。やたら突っ込んだ長文の道具レビューとか角幡唯介のおちんちんがどうしたとかいう話ですね笑


「こんなテーマ読みたい」などのリクエストがありましたら、コメントなどでお寄せください。ぜひ参考にさせていただきます。


よろしくどうぞ~


2018年8月23日木曜日

道迷いを防ぐ地図の使い方



8月11日の山の日、八ヶ岳の赤岳天望荘で、ちょっとしたトークショー的なことをやりました。じつは2年前にもやっていて、今回が2回目(前回のテーマは写真撮影のノウハウ)。せっかくスライドまで作ったので、ブログにも置いておこうと思います。




小屋の貼り紙には「地図読み」とありましたが、実際に話したテーマは「山での地図の使い方」。等高線を読んだりコンパスを使ったり以前の、基本中の基本みたいなことにしぼりました。ちょっと基本的すぎてつまらないと言われるかな~と心配もしたのですが、結果としては、それほど退屈することもなく聞いていただけたようでよかったです。


お客さんというか聴衆は、当日、天望荘に宿泊していた方々。トークショーは夕食をはさんで2回やったのですが、どちらも30~40人くらいで、計70人前後でしょうか。当日の宿泊客は180人くらいだったので、半分近くに出席していただけた感じかな。


夏の八ヶ岳って最近あまり行っていなかったのだけど、若い人が多くて驚きました。中心的な年齢層は30代って感じで、しかもカップルで来ているような人が多い。宿泊客も同様で、山小屋にこんなに若い人が泊まっているのは他の山域ではあまり見られない光景。一方で、身につけている道具や歩き方を見ていると初級者っぽい人が多く、「高い山エントリーは八ヶ岳」というイメージはがっちり定着しているのだなと感じました。




地図、持っていますか?

お客さんの登山レベルを測るために、まずはこんなことを聞いてみました。




持っていると答えた人には、どんな地図を持っているかも聞きました。


結果は以下のような具合:

『山と高原地図』などの登山地図……7割
観光マップ的なもの……2割
持っていない……1割


そして25000分の1地形図は、2回約70人中、なんと1人! まあ、夏の八ヶ岳だから、しかも山小屋泊まりだからだとは思いますが、それにしてもたった1人とは。地形図の存在自体を知らない人もけっこういました。少なくとも夏の一般登山においては、地形図というのは存在意義を失いつつあるのだなとあらためて感じた次第であります。


電子地図については、聞くのを忘れました。スマホで地図を見ている人もそこそこいたはずだと思うのですが、うっかりしてました。後悔。





次に聞いたのはこれ。


行動中、地図をどこに携帯しているかということ。


結果は以下のような感じ:

シャツやズボンのポケット……4割
ザックのウエストベルトポケットやショルダーポーチなど……3割
ザックの中……3割


後述するのですが、地図は見たいときにすぐに見られるようにしておくことがとても重要で、歩きながら簡単に取り出せる所に携帯するのは鉄則。ザックの中(雨蓋ポケットの中も同様)というのは論外なのであります。




ちなみに私が入れているのはもっぱらここ。


ザックのショルダーベルトに付けられるポーチの中です。ポーチを使わないときは、シャツの胸ポケットかズボンのサイドポケットに入れてます。ズボンのサイドポケットとは、カーゴポケットのように太もも部分横に設けられたポケットのこと。かさばらない地図ならば、意外と歩行のストレスにはなりません。


私の場合、ポーチはスマホ入れ(ときにはコンパクトデジカメ)がメインの用途なのですが、このミレーのポーチは2ポケット構造になっていて、片方にスマホ、もう片方に地図や行動食などと使い分けられる便利なもの。類似製品があまりなく、気に入ってます。







ザックのウエストベルトポケットももちろんいいんですが、大型ザックをのぞけば、地図を入れるにはやや容量不足で、使いにくい場合が多いかな~


余談ですが、写真に写っている地図は、国土地理院地形図をパソコンでプリントしたものを、ファイントラック・ドライレイヤーのパッケージに入れたものです。パソコンプリントの地形図は濡れや擦れに弱いので、袋に入れる必要があるのですが、ドライレイヤーのパッケージ袋が、サイズといい強度といい、ちょうどいいので愛用しています。ジップロックでもいいのですが、ドライレイヤー袋のほうが耐久性で勝るので繰り返し使えてGood。数年前に買ったものなので、ファイントラックがいまもこのパッケージを使っているか未確認ですが、オススメです。





事前に地図を見ておくことがすべて



さて、ここからが本題。


道迷いを防ぐための基本その1はこれです。「その1」というか、これさえしっかりやっておけば、道迷い対策の半分以上は終了といっていいくらい。もっとも基本であり、もっとも大切なことです。


やることは単純。地図上で、予定のコースを目で追ってみるだけです。



たとえば今回、私は、美濃戸口から入って、美濃戸→赤岳鉱泉→行者小屋→地蔵尾根→というコースで、赤岳天望荘に行きました。帰りは、赤岳→阿弥陀岳→御小屋尾根→美濃戸口というコースで下山です。


このコースを、出かける前に地図上で追ってみるのです。とはいえ、漫然と地図を眺めればよいというわけではありません。地図上を歩いているつもりで、スタートからゴールまでじっくり見ることが大切です。



たとえばこのように。


美濃戸口をスタートして、まずは美濃戸山荘や赤岳山荘のある場所(美濃戸)まで。ここをじっくり見てみると、いろいろなことがわかります。

・美濃戸口から歩き出すと、ほどなくして川を渡る
・美濃戸口から1時間歩くと、美濃戸に着く
・そこまでは車道表記があるので、車も通る道のようだ
・美濃戸には山荘が3軒あって(やまのこ村、赤岳山荘、美濃戸山荘)、駐車場もあるらしい





次の区間、美濃戸から赤岳鉱泉まで。ここでわかることは:

・美濃戸を出たら、道がヘアピンカーブ状に曲がっているところがある(ショートカットもできそうだ)
・50分ほど歩くと、「堰堤広場」という所に着く
・そこで道は二手に分かれ、自分が行くのは左手の道
・堰堤広場から1時間10分歩くと、赤岳鉱泉に着く
・地図の地色がだんだん濃くなっているので、登り傾斜の道であろう
・赤岳鉱泉の標高は2220mであるらしい
・赤岳鉱泉にはテント場もある





次は、赤岳鉱泉から行者小屋まで。

・35分ほど歩くと「中山乗越」という所に着く
・そこからは、「中山展望台」という所に行く道が分岐している
・中山乗越から10分ほどで行者小屋に着く
・行者小屋にはテント場もある
・行者小屋は、四方から登山道が交わる交差点のような場所になっている
・さらに地色が濃くなってきたので、標高もかなり上がっているのだろう





最後、行者小屋から赤岳天望荘まで。

・地蔵尾根という所を1時間25分登ると、「地蔵の頭」に着く
・そこから赤岳天望荘までは5分ほど




――帰りの道は省略しますが、こういうことを全行程にわたって行なっておくのです。予定コースの長さにもよりますが、じっくりやれば、15分くらいはかかると思います。15分かからずに見終わってしまったとしたら、それはたぶん見方が足りていない。腰を落ち着けて、再度集中して、地図に書いてあることを丹念に追ってみてください。現地の風景や登山道のようすを想像しながら行なうとさらによいです。


この作業が終わったら、地図はしまってOK。地図で見たことを無理に記憶する必要はありません。細かいことは忘れてしまっても、大まかなコースイメージが頭の中にできあがっているはずです。これが重要なのです。




行動中も地図をひんぱんに見る


基本その2はこれです。


要するに、行動中もひんぱんに地図を見るクセをつけようということです。トークショーなので、記憶に残りやすいように「30分」と記しましたが、この数字にこだわる必要はないです。地図をちゃんと利用していれば、平均的にそれくらいの頻度で地図を見ることになるはず、という目安と考えていただければ。


歩いているときに、「地図に書いてあったあの分岐はまだかな」とか「なんかへんだな」と感じたら、すぐに地図で確認。これを面倒くさがらずにやるべし。


基本1は、事前に正しいイメージを作ることで、現場でズレたときに「なんかへんだな」という違和感を察知するために必要な作業であり、基本2は、その違和感が気のせいなのか、それとも本当にコースロストしたせいなのかを確認する作業というわけです。


確認の頻度は高ければ高いほどミスの早期発見につながるので、苦にならなければ、30分といわず15分でも5分でもいいです。私は平均的に15分に1回くらい。以前、取材でいっしょに山を歩いたことのあるアドベンチャーレーサーの田中正人さんなんぞは、それこそ15秒に1回くらい見てました(道のないヤブ山でしたが)。


歩きながらでもすぐに取り出せる場所に地図を携帯すべしというのは、このために重要なのです。なにか確認したいことがあっても、地図をザックの中に入れていたら、よほどのことでないかぎり、わざわざザックを下ろして地図を取り出す気にはなりませんよね。「まあ、いいか」と確認しないまま歩き続けることがほとんどだと思います。で、いつの間にか道迷いの泥沼にはまっていく……というのが、よくあるパターンなのです。





やるべきことは以上です


私がトークショーで伝えたかったのは、この2つだけ。あまりにも単純ですが、しかし、これこそが「地図読みの極意」だと私は考えています。


事前に地図を見てコースのイメージを頭に入れておき、
行動中に違和感を覚えたらすぐに地図で確認する。


これだけです。


地図読みがうまい人もやっていることは結局これなんです。事前に「ルートプラン」を立てて、行動中に「アジャスト」し続ける。等高線で微妙な傾斜を読み取ったりして、それをより精度高くやっているだけです。


ところが、こんな単純なことでも、これまで私がいっしょに山に行ったことがある人のうち、この2つをやっていた人は3分の1くらいしかいませんでした。私は職業柄、山慣れた人と行くケースが比較的多いと思うのですが、それでも3分の1です。残りの3分の2は、この基本中の基本をやっていませんでした。


仮に、世の登山者の全員がこの2つを実行したとしたら、道迷い遭難は現在の半分になるのではないかと思っています。それくらいの効果は余裕であるはず。それに対して、さまざまな地図読み技術やコンパス技術が道迷い防止に寄与する割合は、せいぜい2割くらいに過ぎません。だれでもできて5割の効果があることと、習得が難しくて2割の効果しかないことのどちらが重要か。


ーーそういうことが、トークショーで伝えたかったことです。





スマホGPSを使おう

が、これだけのことでも、やらない人、できない人はいるだろうとも思っています。


地図読みって、才能があると思います。才能というより、向き不向きというか、好き嫌いというか。地図に向いていない人、どうしても興味がもてない人っています(私の妻とか)。そしてそれは、登山の技術レベルの高低と必ずしも一致はしていなくて、登山がうまい人でも地図読みは下手という人は珍しくありません。


私は地図得意なのですが、考えてみれば、子どものころから地図が好きでした。学校の社会の時間とか、授業聞かずに地図帳をずっと眺めているような子どもでした。今でも、無味乾燥な国土地理院地形図1枚を、飽きることなく30分は余裕で見ていられます。


一方で、天気図はいまだに読めません。天気図から気圧配置を読み取って今後の天気を予想することは、地図読みと同じくらい登山に重要な技術と昔からいわれていますが、なぜか興味が持てず、そのためにいまだに気象のことはよくわからないのです。


地図読みもこういうことなのだろうなと思います。重要だとわかっていても、興味が持てないことにはどうしても取り組むことができない。仕事ならともかく、登山なんてしょせん趣味(私は仕事でもありますが汗)。楽しく感じられないことにやる気が起きない気持ちは、天気図のことを思えば私もよくわかります。




がしかし、やらないことによって生じる問題は解決したい。ならどうするか。


そういう人はGPS(スマホアプリ)に頼ればいいんだと思います。



以前は、GPSに頼るのは現実的な解決策ではなかったので、私も、どんなに地図が苦手な人でも、山に登る以上、上述の2ポイントだけはやってくれというスタンスでした。しかしここ数年、スマホの普及とアプリの発達によって考えを変えました。


これにも書きましたが、登山用のスマホアプリは、いまやカーナビ並みの性能と使いやすさになっています。「道迷い遭難を防ぐ」という観点に立てば、イヤイヤ地図の使い方をマスターしようとするくらいなら、素直にGPSに頼ったほうが、はるかに得られるものは大きいです。実際、地図の読み方がほとんどわからない人でも、スマホアプリを使うだけで、道迷い遭難のリスクは半分になると思います。それくらいの威力は絶対あります。


もはや「地図読み」は終わった技術なのかもしれない


それと、ほとんど指摘されることがないのですが、電子地図にはもうひとつ大きなメリットがあります。老眼にやさしいということです。私も2~3年前から老眼が進んできて、地形図の細かい等高線を読むのがきつくなってきました。薄暗い樹林帯などではなおさらです。その点、電子地図なら拡大が自由自在のうえ、つねにバックライトで照らされているので、暗い場所でも見やすい。これは中高年には見逃せない大きな利点となるはずです。




登山者によく使われているスマホアプリは上の4つが代表的なところでしょうか。「山と高原地図」以外は無料で使えます。それぞれ一長一短ありますが、大差はないようなので、好きなものを使えばいいと思います。

山と高原地図
YAMAP
ヤマレコMAP
ジオグラフィカ


私は「山と高原地図」を使っています。職業柄、山と高原地図は必携資料なので、定額制の「山と高原地図ホーダイ」に入っており、全国の地図が使えるので、ならこれ使うかというだけの理由。ログをとったり地図上でルートを作成したりなどの機能は一切使っておらず、現在地確認に使っているだけです。


山と高原地図アプリの画面。「コレ」と記した青いマークが現在地表示です



ただし、スマホアプリには当然、弱点もあります。最大の問題はバッテリー切れ。地図を読めない人が山中でスマホのバッテリーが切れたら、その瞬間に丸腰状態、無力になるわけですから、バッテリー切れはなんとしても避けなければなりません。



そのためにするべきことがこのふたつ。スマホアプリは、電波圏外でも機器内蔵GPSで作動してくれるので、山中では「機内モード」など、バッテリーを節約する設定にすることをおすすめします。もうひとつは、モバイルバッテリーを持ち歩くこと。見落としがちなのが接続ケーブル。バッテリーは持っているけどケーブル忘れたとか、ケーブルが断線していたなどのトラブルはあり得ます。私はそうしたトラブル防止のために、バッテリーを入れている袋に、ケーブルを常に2本入れておくようにしています。あと、もちろん、スマホやバッテリーの防水にも気を遣う必要がありますね。


以前は、軽くはないモバイルバッテリーをスマホだけのために持ち歩くことには抵抗があったのですが、最近はヘッドランプやデジカメも充電式が増えたので、それらの予備バッテリーも兼ねると考えれば、気にならなくなりました。ただしそれぞれ端子が違う場合はアダプターも忘れずに。詳しくは知らないのですが、電圧等による相性?もあるようなので、無事に充電できるか事前のテストもこれまた忘れずに。


ところで、「機械に頼ると、壊れたりバッテリーが切れたときにどうするんだ」ということが登山では昔からよくいわれます。そう聞くたびにモヤモヤしたものを感じていたのですが、以前、GPSの記事を書いたときに、ジオグラフィカの開発者とツイッターでやりとりしたことがあり、それを通じて、「どうするんだ」に対する反論が私の中では明確に整理されました。











……ここまでで、トークショーで話したことの半分。この後にオマケ的な道迷い防止の小ネタをやりました。しかしえらく長くなってしまったので、そちらは次回にまとめます。それにしてもトークの情報量ってすごいですね。ここまでで30分ほどだったのですが、文字量にするといったい何字になっているのでしょうか。


ところで、私のトークショーとはまったく関係がなく、たんなる偶然なのですが、いま発売中の『山と溪谷』で、読図入門特集をやっています。この特集、これまでになく電子地図に踏み込んだ内容で、画期的といえると思います。








【2018.8.29追記】

こんな記事を発見しました。上に紹介した4つのスマホアプリをかなり詳しく比較しています。


登山用のGPS地図アプリを徹底比較!特徴とおすすめポイントを解説!


さらに、PEAKSの2018年9月号と、山と溪谷の2017年9月号では、実際に山でスマホアプリを使い比べてみた記事が載っています。現場の使い勝手やバッテリー消費のことなど参考になります。




2018年5月28日月曜日

「賛否両論」の裏側にあったもの

5月21日、栗城史多さんがエベレストで亡くなりました。当初は、死因や遺体発見の場所など、情報が錯綜していましたが、標高7400mのキャンプ地からの下降途中、滑落しての死亡ということで確定したようです。夜中に下降していたことについて疑問もありますが、状況によってそういうこともあるのかもしれない。そこは私にはわかりません。


事故の第一報以降、私が過去に書いたブログ記事(「栗城史多という不思議」「栗城史多という不思議2」)もアクセスが爆発。なんと1日で90万PVに達しました。あらためて、栗城史多という登山家の知名度の高さ、注目度の高さを知った気分です。


栗城さんについては、昨年の2回の記事で言うべきことは書き尽くしたし、事故のことについてはまだ詳細がわからなかったので、とくに何かを書くつもりはありませんでした。が、1本だけ記事を書きました。


"賛否両論の登山家"栗城史多さんとは何者だったのか――2018上半期BEST5 | 文春オンライン


書いた理由は、竹田直弘さんという編集者からの依頼だったからです。記事中で、昨年、栗城さんに会ったときのことを書いていますが、このとき、この竹田さんも横にいました。竹田さんは、昨年、私のブログを読んで連絡をくれ、栗城さんと会うセッティングをしてくれたのです。事前に栗城さんに記事化を断られていたので、竹田さんにはもはや仕事上のメリットは何もなかったのですが、面倒な日程調整をしてくれたうえに、同席までしてくれました(そういえば、その日は、渦中にあったタレントの松居一代が文藝春秋本社に突撃した日で、目の前で見てびっくりした覚えがあります)。


竹田さんとは以前、Number編集部時代に一度仕事をしたことがあり、そのときの誠実な仕事ぶりに好印象をもっていたし、栗城さんの件で骨を折ってくれた恩もあります。編集者としても、人間としても、信頼できる人という思いがあったので、その竹田さんからの話なら変な記事にはならないだろう。ということで、思い切って記事を書いたというわけです(同様の依頼はほかにもいくつかありましたが、いちばん最初に連絡が来たハフポストの電話取材以外は全部断りました。こんなデリケートな仕事、知らない人相手にできません)。


この記事もずいぶん読まれているようで、ネット上に感想の声があふれています。さらに、栗城さん本人を知る人から直接・間接に話を聞くこともありました。この一週間、それらを見聞きするなかで、私の中での栗城さんのとらえ方に微妙に変化が生まれています。登山家としての評価はなにも変わりません。変わったのは人物についてで、それはどちらかというと同情的・共感的な方向にです。


具体的にどういうことかというのはさておき、そんなことを考えているうちに、ひとつ思うことが浮かんできました。とても重要なことです。以下は、そのことについて書いてみます。


昨年のブログで、私は野球になぞらえて、栗城さんの挑戦の無謀ぶりを説明しました。しかし今では、格闘技にたとえたほうが、より適切だったと感じています。「ボクシングの4回戦ボーイがマイク・タイソンに挑戦するようなものだった」という意味のネットの書き込みを目にしました。まさに言い得て妙。命の危険があるという点で、登山は野球より格闘技に近いものがあるからです。


高額なリングサイドチケットを持っている人は、試合内容にはあまり関心がなく、「ここにいるオレ」を買っているにすぎないという構図も、ボクシングに似ていると感じます。事故後、栗城さんの支援者や知人がSNSで追悼を表明していました。すべてではありませんが、その一部に、私は控えめに言って吐き気を催しました。なんてグロテスクな光景なんだろう。


……つい熱くなってしまった。話を戻そう。


当然のことながら、栗城さんはタイソンに滅多打ちにされて、最後はリング上で命まで落としてしまう結果になったわけですが、これが本当のボクシングだったら、こんなことはあり得なかったはずです。そんなマッチメイク、成立するわけがなく、成立するとしたらテレビのお遊び企画以外にないということが、だれの目にも明らかだからです。


しかし、エベレストではこれが成立してしまった。そこには、不可能を可能に見せる、栗城さんの天才的なショーアップ能力の存在が大きかったと思うのですが、それだけではない。世の人々が、マイク・タイソン(=エベレスト北壁や南西壁の無酸素単独登頂)が何者かを知らず、栗城さんの実力レベル(4回戦なのか日本チャンピオンなのか世界ランカーなのか)もよくわかっていなかった。天才的なショーアップ×観客の無知。このかけ算によって、悲劇的な興行が成立してしまったと思われるのです。


そう、これは悲劇です。命の危険がある無謀な挑戦からおりられなくなったボクサーと、無謀ぶりを理解せずに無邪気に応援している観客という構図。間違ってもこれを、「果敢な挑戦の末に夢破れた」という美談にしてはいけない。


亡くなった故人やご遺族には酷な言い方になってしまいますが、事実としてそのようにしか見えないし、栗城さんと近しかった人に聞いた話を総合すると、これがことの真相であるとしか思えないのです。「好きな山で死ぬことができて本望だったのでは」という陳腐な言葉で片付けても絶対にいけない。


ご遺族や友人など、近しい人にとっては、余計なことは考えず、まずもって故人を偲ぶべき時期でありますが、私を含めて世間一般がやるべきこと考えるべきことは、違うことであるはず。「何が問題だったのか」ということを考え、二度とこういう悲劇が起こらないようにすることが第一であると思うのです。


同時に思うのは、この明らかな悲劇を見て見ぬ振りをしてきた登山界の責任についてです。世間の人々がタイソンの強さも栗城さんのレベルもわからなかったのは、登山界やメディアが伝えてこなかったからです。


登山関係者なら、友人などから「栗城さんて、すごい登山家なの?」と聞かれた経験が一度ならずあるかと思います。しかしこれに答えるのはじつは難しいことです。エベレスト北壁や南西壁の難しさを、山を知らない人にもわかるように説明しなくてはならないし、同時に、栗城さんの実力レベルもわかりやすく説明できなくてはならない。よほど明晰な分析・表現能力をもっている人でもないかぎり、これは困難な話で、結果、面倒になって質問にきちんと答えてこなかった人がほとんどではないかと思われます。もちろん私もそのひとりで、「まあ……すごいというのとは違うんだけどね……」みたいな、曖昧な返事をしてずっと流してきました。


なぜ、レベルを説明するのがそんなに難しいのかと思う人もいるかもしれません。ここが、野球やボクシングなどのスポーツと登山の違うところであって、登山には、明確なランキングのようなものが存在しません。山の難しさは、季節やコンディション次第で変わったりもします。そこに「無酸素」とか「単独」などの条件が加わることによっても、困難度は大きく変動します。第一、登山は競技ではないので、評価基準は一本線ではなく、いくつもあります。考え合わせるべきパラメーターが多岐にわたるので、評価は難しく、それは「世界でいちばんすばらしいギタリストはだれか」を決めるのが困難であることに似ています。実際、先鋭登山の世界的権威とされる「ピオレドール」という賞が、選考基準の食い違いにより内紛が起こり、一時期休止されていたこともあります。


文春オンラインの記事にも書きましたが、登山雑誌は、栗城さんをほぼ黙殺してきました。理由はいろいろありますが、ここに向き合うのが面倒だったからです。へんに持ち上げても、専門誌としての見識を疑われるし、逆に、挑戦を批判的に取り上げるなら、根拠を整理して理論武装しなくてはいけない。どちらも面倒くさい道なので、ならば、ふれないでおくのが無難だろう……ということだったのです。


ところで、「登山雑誌」と他人事のように書いていますが、この20年間、登山雑誌中心に仕事をしてきた私にとっては、これはまさに自分事でもあります。


面倒くさいから、栗城さんにはかかわらないようにしてきたし、面倒くさいから、「登山家の評価」というようなテーマからは、言葉を濁して逃げてきました。ヒマラヤなどの先鋭登山について書くときは、あまり専門的なことを言っても、読者はわからないし興味もないだろうと勝手に忖度して、かなり端折った説明しかしてきませんでした。


こうした態度が、世間の無知を促進した一面はきっとあるというのが、いま感じている反省です。もちろん、社会的有名人になった栗城さんの前には、登山雑誌が何かをやったところで、大した意味はなかったかもしれないし、いずれにしろ結果は変わらなかった可能性も大きい。それでも、一定の歯止めにはなっただろうと思うのです。


私の知る限り、海外のメディアは、それなりにおかしなところはありつつも、4回戦ボーイが世界チャンピオンより有名になってしまうような極端なことはありません。大々的に取り上げられる人は、それなりに実のある人である場合がほとんどです。かなり専門的なわかりにくいことをやっている人であってもです。メディアだけでなく、社会全体の冒険に対する理解度の高さが影響しているのだとは思いますが。


日本はその点、真実よりも、わかりやすさや人気を優先させてしまうところがあります。多くの場合、それは現実的な選択であり、それによって問題が起こることはあまりないのですが、歪んだものの見方であることは変わりない。その歪みが、悲劇につながることもある。歪みはやはり歪みなのだ。そのことに気づけたことが、今回の事故から得ることができた、私にとっての教訓です。

2017年11月19日日曜日

富士山にヘルメットって必要なんだろうか


くらしナビ・気象・防災:富士登山、頭は守れるか - 毎日新聞


こういう記事を読んだ。要するに、富士山でヘルメット普及活動が進んでいるが、登山者の利用はかんばしくないという内容。


ここ数年、富士山でやけにヘルメットがアツく語られているけれど、個人的には疑問に感じています。富士山にヘルメットって必要なんだろうか?と。


そりゃもちろん、かぶることによって安全性が高まることは間違いないけれど、それは100あるリスクを98に減らすようなものであって、その一方で犠牲にするものが大きすぎるように思うのです。もしかしたら、ケガのリスクは2減っても、熱中症になるリスクが10ぐらい増えて、トータルではかえってリスクを抱え込む結果になるんじゃないかと思えるほど、得られるメリットは薄い。


富士山でヘルメットの着用が声高に叫ばれるようになったのは、2014年の御嶽山の噴火事故以後のこと。確かに御嶽の噴火のときは、ヘルメットの有無が生死を分けることもあったようです。ただ、ああいう噴火事故は非常にレアなケースであって、それへの備えとして新たに道具を用意するというのは現実的な選択とは思えません(富士山の噴火可能性が有意に高まっているという事実があるなら、話はまったく別ですが)


落石や滑落に備えてかぶりましょうというのならまだわかるけれど、いったい富士山で、頭部に致命的なダメージを負った事故ってどれくらいあるんでしょうか。ここの検証は、少なくとも私は見たことがありません。上の記事にも「山梨県警によると、今年7~8月の遭難者のうち約6割が転落や滑落、転倒による事故だった」と思わせぶりな記述があるだけで、それとヘルメットとの関係性はぼんやりとスルーされています。


自分の経験からすると、富士山でヘルメットっていらないと思うし、仮に必要なんだとしたら、日本の多くの山でも同じようにヘルメットが必要になってしまう。


記事では、登山者がヘルメットをかぶらない理由として、「夏場で暑いからか、ファッション性がないからか、他にかぶっている人が少ないからか」という、地元職員のコメントを紹介していますが、全部そのとおりだと思います。


もうひとつ重要なのは値段。登山用のヘルメットは1万円前後もして高いのです。近ごろは軽量化と通気性アップとデザイン性アップが進んで、かぶっていてもストレスを感じないものが増えましたが、そういうものこそ高い。ホームセンターで売っている安全帽(いわゆるドカヘル)なら1000円くらいで買えるものもありますが、それはかぶり心地悪いし、重いし、蒸れるし、なにより、あまりにもカッコ悪い(安全帽屋さんすみません)。


要するに、富士山でヘルメットをかぶるという行為は、コストパフォーマンスが低すぎると思うわけです。安全性をコストパフォーマンスで語るのはいいことではないけれど、低いリスクに備えるためにほかのすべてを犠牲にしてもいいというものでもないでしょう。そのへんの現実を無視した施策は、あまりいい結果を生まないと思うんですよね。

【補足】
ここでいう「コスト」とはお金のことばかりではないです。「ヘルメットを導入することで負わなければならないマイナス要因すべて」です。装備の重量増もそうだし、快適性低下、ファッション性低下もすべて含んでいます。




ヘルメットについてちょろっと調べていたら、こんなものを発見しました。この値段ならギリ許容範囲(しかもサングラス付き!)。クライミングで使わないなら、自転車用ヘルメットは通気性が高くて軽くて、夏山登山用ヘルメットとしてはじつはかなり快適なのです。ドカヘルみたいなものかぶるよりは断然おすすめです。





2017年10月23日月曜日

もはや「地図読み」は終わった技術なのかもしれない

先日、越後駒ヶ岳に登ってきました。持っていった地図は、『山と高原地図』の電子版。スマホで見るやつです。1枚500円と安いことと(紙版の半額)、山行前夜でも買える便利さなどから、最近はもっぱらこれを利用しています(プラス、国土地理院サイトからプリントした地形図を持つのが最近の自分的定番)。


現場でそれを見ていたときに、いっしょに行った人と話したんですが、もしかして、「もう地図読みって、大多数の人には不要な技術になったんじゃないのか?」


なにしろ、スマホの画面はこれなわけです。

「コレ」で示した青いマークが現在地表示(ちなみに上下がオレンジ色なのは、電池残量が少ないことの警告です。やばいやばい笑)


もうこれを見たら、現在地は一撃でわかるわけです。地図が読めなかろうが、どんなにどんくさいヤツだろうが、これなら間違えようがない。しかも現在のGPSは精度が高く、ほとんどズレがない。地形図とコンパスを使って現在地を割り出すよりよほど正確なのです。


かつて、ガーミン等のGPS受信機が登場し始めたころは(20年近く前)、画面には北緯や東経の数字が表示されるだけで、普通の人が使いこなせるものではとてもありませんでした。地図が表示されるようになってからはだいぶ使いやすくなりましたが、価格が5万円前後かそれ以上、それに地図ソフトがまた高価で、普通の登山者にすすめられるものではありませんでした。だから私も、地図読み技術はまだ重要だと思っていました。


ところが、いまは『山と高原地図』以外にも、山で使えるスマホ地図アプリがたくさんあります。これらはアプリも地図データも無料かあるいは安価。測位精度もいまや専用受信機と変わらず。画面表示は専用受信機より数段きれいで見やすい。操作は手慣れたタップやピンチで可能。数年前までは、操作がわかりにくいものが多かったのですが、だいぶ洗練されてきました。となると、使わない手はないんじゃないのかと。


登山雑誌では、地図読み特集というのは鉄板企画で、これをやると売上がだいたい伸びます。それくらい多くの人が地図を読めるようになりたいと思っているわけですよね。ところが、地図読みというのはなかなか難しい技術で、そうそう一朝一夕には身につきません。ましてや本を読んだだけでわかるものでもないのです。ならば、スマホ一発で解決してしまうほうが話が早いし、求める結果(道迷いの防止)を得られるのではないか。それがもうだれにでも可能な時代になったのではないか。




きょうフェイスブックでたまたま見かけた投稿に、こんなのがありました。書いているのは、「ジオグラフィカ」というGPSアプリの開発元なのですが、書いてあることはほぼ全面的に同意です。




「読図にとってGPSは入口であり先生であり、アドバイザーです」

「(スマホGPSは山でも)普通に使えます。圏外でも機内モードでも使えます。谷間でも(機種による差はあるけど)測位します」

「読図は普通、手段であり目的ではありません。読図が目的の登山があってもいいでしょうが、そうでない登山もあります」

「測位衛星が何十機と飛んでいる現代において、山岳遭難の4割が道迷い遭難だなんてどうかしてます」


――おっしゃるとおりかと。




念のため書いておくと、私自身は読図が大好きで大得意であります。地図を駆使して道なき山にルートを見出し進んでいく登山が大好きです。あらゆる登山ジャンルのなかで、これがいちばん得意といってもよいほどです。微妙な起伏と地図の等高線を読み取り、コンパスが指す方角、目の前の植生、経験によるカンなども組み合わせて、難しいセクションをクリアしたときなど、よっしゃー!!と叫びたくなります。


私が大事にしてきた、そういう登山の楽しみが、スマホ一発で無意味になってしまうのは、味気なくもあり、寂しい思いもします。


ただしそういう楽しみは、いまや一部のマニア(私など)や、一部の特殊用途を必要とする人のための技術になり、大多数の人にとっては基本的に不要なものになりつつある。昔のカメラはピントや露出などの知識がないとまともに写らなかったけれど、いまは全自動でだれもが一定のクオリティの写真を撮れる。スマホで写真を撮っている人に「露出とピントを自分で決められなければ写真とはいえない」と言うのがナンセンスであるように、「地図読みの技術は登山に必須だ」という常識も時代の遺物になりつつあるのではないか。


だからもしかしたら、登山雑誌も「地図読み特集」はもうやめて、「スマホアプリ徹底使いこなし術」を特集したほうが役に立つのではなかろうか。越後駒であらためてそんなことを思ったのでした。



2017年8月17日木曜日

TJAR写真集外伝・高橋香と岩崎勉の熱走


先日発売された写真集『TJAR』の巻末に、トランスジャパンアルプスレース(TJAR)とはなんたるかという文章を書きました。


その最後のほうに、こんなことを書いています。


だれもがレースの主役であり、その証として、ゴールを果たしたときに、優勝者よりも周囲の感動を呼ぶ人も少なくない。


これだけ読むとなんだかきれいごとのようにも聞こえますが、ここを書いたときには、あるふたりの人物を頭に浮かべていました。


ひとりは、2006年の第3回大会で完走を果たした高橋香さん。もうひとりは、2016年の第8回大会で完走した岩崎勉さんです。




伝説のラストラン、高橋香


高橋さんは、2004年の第2回大会に初出場して、無念のリタイヤ。8日目の21時32分、制限時間まであと2時間半のところで心が折れ、井川でレース続行を断念しています。


どうしても完走を果たしたい高橋さんは、2年後の第3回大会にもエントリー。この大会は、出走者6人のうち4人が早々に脱落する波乱の大会になりました。高橋さんも前回よりは速いペースで進んだものの、南アルプスを越えて井川に下りてきたときには、すでに最終日8日目の朝8時。それまでのペースを考えると、制限時間内の完走は微妙という時間でした。


しかしここから高橋さんは、周囲が驚く激走を見せます。このとき、選手に密着していたカメラマンの柏倉陽介や運営の方から届く報告に、私は心動かされました。


「高橋さん、井川に現われました。今日中のゴールは難しいかも…」

「高橋さん、すごい勢いで走ってます!」

「コンビニで買い物中。元気そうです!」

「現在××地点。これ、もしかしたらいけるかも!!」

「19時25分、大浜海岸に着きました!!!」


このときの優勝者は、同じ日の10時48分にゴールした間瀬ちがやさん。これは現在のところ唯一の女性優勝という貴重な記録なのですが、私は高橋さんがゴールしたときのほうが感激しました。間瀬さんには申し訳ないのですが、それだけ、最後の高橋さんの走りは鬼気せまるというか、どうしても完走したいという執念を感じさせるものだったのです。まさに熱走。


今回、写真集の文章を書くために過去の記録を見返していて、高橋さんがこのラストランをどれだけがんばっていたのかという裏付けを発見しました。井川から大浜海岸まで、高橋さんの所要時間は約11時間。現在とはチェックポイントの位置が違うので正確な比較はできませんが、これは、昨年、4日23時間52分という驚異の新記録で優勝した望月将悟さんの区間タイムとあまり変わらないのです!


ふだんの高橋さんはもの静かで、情熱を内に秘めるタイプでした。その高橋さんが見せた完走への執念。そこに私は感動したのです。


ところが、翌年、高橋さんは奥多摩で行なわれていたレース中に、心臓発作で帰らぬ人となってしまいました。この知らせには本当に驚いたし、今でも残念でなりません。


ご両親・ご家族は、高橋さんが情熱を傾けたTJARを知りたい、なにか力になりたいという思いから、その後、レースの手伝いなどをされていました。このことにも、私は胸が熱くなるものがありました。




10年越しの完走、岩崎勉


もうひとりは岩崎勉さん。


2014年、南アルプス兎岳で(森山撮影)



岩崎さんは2006年の第3回大会に出場している、TJARの歴史のなかでもかなり初期メンバーのひとりです。これまで4回出場をしていますが、なかなか完走を果たすことができていませんでした。


2006 菅ノ台でタイムオーバー
2008 不参加
2010 選考会で出場資格を得られず
2012 タイムオーバーとなったが走り続け、8日23時間23分でゴール
2014 西鎌尾根で、救援者支援のためレース離脱


高橋香さんが激走を見せた2006年は、中央アルプスを越えたところでタイムオーバー。2012年は、8日間という制限時間を超えても、自身のチャレンジとして走り続けて太平洋に到達。このときすでにレースは終了しており、深夜でもあることから、海岸にはだれもいないだろうと予想していたけれど、多くの人が待っていてくれて感激したといいます。


台風の直撃を受けた2014年は、運営からの要請を受けて、自らレースを離脱。大荒れの北アルプス稜線上で、救援者の支援にまわりました。この直前には、コース上でうずくまっている選手を見つけ、安全を確認したので先に進んだものの、どうしても気になり、戻ったりもしています。本当にいい人なのです。


2016年大会の最終日、ネットでレースの動向をチェックしていた私は、その岩崎さんが、時間内にゴールできそうなところを進んでいることを知ります。がんばれ!! 思わず画面越しに応援の声をかけそうになりました。


そして17時48分。




どうですか、この最高の表情。私はこれを見たとき、涙が出そうになりました。TJARのゴールシーンというのは、だれもが最高の顔をしているのですが、わたし的には、この岩崎さんの顔がTJAR史上ベストです。


で、そう感じたのは私だけではなかったようです。


ここに私が大好きな一枚がありまして、残念ながら写真集には使えなかったのですが、ぜひ見てもらいたいので掲載しておきます。




ゴールに向かって砂浜にデカデカと書かれた「イワサキ」ロード。みんなが岩崎さんのゴールを心待ちにしていて、その瞬間がついにやってきた。もし私が岩崎さんだったら、これを見たら泣いちゃうと思います。


この年の大会は、望月将悟さんが大記録で優勝したのですが、少なくとも私にとっては、その優勝シーンよりも感動したゴールがこれでした。そしてそれは、私だけではなかったはずだと思うのです。






……と、選手の話を書き始めたらやっぱり長くなってしまいました。ともすればきれいごとに聞こえるわずか3行の文章の背後には、こういうストーリーがあったのです。


きっと、私の知らないところで、私の知らないストーリーもたくさんあると思います。写真集のゴールシーンを見ていたら、そんなことを感じました。思いが迫ってくるような見応えある写真の連続。






ということで、『TJAR』写真集、ぜひ見てみてください。高いのでなかなか手を出しにくいですが、ビクトリノックスの原宿神宮前店で、8月27日まで写真集見本の展示をしています。貴重な立ち読み可能な場所です。ほか、パネル写真の展示もしています。







さらに。
ただいま、北~中央~南アルプスのコース上にある山小屋全39軒に、写真集を背負って届けるというプロジェクトも敢行中です。1冊1.7kgあるので、「これ、手持ちで全部届けるのは無理だろ!?」と言っていたのですが、TJAR出走経験者が12人も協力してくれることになりました。これ以上ない強力な飛脚の登場により、今シーズン中に全冊配布を終えられそうです。一部の小屋にはすでに置かれています。ここも貴重な立ち読み可能な場所ですので、登山で寄った際にはぜひ見てみてください。





写真集「TJAR」 | tjar photo book on the BASE

TJAR Photo Book Facebookページ